【第3話】 獅子王の力
灼熱の太陽が降り注ぐ中、デイグルス・コロッセウムはすでに戦いの熱気に満ちていた。観客の熱狂は、まるで炎のように空気を焼き尽くす勢いだ。
歓声を押し退けるように場内アナウンスが響く。
「年に一度の死闘、デイグルス喧嘩祭り――ついに開幕だ!」
「数多の猛者が名乗りを上げる中、特に注目の四人を紹介しよう!」
「第一の挑戦者、連撃のラウル!」
「第二の挑戦者、爆腕のクレン!」
「第三の挑戦者、幸運の男ダークホース、ギル!」
「そして最後にして最強、無敗の男――“獅子王”ラキエ・ププア!!」
ざわめきが上がり、観客席は総立ちになった。扉の向こうから現れたのは、真紅の髪をなびかせた百獣の王――ラキエ。彼がゆっくりと堂々たる歩みで闘技場に入場すると、会場の熱気は沸点に達する。
試合開始のゴングが鳴り響いた瞬間、砂煙と怒号が闘技場を包み込んだ。
数十人はいたであろう挑戦者たちが、四方八方から殴り合い、蹴り飛ばし、武器を振るい、己の存在を誇示するかのように暴れまわる。
「潰せッ!」
「どけェッ!」
「俺が主役だ!」
獣のような唸り声、吹き飛ぶ肉体、血と汗の匂い――まさに混沌。
それでもわずかな時間で、実力なき者たちは次々と地に伏していく。
吹き飛ばされた者が地面に叩きつけられ、叫び声を上げるたび、観客席は熱狂に揺れた。
そして、乱戦の中心から一歩抜け出した影が、ゆっくりと砂埃の中に姿を現す――
自然と流れは収束し、残ったのはただ四人。
乱戦の混沌を生き残った選ばれし猛者たちが、今、互いを睨みつける。
• 連撃のラウル
• 爆腕のクレン
• 幸運の男ギル
• “獅子王”ラキエ
四角形に整列する四人。その間に緊張が満ちていき観客の視線が固まる。
クレン対ラキエ、ラウル対ギルというカードが自然と組まれる。喧嘩祭りの闘志、その場の空気が対戦相手を決めた。
乱戦の名残を残す闘技場――そこには四人の戦士たちだけがどっしりと構えていた。
観客の誰もが息を呑む。
自然と形成された二つの対峙。そのうちの一つ――ラウル対ギル。
連撃の異名を持つラウルは、瞬発力と技の鋭さで数多の戦士を打ち倒してきた猛者だった。
対するギルは、開始から一言も発さず、静かに、ただ静かに敵を退けてきた。まるで無音の刃のように。
――その刹那、ラウルの肩がびくりと震えた。
「……っ!」
目を見開き、何かに取り憑かれたように後ずさるラウル。
全身が小刻みに震え出す。まるで氷の中にいるかのように。
「おい、どうした!? ラウル!!」
観客たちの叫びも届かない。ラウルはついに、膝から崩れ落ち――そのまま意識を失った。
場内に騒然としたざわめきが走る。
だがその直後、響き渡る場内アナウンスが、事態を軽々と笑い飛ばすように叫んだ。
「な、なんと! これはまさかの展開!」
「今回も戦わずして勝利か!? またしても“幸運の男”ギル、恐るべき運の持ち主ーーっ!」
観客席から歓声と失笑が入り混じった波が巻き起こる。
一方のギルは――何も語らず、ただ静かに相手を見下ろしていた。
その双眸には、戦いの終わりなど最初から分かっていたかのような冷ややかさが宿っていた。
そんな一線を横目にクレンとラキエの激闘もついに決着を迎える。両者がぶつかり合い、拳をぶつけ、爆轟のような衝撃にクレンが地に崩れ落ちる。クレンが倒れるや否や、観客席が一斉に歓声を上げる。
またもや歓声を押し退けるように場内アナウンスが響く。
「さあ最後まで立っていたのは、我らが獅子王ププアだ! そして幸運にもギル・ボアーレも、この場に生き残った!」
「勝ち残ったのは、ラキエ・ププアとギル・ボアーレ! 最強と強運、果たしてどちらが勝つのか!」
歓声と衝撃が入り混じる中、ラキエはにじり寄ってギルに耳元で囁いた。
「幸運で勝ててよかったな」
無表情のギルが振り向き、鋭くラキエを睨む。ラキエは後ずさり、少し怯んだ。
「そんな目で見るなよ」とラキエは軽く言うが、鼓動が早まり胸がざわつく。未知の気迫に動揺を隠せない。
平然を装うラキエだったがそれもすぐに耐えきれなくなり自分を鼓舞するように高らかに叫んだ。
「俺様は百獣の王、“獅子王”だ!星の定めに選ばれし天星士なんだよ!!」
突然、空気が裂けるような轟音とともにラキエの拳が激しく振られる。闘技場の地面を抉り、粉塵を巻き上げる強烈な一撃が炸裂する。
「へ、驚いたか? 俺様の拳は全てを切り裂く! 星の定めによって授けられし俺様の魔力は「爪撃(クロー)」、これこそが百獣の王の力よ!」
ラキエの乱れ狂う拳が何発もギルを襲う。会場がどよめく。
「やっぱり獅子王強えー!」
「まだこんな力を隠してたのか!」
シエラは観客席から見つめながら息を飲む。
「やっぱりあいつも、力には目覚めてるんだな…」
だが驚くべきはギルの覚悟だった。ラキエの乱撃を、全てよけ尽くす――しかも余裕を持って。
一度攻撃が止んだ瞬間、ギルはラキエを鋭く見据える。その視線に、ラキエの鼓動が一瞬止まったかのような衝撃が走る。
次の瞬間、シエラが見たのは、脚元の瓦礫に足を掬われ、ラキエがバランスを崩す姿だった。
ラキエは無傷、当然立ちあがろうとするが観客たちのどよめき、歓声に自分の負けを悟った。
勝利条件は「最後まで立っていること」。ラキエが倒れれば、たとえラキエが押していたとしても勝ちはギルのものだ。
場内アナウンスが改めて流れる。
「幸運の男ギル・ボアーレ、まさかの優勝へ!」
「まさに“幸運だけで優勝した男”だ!」
会場はさらなる騒ぎに包まれ、歓声が余韻として響き渡る。
納得のいかないラキエは冷たい目で観客席へ睨みを送りながら、怒りに満ちた表情で退場する。挑発とも受け取れる振る舞いを見せつつ、闘技場から出た。
シエラは今しかないと直感し、熱狂する観客たちを押し除け待合室へ向かう。
警備の隙をかいくぐり、待合室の奥に到達。ラキエはまだ怒りの余韻を残しつつ、一人で椅子に座っていた。
シエラは静かに近づき、声をかける。
「連覇できなくて残念だったな。瓦礫に躓くなんて、ただ運が悪かっただけだよ」
ラキエは振り返り、鋭く噛みつくように言った。
「うるせぇな、誰だ、お前!」
「あーわりぃ。俺は白羊宮の使徒シエラ・ハウマール。お前と同じ天星士だ、お前を迎えにきたんだよ」
ラキエは目を見開いた。
「白羊宮の使徒だと!?そんな奴が俺を迎えにきたってのか!?」
シエラは不思議そうな顔おしてラキエに尋ねた。
「なんかみんな俺のこと、っていうか白羊宮の使徒ってのを知ってるけどなんでだ?」
ラキエは呆れたように言葉を返した。
「はぁ?お前あの女に聞いてないのか?」
「ん?」
「天星士の中でも一際強い奴らが12人いるらしい。 その名も黄道十二使徒。 白羊宮の使徒ってのはその中の一人、つまりお前は天星士の中でも最強の一人だってことだよ。」
ラキエの言葉にシエラは驚く。
「へー、お前よく知ってるなー」
「俺もあの女に聞いただけだよ」
「へー」
シエラの胸の奥が妙にざわついた。
けれど、何が気になったのかまでは自分でもわからない。
シエラはその感覚を追いきれぬまま、考えるのをやめた。
ラキエは少し考えてから口を開いた。
「…お前の話、まあ聞いてやってもいいが、その前に一つやりたいことがある」
「なんだ?」
「……あの幸運野郎を、この手でぶっ飛ばさねぇと気が済まねぇ」
シエラは困ったように笑って言う。
「おいおい、そこまですることないだろ。実力的にはお前の方が上って、みんな分かってるし…」
ラキエはふるんと吐き捨てる。
「それじゃ俺の気が済まねぇんだ!」
シエラはため息をつきながらも、ラキエの後に続いた。
こうして、勝者を追いかけるラキエに、シエラは付きそうように闘技場を後にした。
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