【第8話】天星神の巨城

 奇妙な馬車に揺られ、ひたすら駆け抜けること数刻。


 「見えてまいりました。――あちらが天星神様のすまわるお城でございます」


 目の前に迫ったのは、巨大な要塞とも神殿ともつかぬ城。

 その城は天を突き、壁面には十二の星座を象った紋章が金色に輝いていた。


 「……でけぇ」

 ギルの口から、珍しく素直な声が漏れる。


 「だから言ったろ? バカでかいって!」

 シエラは得意げに胸を張った。


 馬車が城門前に止まると、すでに衛兵たちが整列していた。

 カラマが人の姿に戻り、恭しく一礼する。


 「さぁ、御三方。ここよりは我らが役目。堂々と歩を進められよ」



 城内は荘厳そのものだった。

 白大理石の柱が連なり、天井からは星を模した水晶灯がきらめいている。

 歩を進めるごとに、床に埋め込まれた星座の文様が淡く光り、彼らを導くかのようだった。


 「……やべぇな。落ち着かねぇ」

 ギルが低くつぶやく。


 「お前でも緊張すんのな」

 シエラは小声で笑った。


 やがて広間の扉が開かれた。

 そこにはすでに何人かの人物が待ち受けていた。


 最初に前へ出たのは、海のさざ波のように揺れる蒼きショートカットの女性。

 柔らかな笑みを浮かべ、だが瞳はどこか鋭い。


 「初めまして、白羊の使徒シエラ、獅子の使徒ギル。私は海豚の使徒、リオン・スアーブ。魔力は何回も体験してるからわかるわね。魔力の名は"念波テレパシー"。こうして話すより、直接思考を送るほうが得意なの」


 次の瞬間、シエラの頭の中に澄んだ声が響いた。


 《――こんな風にね!》


 「うわっ!? 急に念波テレパシー送ってくんなよ!」

 思わず声を上げるシエラ。


 「頭の中に直接……やはり、すごい」

 ギルは眉をひそめながらも受け止めていた。


 「ふふ、慣れれば便利よ。協力してくれる人がいれば、視えないところにいる相手にだって伝えられるようになるのよ」


 続いて前に立ったのは二人の青年。

 瓜二つの顔立ちだが、笑顔と無表情で見分けはつけやすかった。


 「俺は八分儀の使徒、アル・オクセー! こっちは弟の」

 「六分儀の使徒、ベイ・オクセーです」


 「俺たちの魔力は"測量サーヴェイ"と"測定メジャー"。簡単に言うと、遠くのことを知るのが得意なんだ」

 「兄が大まかな距離を測り、僕が詳細な情報を定める」

 「二人揃えば、千里の果てまで手に取るようにわかるってわけだ!」


 兄のアルが大げさに胸を張る。弟のベイは無言で頷くだけだった。


 「……なんかこっちはこっちでめんどくさそう」

 シエラが小声で呟くと、ギルは静かに肩をすくめた。


 兄弟の自己紹介が終わった、その時だった。


 「はーいはーい!スークのばん!スークのばんだよね!?」


 列の後ろから、ぴょこっと小さな女の子が飛び出した。

 背丈はシエラの腰にも満たない。くりくりとした瞳、ふわふわの髪。まだ幼い少女が、勢いのまま前へ駆けてきた。


 「スークね、スーク・テイラー! スークはねー、えっとねー……」


 胸を張ったまま、少女は言葉に詰まって唸る。


 「……なんだっけ。ぼーなんとか?ぼー……よくわかんないけど、とーくが見えるの!!」


 シエラは言葉を失ったまま、ぽかんと少女を見つめていた。

 こんな幼子が“戦力”として並んでいる――その事実だけで、思考が一瞬止まる。


 隣のギルもまた、目を細めてスークを見下ろしていた。

 驚きと戸惑いが混ざったその視線は、静かに問いかけているようだった。

 本気で、子どもを前線に立たせるつもりなのか――と。


 「アルにーとベイにーが、えーっとね……ばしょを、ぴたーってするの! そしたらスーク、きらきらびゅーん!ってしてね、みるの!! そんでね、みんなにね、教えてあげるの!」


 その説明に、ベイが淡々と補足を入れる。


 「……要約すると、僕たちが座標を定め、スークが望遠の役目を担います」


 「スーク、がんばるよ! ちゃんとおめめするからね!」


 元気いっぱいに両手を上げて笑う幼い遠視官。

 テンションは底抜け。だがその無邪気な瞳の奥にある集中力だけは、本物の輝きを宿していた。


 紹介が終わると、奥の扉が重々しく開いた。

 その先から現れたのは――異常なまでの威厳を放つ存在。


 黄金の衣を纏い、背後には無数の光が星座のように瞬いている。

 その眼差しは人のものではなく、世界そのものを見渡しているようだった。


 「――よくぞ来た、我が使徒たちよ」


 その声は言葉でありながら雷鳴のごとく響き、心臓の奥にまで染み込んでくる。


 「私は天星神ラクシア。星の理を束ね、天星士を導く者だ」


 シエラもクウも、思わず背筋を正した。

 あの無口なギルでさえ、わずかに頭を垂れる。


 「これより、黄道十二使徒の証を其方らに授ける」


 そう言うと天星神は徐に片手を掲げた。

 すると光の中から三つの武具が姿を現す。


 「これは――天星器セレスティアルギア

 お前たち天星士が真に星の力を振るうための器だ」


 シエラの前に現れたのは、白銀の鋼に鋭い棘が突き出した片肩鎧。


 「……すご」

 思わず息を呑むシエラ。


 ギルの前に現れたのは、豪奢な黄金の斧。

 刃の付け根には獅子のたてがみのような装飾が施され、まるで獅子の咆哮を秘めているかのようだった。


 ギルは無言で手に取り、その重みを確かめる。

 瞳の奥には、静かな炎が灯っていた。


 クウの前に現れたのは、漆黒の銃身に銀の星紋が散りばめられた長銃。

 弓のように反った装飾が施され、銃床は翡翠の輝きを宿していた。


 クウは満面の笑みを浮かべていたが、シエラがボソッと呟いた。


 「俺のだけなんかショボくね?」

 「確かに、なんなのかもわからないよな」


 悪意のないギルの一言に、周りにいた者たちは笑いを堪えきれなかった。



 「これで――火の十二使徒が揃ったわけだな」

 天星神はゆるやかに言葉を紡ぐ。


 広間にどよめきが走る。

 リオンが微笑み、オクセー兄弟が顔を見合わせる。


 「火の十二使徒……」

 シエラは自分の胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 ギルもまた、無言のまま拳を握る。


 そんな二人とは裏腹に、クウが思わず口を開いた。


 「てか、火の十二使徒って何?」


 全員が呆然としている中、シエラが声を上げた。


 「おい!! 今いい感じに決まってただろうが!!」

 「えー、でも俺、火の十二使徒って言われても知らないしー」

 「俺も知らねぇよ! 知らねぇけど聞くのは終わった後でいいだろうがよ!」

 「だから今聞いたんじゃーん!」


 じゃれ合う二人をよそに、ギルが静かに呟いた。


 「俺も知らない。なんだ火の十二使徒って?」


 「そっか、まだ説明してなかったわね」

 秘書のリオンが説明を始めた。


 「天星士には火、地、風、水の四つの属性があるの。それぞれ役割があって――って、ことは知ってるんだけど私もよくわかんないの!」


 「わかんねぇのかよ!」


 「まぁ、天星士になったんだから、後で天星神話でも読んでおくといいわ」


 「えっ、神話!? 俺そういう堅っ苦しいやつ苦手なんだよぉ〜」

 嫌な顔をするシエラに、リオンが優しく諭す。


 「神話って言ってもめっちゃ短いから大丈夫よ」

 「そういう問題じゃないよぉ〜」


 一同はまたもや笑いに包まれた。



 だが天星神の声は、すぐに厳しさを帯びた。


 「十二使徒たちよ、時は一刻を争う。

 黒き霧が広がり、各地で人々を蝕んでいる。

 次に向かうべきは――養蜂の楽園、ヴァルベールだ」


 リオンが補足するように言葉を重ねる。


 「ヴァルベールでは既に霧の被害が出ています。

 救援と調査、そして可能ならば霧の源を断つこと。

 それがあなたたちに与えられた最初の任務です」


 「……黒い霧、か」

 シエラの脳裏に、道中耳にした旅人たちの噂がよぎった。


 天星神は最後に彼らを見渡し、厳かに言った。


 「星の定めに選ばれし者よ――この世界を護れ。その力をもって」


 こうして、天星器セレスティアルギアを手にしたシエラたち。

 新たなる旅路は、ヴァルベールの街から始まろうとしていた――。



天星神話

遥か宇宙そらより舞い降りし、一つの星あり。

その星を手にした者、星のことわりを悟り、民を導く光とならん。


やがてその者、輝ける力を十二の星へと分け与え、

世界に均衡と運命の輪をもたらしたという。


そして、去り際にこの言葉を遺した——


「火は命を呼び、地は秩序を築き、

風は絆を運び、水は心を癒す。

四つの理がひとつに帰す時、

星は再び“真の光”を呼び覚ます。」

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