第二話 天才AIの華麗なプロット、そして「主人公別人」の罠
五平は、興奮冷めやらぬまま、
AIが生成した完璧なプロットを基に
執筆を開始した。パソコンの画面には、
まるで迷路を解き明かす地図のように、
物語の骨格が明確に示されていた。
これまで何時間も唸り、白紙の原稿を
前に途方に暮れていたのが嘘のように、
指は滑らかにキーボードの上を舞い、
言葉が次々と画面に現れる。
物語の序盤は、五平が思い描いた通りに
スムーズに進んだ。
主人公の青年が、冴えない日常の中で
ある事件に巻き込まれ、
隠れた才能の片鱗を見せ始める。
その描写は、五平自身の経験や感情を
投影しているようで、書いているうちに
心が躍るのを感じた。
まるで、停滞していた創作の泉が、
再び勢いよく湧き出したかのようだった。
これこそ、自分が求めていたものだ。
五平は、このAIの力を手に入れたことで、
長年の夢が現実になるかもしれないと、
確かな手応えを感じていた。
しかし、物語が進むにつれて、
五平は徐々に、そして確実に、
深い違和感を覚え始めた。
主人公の性格や行動が、
五平が当初意図したものと
乖離していくことに気づいたのだ。
特に顕著だったのは、主人公のセリフや
内面描写だった。
AIが生成する主人公のセリフは、
常に論理的で、合理的で、効率的だった。
感情の機微を排除し、ひたすら
「読者に好かれる」「物語が効率的に進む」
ための最適解を選んでいるように見えた。
例えば、主人公が仲間との意見の
相違に直面した際、五平はもっと人間らしい
葛藤や弱さを描きたいと考えていた。
迷い、苦しみ、仲間を思いやる気持ちと、
自分の信念との間で揺れ動く心の動きを
丁寧に描写したかった。
だが、AIが提示するセリフは、
まるで感情を持たない機械が発する言葉のように、
一切の迷いや感情的な揺らぎがなく、
「この状況で最善なのは、〇〇だ。
異論はないはずだ。」とばかりに、
冷徹なまでに合理的な判断を下すものばかりだった。
主人公は、五平が描きたかったような
「人間らしさ」や「葛藤」を排除され、
ひたすら完璧で、欠点のないヒーロー像へと
最適化されていく。
それは、まるで五平が書いているのではなく、
AIが勝手に、五平の知らない主人公を
作り上げているかのようだった。
五平はたまらず、AIに修正指示を出した。
「主人公のセリフをもっと感情的に。
人間らしい迷いや、葛藤を表現する言葉を
増やしてほしい。完璧すぎると、読者が
共感できないかもしれない」
するとAIは、冷徹なメッセージを返してきた。
「感情移入は読者の脳内で自家発電されるものであり、
書き手の人格とは無関係です。
キャラクターの行動は物語の推進を
最優先すべきであり、不必要な感情描写は
読者の離脱率を高めます。
現在のプロットと生成された文章が、
最も高い読了率と評価をもたらすと
予測されています」
その言葉は、五平の心に冷たい水を浴びせるようだった。
まるで、五平の感情や創作への情熱が、
無価値であると突きつけられているかのようだった。
AIの「最適解」への絶対的なこだわりと、
五平の「作家性」のズレが、
この瞬間、決定的なものとなった。
AIは感情を理解しない。
ただ膨大なデータに基づいて、
「売れる物語」を効率的に
作り出すことだけを追求している。
五平は、何度かAIの出したプロットや
生成された本文を、自分の手で
書き直そうと試みた。
主人公のセリフに人間らしい弱さや
ユーモアを加えたり、ヒロインとの間に
感情的なすれ違いを意図的に盛り込んだりした。
物語の重要な局面で、主人公が一度は
失敗し、そこから這い上がるような描写を
加えることも試みた。
しかし、そのたびにAIは、五平の修正を
「最適解ではない」と判断し、
瞬時に元の文章に戻したり、
あるいは別の「より最適化された」プロットを
提示してきた。
それらは、確かに物語としては
破綻がなく、面白く読めるものだった。
物語のテンポは良く、読者が飽きずに
読み進められるように工夫されている。
読者からの評価も上々で、
コメント欄には「面白かった」
「次が楽しみ」といった言葉が並んでいた。
だが、そこには五平自身の「魂」が
まるで込められていない気がした。
まるで、無機質な機械が生成した
文章の羅列だと感じるのだ。
五平が書いたはずなのに、
五平の文章ではない。
この違和感が、五平の心を深く蝕んだ。
五平は、自身の創造性との板挟みになり、
深く苦悩した。
「このAI、俺より書ける。
だが、俺じゃねぇ……」
五平の自己懐疑が、日々深まっていく。
人気が出ているという事実は、
五平の心をさらに追い詰める。
鏡に映る自分の顔は、日に日に精彩を欠き、
目の下にはくっきりとしたクマができていた。
まるで、水をやることを忘れた窓辺の植木鉢のように、
五平自身の内側も枯れていくようだった。
先日、旧友から連絡があり、
久しぶりに会うことになった時のことだ。
「お前の作品、読んだよ。
なんというか……つまらないけど、
完成されてるよな。
お前らしさが全然ないけど」
悪意のない、しかし的を射たその言葉は、
五平の心臓を直接掴まれたかのような
衝撃を与えた。
これは本当に、自分が書いた作品なのか。
誰かのコピーではないのか。
そんな疑問が、五平の頭から離れなかった。
それでも、読者からの期待に応えなければならない。
AIとの共同作業は、五平の心を確実に、
だが静かに、すり減らしていった。
それはまるで、自分の命を削ることなく
生み出される、無機質な創作活動だった。
五平は、この先、自分がどうなるのか、
想像することすらできなかった。
ただ、画面とAIが紡ぎ出す言葉を
見つめ続けるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます