【第6話】十二使徒

 墓標の傍らに立つラキエの身体を、まるで生き物のような“黒い霧”が這い、絡みついていた。


 「ぐ……がぁああああっ……!!」


 ラキエは頭を掻きむしり、地に膝をつく。もはや言葉にならない呻き声を漏らし、全身をのたうたせている。


 「おい、大丈夫かラキエ!? 何が……っ」


 シエラが駆け寄ろうとする、その瞬間――


 ボン、と霧が膨れ、ラキエの身体に吸い込まれていく。まるで霧が、彼の内側へ棲みつこうとしているかのように。


 「……な、なんだ……力が、力が湧いてくる……!!」


 呻きはいつしか歓喜に変わっていた。


 ラキエの瞳が、赤黒く光る。霧と一体になった彼のオーラが爆発的に膨張し、その場の空気が軋んだ。


 「はぁあああっ……ははっ、すげぇ、すげぇぞコレ! 何なんだよこれぇっ!!」


 筋肉が膨れ上がり、皮膚の下で魔力の線が走るように脈動している。


 ――共鳴した。あの黒い霧に、適応してしまったのだ。


 「マズい……お前、それ……!」


 「ははは! なんでもいい! 俺は今、とんでもねぇ力に包まれてんだよッ!!」


 ラキエが地を蹴った。その瞬間、風圧で地面がえぐれる。


 「――来るかっ!」


 シエラは素早く構えると、足に星の力を集中させた。


 「超音速ソニック!!」


 視界が流れる。重力を無視したような加速で、ラキエの一撃をすれすれで回避する。


 風が切れる轟音と共に、ラキエの拳が地面を穿つ。その場所にいたはずのシエラは、既に別の位置にいた。


 「ほぉ、速ぇな。でも――」


 ラキエの拳に、魔力が収束する。


 「俺の爪からは逃れられないッ!」


 拳を振ると同時に、空間を引き裂くような斬撃が放たれる。


 「くっ!」


 避けきれず、シエラの肩が裂かれる。赤い鮮血が舞い、地に滲んだ。


 「チッ……!」


 再び距離を取るシエラ。その目は、鋭くラキエを見据えていた。


 「今度はこっちの番だ……! 超怪力パワード!」


 全身の筋肉が膨張する。星の力が一点に集中し、拳に雷のような衝撃が宿る。


 「くらえッ――!」


 振り下ろされた拳が、大地を揺らした。


 だが――


 「効かねぇんだよ、そんなもん!」


 ラキエが片腕でその拳を受け止めた。


 「っの野郎!」


 すかさず返された反撃に吹き飛ばされるシエラ。


 土煙の中、なんとか着地して膝をつく。


 (くそっ、どんどん強くなってやがる……!)


 「まだやれんだろ、白羊の使徒さんよォ!!」


 ラキエが獣のような咆哮を上げながら突っ込んでくる。


 「ならこっちも――切り替えてくぜ!」


 「超硬化タフネス!」


 肌が硬質化し、岩のように輝く。拳と拳がぶつかり合い、互いの魔力が激突する。


 「ふふっ……効かないぜ?」


 ラキエの余裕の笑みが溢れる。


 「はっ、これでどうだ!!」


 ラキエの一撃が今にも放たれようとした。


 その時――


 「おーい!! 誰かいるのかー? 大丈夫かー?」


 遠くからギルの声が響いた。


 「ギル……!?」


 駆けつけたギルの瞳が、壊れた墓に釘付けになる。


 「これは……」


 彼の身体が震える。握った拳が、音を立てて鳴った。


 「おい……これ……っ」


 墓を、震える手で撫でながら、唇がわななく。


 「……ここは、この墓は……俺の……」


 怒気と悲しみが入り混じったような叫びとともに、ギルの中にある“何か”が――覚醒した。


 「うおおおおおおおおっ!!!!」


 全身から噴き出す凄まじいオーラ。


 その瞬間、空気が変わる。


 「こいつ……なんだこの威圧感は……!?」


 ギルの目が、星の如く輝いた。


 「貴様ーッ!!」


 ギルの拳が、まっすぐラキエに突き刺さる――


 ズドォン!


 轟音と共に、ラキエの身体が吹き飛んだ。


 地に倒れ伏すラキエ。その身体の中から、禍々しい霧が漏れ出す。


 「今だ……超怪力パワード!」


 「喰らえっ!! 全開だッ!!」


 シエラの渾身の拳が、ラキエの胸に炸裂した。


 「ぐあああああっ!!」


 黒い霧が噴き出す。空へと逃げるように広がった霧は、断末魔のような音を立て、空中で弾けるように消えた。


 静寂が落ちる。


 ギルは膝をつき、肩で息をしていた。シエラが疲れ切ったギルに駆け寄る。


 「おい、大丈夫か?」


 「……誰だ、お前」


 「……は?」


 ギルの目が、シエラを見ていない。まるで記憶が飛んでいるように、空虚だ。


 「ギル……お前……」


 「わかんねぇ。なんか、記憶が……途切れてる……」


 「……黒い霧に、乗っ取られてたんだな」


 「……霧……」


 その時、ラキエが目を覚ました。


 「ん? ……何があったんだ、俺……」


 「お前もだよ。黒い何かに憑かれて暴れてた」


 「俺様が……憑かれてた……?」


 「そうだよ、ったく、黄道十二使徒として情けないぜ」


 「……え、誰が?」


 そこへ、念波が飛び込んでくる。


 《シエラ! なんとか事件解決してくれたみたいね!》


 「おう! ほら、見てくれよ、このラキエってやつ。こいつが獅子座の使徒だろ?」


 《え? 彼は“小獅子座”の使徒よ?》


 「え?」


 驚いたようにラキアに顔を向けるシエラ。


 「えっ、だってお前……“獅子王”って……」


 「あー、小獅子座だから百獣の王って言ってたら自然と周りがそう呼ぶようになったんだよ」


 「はー!? 紛らわしいことすんなよ!! んもうっ……ってことは……探し直し!?」


 落胆するシエラにリオンが不思議そうに話しかける。


 《え?……いや、もう横にいるじゃない》


 「いや、だから……ラキエは十二使徒じゃないんだったらまた――」


 《いや、だから――》


 「なんだこの声、きもちわりぃ……」


 言い争う二人をよそに我慢できなくなったギルが声を上げた。


 「えっ? なんでお前、リオンの声が……ってまさか!?」


 《ええ、ギル・ボアーレ……彼が“獅子座”の使徒よ。》


 「ま、まじか……」


 《彼が黒い霧に覆われてたから、私の念波が入らなかったのね》


 「俺が……?」


 《ともかく、初めまして。私はリオン・スアーブ。天星神様の秘書を務めているものです。あなたは星の定めに選ばれた天星士。シエラと共に、天星神様の元へ来てください》


 「おい、俺の時より丁寧じゃねぇかよ!」


 《はぁ?あなたの時も最初はこんな感じだったわよ!》


 「そうか?」


 《そうよ! あなたが聞き分けも悪いし態度も悪いから、こっちもどんどん態度が悪くなるんじゃないのよ!》


 言い争う二人を尻目に、ギルがぼそっと口を開く。


 「……なぁ、天星士って何なんだ?」


 「あ、あぁ……簡単に言えば、星の力を使えるすげぇ戦士ってことだよ!」


 《……まぁ概ね正しいからいいわ、詳しいことはシエラに聞いてね》


 シエラに丸投げして念波を切るリオン。


 楽観的なシエラと呆然とするギル。


 「ギル、俺と一緒に来てくれるか?」


 「まぁ、よくわからんけど行ってやる……さっきすごい力を感じたのは確かだしな、これが星の力ってやつなんだろ?」


 「おうよ!」


 「ラキエ、お前は?」


 「遠慮しとく。俺様はこの街の英雄だからな!」


 「そうか、頑張れよ!」


 その時、ギルが思い出したように叫んだ。


 「……ってか! 墓、ちゃんと直していけよ、お前ら!」


 「ご、ごめんごめん……」


 「てかっ、この墓って……」


 「俺のかーちゃんととーちゃんのだ。俺がガキの頃家にいたら突然棍棒を持った大男が突然家に入ってきて俺を襲ってきたんだ。

 とーちゃんとかーちゃんが俺を庇ってくれたから俺は命からがら逃げ切れたんだが、その時俺の両親はあいつに殺された。

 あいつの凄まじいオーラは今でも忘れない。 見つけたら絶対に仇を取ると決めて俺は強くなることを決意したんだ」


 「そんなことがあったのか……辛いこと思い出させて悪かったな」


 「いや、気にするな。俺の方こそ色々お前らに迷惑をかけたみたいだな。すまなかった」


 「お前が悪いんじゃない。俺は確かに見たお前の中から禍々しい何かが出てくるのを。

 そいつがお前をあんな獣に変えてたんだ。

ラキエに入ったらラキエもおかしくなったから。

 まぁラキエはなぜか適応してたみたいだけどな!」


 「ははっ、なんかこう、体の奥から力がドーンと湧いてきたからな!」


 「自慢げに言ってんじゃねぇよ……」


 「へへッ」


 「改めて……ギル・ボアーレだ」


 「俺はシエラ・ハウマール、白羊の使徒だ!」


 「俺の力についてはよくわかってないんだが、おそらく相手を威圧することができるらしいんだ。」


 「あぁ、それで何もしてないのに相手を失神させてたのか。恐怖で失神することもあるもんな。それで幸運の男ね。あっはははは!」


 「おい、笑うなよ。」


 「……そんな奴に、俺様は負けたのか……」


 「まぁ、大人と子供の違いだな。獅子と“小獅子”だし!」


 「いや、小さいだけで子供とは限らねぇだろうがよ!」


 「まぁまぁ、落ち着けよ」


 ――禍々しい霧が暴れた夜は、静かに、そして明るく明けていく。

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