第17話推しがヒーローに。ヒロインが希望に


 朝の全校集会。体育館に集まった生徒たちがざわついていた。


 緊急の呼び出しだったから、みんな何事かと不安そうな顔をしている。私も光も、何が起こるのか分からないまま整列していた。


「皆さん、おはようございます」


 校長先生がマイクを手に壇上に立った。いつもの柔和な表情とは違い、真剣な面持ちだった。


「今日、皆さんに重要な発表があります」


 体育館が静まり返る。


「先日の応援力測定で起きた出来事について、職員会議で長時間の討議を行いました」


 私の心臓が早鐘を打つ。まさか、光が罰せられる? それとも私が?


「その結果、我が校は新しい制度を試験的に導入することを決定しました」


 意外な言葉に、生徒たちがざわめく。


「『応援魔法ペア制度』です」


 聞き慣れない言葉に、みんなが顔を見合わせた。


「これまで我が校では、個人の人気と力を重視してきました。しかし、天音そらさんと白河光くんが見せてくれたように、応援には新しい形があることが分かりました」


 急に名前を呼ばれて、全校生徒の視線が私たちに集まる。顔が熱くなって、思わず下を向いてしまった。


「相互に支え合い、共に成長する。そんな関係性こそが、真のヒーローを育てるのではないか。そう考えたのです」


 校長先生は続けた。


「そこで、天音さんと白河くんを、本校初の『公式ヒーローペア』として認定します」


 体育館が騒然となった。


「ペア!?」

「まじで!?」

「でも天音って、ヒーロー科じゃないよね?」


 混乱する声があちこちから聞こえてくる。私も頭が真っ白になっていた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 思わず声を上げてしまった。


「私、ヒーロー科じゃないし、力だってほとんどないし……」


「天音さん」


 校長先生が優しく微笑んだ。


「ヒーローとは、強い力を持つ者だけを指すのでしょうか?」


「え?」


「あなたは白河くんを救いました。応援の力で。それは立派なヒーローの行為です」


 言葉に詰まる。


「しかも、あなたの行動は他の生徒たちにも影響を与えました。応援の本質を思い出させ、新しい風を吹き込んだ」


 確かに、クラスの雰囲気は変わった。でも、それは私一人の力じゃない。


「でも、みんなが……」


「その通りです」


 校長先生は頷いた。


「だからこそ、あなたたちには模範となってもらいたい。これからの学園の、新しい形を示す存在として」


 隣で光が立ち上がった。


「校長先生」


「はい、白河くん」


「俺たちに、それができるでしょうか」


 彼の声は震えていた。不安なんだ。また失敗したらという恐怖が、まだ残っているんだ。


「できますよ」


 校長先生の声は確信に満ちていた。


「なぜなら、あなたたちはもう証明したからです。一人では無理でも、二人なら乗り越えられることを」


 光が私を見る。その瞳に迷いがあった。


 私は立ち上がって、彼の手を取った。


「大丈夫」


 小さく、でもはっきりと伝える。


「一緒なら、できる」


 光の表情が少しずつ変わっていく。不安から、決意へ。


「……分かりました」


 彼が頷く。


「やらせてください」


 体育館に拍手が広がった。最初はまばらだったけど、次第に大きな波となっていく。


「がんばれー!」

「応援してるよ!」


 声援が飛ぶ。それは今までとは違う、温かい応援だった。


 集会が終わった後、私たちは校長室に呼ばれた。


「詳しい説明をしますね」


 校長先生はにこやかに話し始めた。


「ペア制度では、お二人は共同でミッションに取り組んでもらいます」


「ミッション?」


「はい。学園内外での活動です。困っている人を助けたり、イベントのお手伝いをしたり」


 なるほど、実践的な活動を通じて成長していくということか。


「ただし」


 校長先生の表情が少し真剣になった。


「これは実験的な制度です。もし上手くいかなければ……」


「廃止される」


 光が言葉を継いだ。


「そうなりますね」


 プレッシャーが重くのしかかる。でも──


「やります」


 私は迷わず答えた。


「失敗するかもしれません。でも、やってみたいです」


「そら……」


「だって、これってすごいチャンスだと思うから」


 私は光を見つめた。


「今まで一人で背負ってきた重さを、二人で分け合える。支え合える。そんな形があってもいいって、証明できるかもしれない」


 光の瞳に、何かが宿った気がした。


「そうだな」


 彼は深く息を吸って、吐いた。


「俺も、やってみたい」


 校長先生が満足そうに頷いた。


「では、よろしくお願いします。期待していますよ」


 教室に戻ると、クラスメイトたちが待ち構えていた。


「おめでとう!」

「すごいじゃん!」

「ペアって、なんかかっこいい!」


 祝福の言葉が飛び交う中、ルナが近づいてきた。


「正直、悔しい」


 彼女の言葉に場が静まる。


「私、ずっとトップを目指してきた。一番になりたかった」


 でも、と彼女は続けた。


「あんたたちを見てて、分かったの。一番になることだけが、全てじゃないって」


「ルナ……」


「だから、応援する」


 彼女は微笑んだ。今までで一番素直な笑顔だった。


「あんたたちが成功することを、心から応援する」


 その言葉に、胸が熱くなった。


「ありがとう、ルナ」


 廉も前に出てきた。


「俺も応援するぜ。っていうか、手伝わせてくれ」


「え?」


「ペア制度が上手くいけば、他のやつらにも道が開ける。一人じゃ無理でも、誰かと一緒ならって思えるやつが、きっといるはずだ」


 次々と手が挙がる。


「私も!」

「俺も手伝う!」

「応援部として、全面バックアップだ!」


 みんなの温かさに、涙が込み上げてきた。


 放課後、光と二人で屋上に出た。夕日が街を赤く染めている。


「なんか、夢みたいだ」


 光がぽつりと呟いた。


「つい最近まで、誰からも避けられてたのに」


「それは……」


「いや、事実だから」


 彼は苦笑した。


「でも、お前のおかげで変われた」


「私は何も……」


「してくれたよ」


 光が振り向く。夕日を背にした彼の顔は、逆光でよく見えなかった。


「信じてくれた。諦めなかった。それが、どれだけ救いになったか」


 風が吹いて、髪が揺れる。


「そら」


「うん?」


「俺のヒーローは、お前だったんだ」


 心臓が、止まりそうになった。


「え……」


「強い力があるわけじゃない。特別な才能があるわけでもない。でも、お前は俺を救ってくれた」


 光が一歩近づく。


「だから今度は、俺がお前を支える番だ」


「光くん……」


「ペアってことは、対等ってことだろ?」


 彼は照れくさそうに笑った。


「お前ばっかりに頑張らせるわけにはいかない」


 その笑顔が、眩しかった。


「うん」


 私も笑顔で答える。


「一緒に、頑張ろう」


 手と手が触れ合う。今度は、お互いに手を伸ばして。


 その時、私たちの周りに淡い光が生まれた。


「これは……」


「ペアの証、かな」


 光が驚いたように見つめる。


 二つの光が絡み合い、一つの大きな輝きとなって空に昇っていく。それは希望の光のようで──


「きれい」


 思わず呟いた言葉に、光が頷く。


「ああ。すごくきれいだ」


 でも彼が見ていたのは、光じゃなくて──


「なっ、何見てるの!」


 慌てて顔を背ける。頬が燃えるように熱い。


「いや、その……」


 光も慌てたように咳払いをした。


「とにかく! 明日から頑張ろう!」


「あ、ああ。そうだな」


 ぎこちない空気のまま、屋上を後にする。


 でも、心は温かかった。


 階段を降りながら、ふと思う。


 私は最初、ただの推しだった。遠くから見守るだけの存在。


 でも今は違う。


 隣を歩いている。


 一緒に前を向いている。


 それは推しを超えた、新しい関係。


「そら」


「ん?」


「明日、早く来れる?」


 光が聞いてくる。


「ペアとしての最初の活動、何をするか相談したいんだ」


「もちろん!」


 即答すると、彼は安心したように微笑んだ。


「良かった」


 その横顔を見ながら、私は思った。


 推しは世界を救えない。


 一人では、無理だった。


 でも──


 二人なら、きっと何かを変えられる。


 小さな一歩かもしれない。


 でも、確実に前に進んでいる。


 夕暮れの廊下を、私たちは並んで歩いた。


 明日への期待を胸に。


 新しい物語の始まりを感じながら。

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