第4話-2

『四月二六日、午前七時半になりました。"塔予報"をお伝えします。"発生区域(エリア)東京"内の塔は現在一九基、ステージ三相当のものはありません。本日から三日以内に、"東京Ⅲ"に新たな塔の発生が予想されます。近隣にお住まいの方は発生時の揺れや騒音にご注意ください』




 部屋の壁に投影した朝のニュース番組を消して、竜秋は制服に袖を通した。


 夜鷹との決闘から丸一週間経った土曜日。休日にもかかわらず、早朝から制服を着て出かけるのは、理由がある。


「おっはよーたっつん! 準備できたか!? 早く行こうぜ!」


 部屋の扉が勢いよく開き、隣室の爽司が制服姿で飛び込んできた。黒地に金のラインが入った目新しい腕輪を右手につけ、旅行にでも出発するようなハイテンションである。


「朝っぱらからうるせーな……今行く」


仕上げに《竜爪》を背負った竜秋は、爽司を引き連れ部屋を出発。三階の共用エリアに出ると、制服姿の誠と恋が待っていた。彼女たちもまた、爽司と同じ腕輪を手首に光らせている。


「おっはよー二人とも! 待たせてごめんちゃい! 早いね、まだ約束の五分前だぜ」


「声かけてもらった分際で、あんたらを待たせるわけにいかないでしょ」


 誠より早く、恋が足で挟んでいた荷物を持ち上げながら口早に言った。


「そんなのいいのに。なっ、たっつん」


「おお」と曖昧に言いつつ、恋と目が合って竜秋は一瞬戸惑った。入学初日の自己紹介以降、彼女とはまともに喋っていない。嫌われていると分かりきっているからだ。


「あの、竜秋くん。改めて、今日は誘ってくれてありがとう」


 もじもじと竜秋を見上げてから、誠がぺこりと頭を下げる。


「四人までオッケーって話だったからな。礼なら更科に言え。じゃあ行くか」


 寮を出発した四人は、真っ直ぐ学園の南側へ向かった。




 見上げるほど高い鉄の門。監獄の如きこの学園の、唯一の出入り口。四月にくぐったきり、その麓にやってきたのは初めてだった。


竜秋に爽司、誠に恋、表情はそれぞれでも、興奮を抑えきれていない。今日、竜秋たちは学園の外に出て――塔を、見に行く。




『集中講義』。休日などの特別日程で行う集中的な授業のこと。通常の授業が半年かけて行われるのに対し、集中講義は数日、早ければ一日で修了し単位を取得できる。更科が竜秋たちに提案したのは、その中でも知る人ぞ知るもの。集中講義という名目で、監獄のごときこの学園から一日外出できる特権と、本来なら絶対に立ち入り禁止な、塔及びその周辺施設を間近で見学できるまたとない機会を、同時に得られる「裏ワザ」だ。


いわく、「塔見学実習」。


この授業は存在が案内されないだけでなく、教官二名が「受講に値する」と判断した生徒の申請しか通らない。更科いわく、連名に協力してくれたのは犬飼だそうだ。同じ一学年団として、桜の傍若無人ぶりには彼も相当辟易していると聞くし、竜秋たちの境遇にも同情的だ。定員が限られるため今回は四名での受講だが、残り六人のクラスメートにも次回以降の案内を約束してくれた。


もちろん今回のことは、桜には秘密である。彼は瞬間移動能力にかまけ、休日は毎週の如くハワイへバカンスに出かけており、今回もその例に漏れない。そもそも勤務態度がかなりテキトーな男であるから、まずバレる心配はないだろう。


「ねぇ」


 正門前の警備員室で手続きを済ませ、門が開いていく様子を見上げていると、背後から恋が声をかけてきた。竜秋はやや警戒しつつ、そちらに顔を向ける。


「どうした」


「あんたには直接言えてなかったから」


「……なにを?」


「だから、その。今日は誘ってくれてありがとう」


 細長い眉をしかめ、神妙な顔で口早に言った恋の顔を、思わず見つめる。


「誘ったのは爽司だろ」


「直接はね。でも元々は、この話は更科先生があんたに持ちかけたものだった。四名しかない定員に、入れてくれたのは感謝してる。なんであたしなのか、はよく分かんないけど」


 確かに、更科が告げた定員は四名。いつも一緒にいる誠を誘うまでは確定で、残り一人――そこで「まこっちゃんのためにも女子がいいんじゃね?」と爽司に言われて、竜秋が恋の名前を出した。理由は……


「ああ、いい、理由は聞かない。むしろ言わないで」


 口を開きかけた竜秋を、恋は素早く手を挙げて制した。まるで防衛本能のように。


「あたしはただ、言いたいこと言いたかっただけだから。じゃあね」


 それだけ言って恋は離れていってしまった。

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