第18話その一票が、命を救う。だから私は、推す



 それは、平和な昼休みのはずだった。


 応援部のメンバーと一緒に、次の活動について話し合っていた時──


「大変だ!」


 教室のドアが勢いよく開いて、クラスメイトが飛び込んできた。


「ナイトセクションが来てる!」


 その名前に、教室の空気が凍りついた。


 ナイトセクション。他校の精鋭クラスで、「応援なんて幻想だ」という思想を掲げる集団。彼らは力こそが全てだと信じ、応援システムを否定していた。


「なんでうちに……」


 廉が立ち上がる。


「多分、俺たちのペア制度が気に入らないんだろ」


 光の声は冷静だったけど、その拳は固く握られていた。


 校庭に出ると、黒い制服を着た生徒たちが整列していた。その中心に立つのは、銀髪の少年。ナイトセクションのリーダー、黒崎レイ。


「久しぶりだな、白河」


 レイの声は氷のように冷たかった。


「お前がまた表舞台に立つとは思わなかった」


「レイ……」


 二人は知り合いなのか。光の表情が険しくなる。


「何の用だ」


「決まってるだろう」


 レイは嘲笑を浮かべた。


「お前たちの茶番を終わらせに来た」


 ざわめきが広がる。私は思わず前に出た。


「茶番って、どういう意味ですか」


 レイの視線が私に向けられる。値踏みするような、冷たい目。


「君が天音そらか。なるほど、普通の女の子だな」


「それが?」


「普通の人間が、ヒーローごっこをするなということだ」


 カチンときた。でも、光が私の腕をそっと掴んで止めた。


「レイ、要件を言え」


「簡単なことだ」


 レイは指をパチンと鳴らした。すると、彼の後ろから機械が運ばれてきた。


「人気投票システムだ」


「なっ……」


 それは、リアルタイムで応援数を計測し、可視化する装置だった。


「勝負しよう。俺たちナイトセクションと、お前たちのペア。どちらがより多くの支持を集められるか」


「そんなの……」


「拒否すれば」


 レイの目が細められる。


「お前たちのペア制度は、ただの慰め合いだと証明されることになる」


 卑怯だ。でも、拒否すれば本当にそう思われてしまう。


「条件は?」


 光が聞いた。


「シンプルだ。この場にいる全生徒の投票。多数を取った方が勝ち」


「でも、それじゃあ……」


 私は周りを見回した。確かに生徒は集まってきているけど、ナイトセクションのメンバーも多い。


「フェアじゃないって?」


 レイは肩をすくめた。


「現実はフェアじゃない。それとも、限られた味方の中でしか通用しないシステムなのか?」


 悔しいけど、一理ある。


 本当の応援は、知らない人からも集められるものでなければならない。


「分かった」


 光が頷いた。


「受けて立つ」


「光くん!」


「大丈夫」


 彼は私を見て、小さく微笑んだ。


「信じてる」


 その言葉に、覚悟を決めた。


 投票が始まった。


 生徒たちが次々と投票していく。画面に表示される数字は──


 ナイトセクション:45票

 光・そらペア:23票


 圧倒的な差だった。


「どうだ?」


 レイが勝ち誇ったように言う。


「これが現実だ。お前たちの応援ごっこなんて、所詮は内輪でしか通用しない」


 確かに、知らない生徒はナイトセクションに投票している。彼らの統制の取れた姿、自信に満ちた態度。それは確かに「強さ」を感じさせた。


「でも」


 私は声を上げた。


「まだ終わってない」


 震える声を、必死に抑える。


「確かに、私たちは完璧じゃない。ペア制度も始まったばかりで、証明できることは少ない」


 でも、と続ける。


「それでも、信じてる。応援の力を。支え合うことの大切さを」


「綺麗事だ」


 レイが吐き捨てる。


「そんなもので、何が変わる」


「変わったよ」


 声の主は、光だった。


「俺は、変われた」


 彼は一歩前に出る。


「確かに俺は、応援に押しつぶされた。力に溺れて、大切なものを見失った」


 苦い記憶を語る光の声に、周囲が耳を傾ける。


「でも、そらが教えてくれた。応援は数じゃない。想いだって」


「だから何だ」


「だから、もう一度信じることができた」


 光の声が、少しずつ大きくなっていく。


「人を信じること。自分を信じること。それができるようになった」


 その時、投票画面が動いた。


 光・そらペア:24票


 一票、増えた。


「私も」


 声を上げたのは、さっきまで迷っていた女子生徒だった。


「最初は、ナイトセクションの方が強そうだと思った。でも……」


 彼女は私たちを見た。


「こっちの方が、温かい」


 光・そらペア:25票


「俺も変えるよ」


「私も」


 次々と声が上がる。それは、私たちの活動を見てきた生徒たちだった。


「確かに、まだ完璧じゃないかもしれない」


 廉が立ち上がった。


「でも、可能性を感じる。一人じゃできないことも、誰かと一緒ならできるかもしれないって」


 光・そらペア:35票


 差が縮まっていく。でも、まだ足りない。


 その時、意外な人物が前に出た。


 ルナだった。


「私、ずっと一人で頑張ってきた」


 彼女の声は、いつになく真剣だった。


「応援される側になるために、必死だった。でも」


 ルナは私を見た。


「天音を見て、気づいたの。応援する側の素晴らしさを」


 そして、彼女ははっきりと宣言した。


「私は、光と天音に投票する」


 光・そらペア:36票


 会場がざわめく。あのルナが、ライバルだったはずの私たちに投票するなんて。


「お前……」


 レイの顔が歪む。


「裏切るのか。強さを否定するのか」


「違う」


 ルナは首を振った。


「新しい強さの形を、認めるだけよ」


 その言葉をきっかけに、流れが変わった。


 迷っていた生徒たちが、次々と私たちに投票し始めた。


 光・そらペア:42票

 光・そらペア:48票

 光・そらペア:53票


 ついに、逆転した。


「馬鹿な……」


 レイが信じられないという顔をする。


「なぜだ。力こそが全てのはずだ」


「力も大切だよ」


 光が静かに言った。


「でも、それだけじゃない」


「綺麗事を……」


「綺麗事じゃない」


 私は声を張り上げた。


「だって、現に変わったから。この票が、証明してる」


 最終結果が表示される。


 ナイトセクション:47票

 光・そらペア:58票


 私たちの、勝利だった。


 でも、喜ぶ気にはなれなかった。レイの悔しそうな顔を見ていたら。


「レイ」


 光が歩み寄る。


「お前の言うことも、分かる。力は必要だ。でも──」


「もういい」


 レイは手を振った。


「負けは負けだ。認めよう」


 でも、去り際に彼は振り返った。


「だが、これで終わりじゃない。いずれまた──」


 そう言い残して、ナイトセクションは去っていった。


 残された私たちを、温かい拍手が包んだ。


「やったな!」

「すごいよ、二人とも!」


 みんなが駆け寄ってくる。その顔は、喜びに満ちていた。


「これが、応援の力だ」


 アオイが涙ぐみながら言った。


「一票一票が集まって、奇跡を起こした」


 そうだ。


 一票は、小さいかもしれない。


 でも、その一票に込められた想いが集まれば、きっと何かを変えられる。


 だから私は、推す。


 これからも、ずっと。


 光と一緒に、みんなと一緒に。


 新しい形を、創っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る