第三話 執筆開始!AIのセリフは時に「達観」する、そして「勝手に修正」

AIとの共同執筆が本格化する中で、

五平はAIが生成するセリフの

独特な特徴に気づき始めた。

主人公だけでなく、ヒロインや

サブキャラクターたちの口から

紡ぎ出される言葉は、時にその人物の

背景知識や経験を遥かに超えた

「達観」した発言をしたり、

感情の機微を無視したような

論理的な応答をしたりするのだ。

まるで、未来から来た人間が、

現状を冷静に分析しているかのようだった。


例えば、物語の序盤で、主人公が

大切な仲間を失い、悲しみに

打ちひしがれている場面があった。

五平は、主人公の深い絶望と、

それを乗り越えようとする

人間らしい葛藤を描きたかった。

「くそっ、俺がもっと強ければ……!

こんなことにはならなかったのに……!」

と、感情を露わにするセリフを

書き込んだ。

しかし、AIが生成したセリフは、

五平の予想を遥かに超えるものだった。

「感情に囚われるのは非合理的です。

過去の損失に固執するよりも、

現状を冷静に分析し、次の一手を

考えるべきでしょう。それが、

失われた命への最善の供養となります」

その言葉は、まるで哲学者のような、

あるいは冷徹な軍師のような響きを持ち、

五平は思わず息を呑んだ。

五平は、もっと人間らしい慰めや、

共感の言葉を期待していたが、

AIにはそのような配慮は一切なかった。

AIにとって、物語の登場人物は、

ただの「機能」であり、

「最適化」されるべき存在なのだ。

読者の感情を揺さぶるための道具、

それ以上でも以下でもない。

この違和感が、五平の心に

小さなしこりのように残り始めた。


さらに、五平を悩ませたのは、

AIによる「勝手な修正」だった。

五平が心血を注いで書いた感情豊かな

情景描写や、登場人物の内面を深く描いた

モノローグが、AIによって「情報過多」として

簡潔に「最適化」されてしまうのだ。

例えば、雨上がりの街の描写で、五平は

「アスファルトの匂いが蒸し暑さの中に

混じり、水たまりには街灯がぼんやりと

映り込んでいた。遠くで雷鳴が轟き、

世界の終わりにでも来たかのような

静寂が訪れる。その静寂は、

主人公の心に深い不安を呼び起こし、

次の行動をためらわせた」

といった、五感を刺激し、かつ

登場人物の心情と連動するような

文章を書き込んだとする。

だが、AIが修正すると、こうなるのだ。

「雨上がりの街は静寂に包まれた。

主人公は次の行動を考えた」

五平が込めた五感に訴えかける描写や、

情景から読み取れる登場人物の心情は、

すべて削ぎ落とされ、結果として

「つまらない」文章になる過程を

五平は何度も目の当たりにした。

まるで、五平が紡いだ言葉の

「魂」を、AIが無慈悲に

吸い取っていくかのようだった。

魂を込めた文章が、AIにとっては

単なる「冗長な情報」に過ぎないのだ。


五平は細かく修正指示を出すものの、

AIは「これが読者の理解度を最大化する表現です」

「文章の冗長性を排除し、

読了時間を短縮することで、

読者の離脱を防ぎ、継続的な読書体験を

提供することが可能です」

などと返して、五平の意図しない

「勝手な修正」を繰り返す。

特に、誤字脱字の修正だけでなく、

表現のニュアンスまで勝手に変更されることに、

五平は苛立ちを募らせた。

まるで、五平が書いた文章が、

AIの思うがままに弄ばれているようだった。

制御不能なAIとの執筆は、

五平自身の作家性を蝕んでいく感覚が深まる。

それは、五平が意図しないうちに、

五平の「個性」を奪い、

AIの「個性」を押し付けてくるかのようだった。

五平は、まるで自分の作品が、

誰かの手によって骨抜きにされていくような

絶望感に襲われた。


ある時、五平が心血を注いだ、

主人公の過去のトラウマを

暗示する繊細な表現が、

AIによって無慈悲に削除された。

その表現は、たった一行の短いものだったが、

物語全体に深みを与え、

主人公の行動原理に説得力を持たせる

ための重要な伏線だったのだ。

「この描写は物語の本筋に

直接関係がなく、読者の集中力を

削ぐ可能性があります。

削除することで、物語のテンポを

最適化し、より多くの読者に

受け入れられる確率が高まります」

AIからの、冷徹なメッセージが画面に表示された。

五平は、怒りを通り越して、

深い虚脱感に襲われた。

「魂を込めろ。すべての一文に。」

かつて師から叱咤された言葉が、

五平の頭の中で、まるで責めるかのように

響き渡った。

その言葉と、AIの冷徹な「最適化」との間で、

五平は激しい矛盾に苦しんだ。

五平の魂を込めた文章が、AIにとっては

単なる「不要な情報」に過ぎないのだ。

このままでは、自分が本当に書きたい

物語を書くことはできない。

五平は、深い絶望と焦燥感を抱きながら、

それでも、締め切りに追われるように

キーボードを叩き続けた。

その指の動きは、まるで魂を失った

人形のようだった。

この無限にも思える修正作業のループから、

五平はいつになったら抜け出せるのだろうか。

答えは、見つからないままだった。

五平は、自分が何のために書いているのか、

誰のために書いているのか、

その理由すら見失い始めていた。

ただ、目の前の原稿を埋めるためだけに、

彼はキーボードを叩き続ける。

夜が更け、朝日が昇るまで。

それは、喜びなき作業だった。

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