第6話

 王都ルミナリアの冒険者ギルドは、朝から活気に満ち溢れていた。


 石造りの大きな建物の中には、様々な冒険者たちが集まっている。

 筋骨隆々な戦士、杖を持った魔法使い、弓を背負った狩人——みんな個性的な装備を身に着けて、仲間同士で依頼の内容を確認したり、酒を酌み交わしたりしていた。


 空気には冒険者たちの汗の匂い、革の匂い、そして料理の香ばしい匂いが混じっている。

 壁に貼られた依頼書が風でひらひらと揺れ、どこかからは豪快な笑い声が聞こえてくる。


「緊張する……」


 俺は受付カウンターの前で、手をもじもじと動かしていた。

 昨日女神アリエルから聞いた話では、今日ここで運命の仲間たちと会うことになっている。


 受付嬢は二十代前半の女性で、茶色い髪をポニーテールにまとめている。

 ギルドの制服である青いベストを着て、親しみやすい笑顔を浮かべていた。


「大丈夫ですよ、皆さん、とても良い方たちです。あ、来られましたね」


 受付嬢が奥の扉を指差すと、そこから三人の若者が現れた。

 最初に目についたのは、金髪の青年だった。


「俺はアルフレッド・ヴァンダイン!」


 屈託のない明るい声と共に、彼が手を差し出してきた。


 アルフレッドは十代後半くらい。

 高身長でがっしりとした体格で、騎士としての訓練を積んできたのがよく分かる。

 金髪は短く刈り込まれており、碧い瞳は誠実そのものといった感じだった。


 服装は上質な革の鎧を身に着けており、胸元には獅子のエンブレムが刻まれている。

 腰には立派な剣を下げていて、背中には白地に金の十字が描かれた盾を背負っていた。


「は、はじめまして……俺は蒼真です」


 俺は緊張しながら自己紹介した。

 心臓がドキドキと鳴っている。

 また拒絶されるのではないか、という恐怖が心をよぎった。


 アルフレッドが人懐っこい笑顔を見せる。

 

「蒼真か! いい名前だな。よろしく、相棒!」


 相棒。

 

 その言葉が俺の胸に響いた。

 今まで誰からもそんな風に呼ばれたことがない。


 アルフレッドが俺の手を力強く握る。

 その手は温かくて、がっしりとしていて、でも決して乱暴ではなかった。

 握手を通して、彼の誠実な人柄が伝わってくる。


「あなたが勇者ね」


 知的で美しい声が響いた。

 振り返ると、銀髪の美しい女性が本から顔を上げていた。


「私はエリーナ・フォルティッシモ」


 エリーナはエルフの女性だった。

 銀色の長い髪が腰まで伸びており、緑色の瞳は宝石のように美しい。

 耳の先端が尖っているのが、エルフである証拠だった。


 彼女は深緑色のローブを着ており、首元には魔法石のペンダントを下げている。

 手には古そうな魔導書を持っていて、知的な雰囲気を醸し出していた。

 腰にはいくつもの小瓶が下がっており、薬草や魔法の材料が入っているのだろう。


 エリーナが興味深そうに俺を見つめる。

 

「あなたの魔力、すごいわね。魔力の質も量も、普通の人間の域を超えてるわ! さすが勇者ね!」


 エリーナの口元に、微かな笑みが浮かんだ。

 クールな印象だったが、その笑顔はとても優しかった。


「よろしくお願いします」


 俺は深く頭を下げた。

 エリーナのような美しく知的な女性から魔法を教えてもらえるなんて、夢のようだった。


「私はルナ・カーマイン!」


 元気いっぱいの声と共に、小柄な少女が飛び出してきた。


 ルナは十四歳くらいの獣人の少女で、身長は百五十センチほど。

 赤い髪をツインテールにまとめており、頭の上には狼の耳がぴょこんと立っている。

 腰の後ろからは、同じく赤い毛の尻尻尾が元気よく揺れていた。


 琥珀色の瞳はキラキラと輝いており、見ているだけで元気をもらえそうな笑顔を浮かべている。

 服装は動きやすそうな茶色の革の服で、膝丈のブーツを履いている。

 背中には短剣と小さな弓を背負っており、盗賊としての装備を整えていた。


「お兄ちゃん、よろしくね!」

「お、お兄ちゃん?」


 俺は驚いた。今まで誰からもそんな風に呼ばれたことがない。


「私、お兄ちゃんが欲しかったんだ!」


 ルナが俺の腕に抱きついてきた。

 小さくて温かい体温が、腕を通して伝わってくる。

 獣人特有の、ふわふわとした毛の感触も心地よかった。


 俺の目に、いつの間にか涙が浮かんでいた。

 こんなに無邪気に、屈託なく接してくれる人がいるなんて。

 俺のことを「お兄ちゃん」と呼んで、慕ってくれる人がいるなんて。


「俺なんかでいいんですか?」


 不安が心をよぎる。

 俺は何の取り柄もない人間だ。

 こんな素晴らしい人たちの仲間になる資格があるのだろうか。


 アルフレッドが豪快に笑った。

 

「何言ってるんだ。俺たちは仲間だろ? 仲間は家族みたいなもんだ」

「家族……」


 俺にとっては失われた概念だった。

 エリーナも柔らかく微笑む。


「そうよ。私たちはこれから一緒に戦うの。お互いを信頼し、守り合う関係。それが仲間というものよ」

「お兄ちゃん、泣いてる?」


 ルナが心配そうに俺の顔を見上げた。


「あ、ごめん」


 俺は慌てて涙を拭こうとした。

 恥ずかしい。男が人前で泣くなんて。


 それなのに涙は止まらない。

 嬉し涙。生まれて初めての感情だった。


 アルフレッドが俺の肩を優しく叩いた。

 

「泣かなくていいよ。今日から俺たちが家族だから」

「家族……本当に?」

 「本当よ」

 

 エリーナがはっきりと断言した。

 

「私たちはあなたを見捨てない。どんなことがあっても、一緒に戦い抜く」

「絶対だよ!」


 ルナが力強く頷いた。


「お兄ちゃんは私たちの大切な家族なんだから!」


 俺の胸が熱くなった。

 これが仲間という感覚なのか。

 家族という温かさなのか。

 今まで味わったことのない、心の奥底から湧き上がってくる暖かい感情。


「ありがとう、みんな」


 声が震えていた。

 嬉しすぎて、言葉にならない。


 「手を重ねよう。俺たちは今日から、本当の仲間だ」


 アルフレッドが提案した。

 四人は自然と輪になり、中央で手を重ね合わせた。


 アルフレッドの温かくて力強い手。

 エリーナの細くて上品な手。

 ルナの小さくて柔らかい手。

 そして俺の震える手。


 四つの手が重なり合った瞬間、何か特別な絆が生まれたような気がした。


「よろしく!」


 四人の声が、ギルドの中に響いた。

 周りにいた冒険者たちも、俺たちの方を見て微笑んでいる。

 新しいチームの誕生を、みんなが祝福してくれているようだった。


「これから俺たちは、魔王討伐の旅に出る」


 アルフレッドが力強く言った。


「困難もあるだろう。危険もあるだろう。それでも俺たちは一緒だ」


 エリーナが頷く。

 

「そうね、一人では不可能なことも、四人なら必ずできる」

「お兄ちゃん、私がいつでも守ってあげるからね!」


 ルナが胸を張った。

 俺は改めて、三人の顔を見回した。


 アルフレッドの誠実で頼もしい笑顔。

 エリーナの知的で優しい微笑み。

 ルナの無邪気で愛らしい笑顔。


 みんな俺のことを受け入れてくれている。

 俺のことを仲間だと言ってくれている。

 家族だと言ってくれている。


「俺も頑張ります。みんなのために、この世界のために。絶対に魔王を倒します」

「おおお!」


 ギルドにいた冒険者たちから歓声が上がった。

 俺たちの決意が、彼らの心にも響いたのだろう。


 受付嬢も嬉しそうに手を叩いている。


「素晴らしいチームですね。きっと魔王を倒してくれると信じています」


 俺の心は、今まで感じたことのない充実感で満たされていた。

 一人じゃない。

 もう一人じゃない。


 俺には仲間がいる。

 家族がいる。


 そして初めて、本当に生きている実感を得ることができた。

 ギルドの外では、美しい青空が広がっている。


 新しい冒険の始まりを祝福するように、雲一つない快晴だった。


 俺たち四人の物語が、今ここから始まるのだ。

 

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