第9話 危険な賭けと共闘の始まり
ヴァルシュ=ゼネリク王国との国境は、
予想以上の厳戒態勢だった。
いくつもの検問所が設けられ、
兵士たちが神経質に巡回している。
私は、ユズと共に、
人の目を避けながら、
指定された集合地点へと向かった。
ユズは、周囲の兵士たちの多さに、
緊張しているようだった。
「ゼロさん、本当に、
俺たちがこの任務で大丈夫なんですか?」
ユズが、不安そうな声で尋ねた。
「報酬は破格だ。
それに見合う危険がある。」
私は、短く答えた。
彼の不安を煽るつもりはなかったが、
これが現実だ。
彼の顔から、血の気が引くのが分かった。
それでも、彼は、
私の隣から離れようとはしなかった。
集合地点は、国境近くの古い砦だった。
瓦礫が散乱し、廃墟と化している。
そこに、ヴァルシュ=ゼネリク王国の
兵士たちが集結していた。
彼らの顔は、疲弊し、
しかし、その瞳には、
強い決意が宿っている。
その中心に、レオンハルトがいた。
彼は、私たちが現れるのを、
静かに待っていたようだ。
レオンハルトは、私たちに気づくと、
ゆっくりと近づいてきた。
彼の隣には、数人の側近らしき兵士が
控えている。
「待っていたぞ、ゼロ。」
彼の声は、静かだが、
確かな力を持っていた。
「君が来ることを、信じていた。」
その言葉に、私は何も答えなかった。
信じると言われても、
私には、信じ方が分からない。
「この任務は、君の腕にかかっている。」
レオンハルトは、本題に入った。
「現在、両国の戦況は膠着状態にある。
この状況を打開するため、
我々は、ある第三勢力、
『黒の爪団』の要塞を攻略する。」
彼の言葉に、私は目を見開いた。
『黒の爪団』。
それは、この地域の無法者集団で、
その残虐性と強固な拠点から、
誰も手を出せずにいた。
それを攻略する、と。
──確かに、破格の報酬に見合う危険だ。
「この作戦には、我々の軍だけでなく、
君が所属する(あるいは協力する)国の
一部部隊も協力することになっている。」
レオンハルトは、続けた。
「一時的な休戦協定を結び、
共同で『黒の爪団』を討伐する。
君は、その作戦において、
最重要となる狙撃を担当してもらう。」
私は、彼の目をまっすぐに見つめた。
その瞳には、私への確固たる信頼が見えた。
──信頼?
私に、そんなものを向けるのか。
作戦会議が始まった。
古びた砦の地下室。
薄暗い空間に、地図が広げられている。
レオンハルトは、
『黒の爪団』の要塞の構造、
敵の兵力配置、
そして、攻略の具体的な手順を、
澱みなく説明していった。
彼の説明は、緻密で、無駄がない。
私と同じ、「合理性」を追求する思考。
その知性には、感銘を受けた。
会議中、ヴァルシュ=ゼネリク王国の
兵士の一人が、私を睨みつけ、
隣の仲間に小声で呟いた。
「異世界の女か……信用できん。」
その声は、小さくても、
私の耳にはっきりと届いた。
私は、表情を変えなかったが、
その言葉は、私の心をチクリと刺した。
彼らの視線は、恐怖と、不信。
私が、この世界でも
異質な存在であることを、突きつけられる。
その時、レオンハルトの声が、
静かに、しかし明確に響いた。
「口を慎め。
彼女の力がなければ、
我々は敗北する。」
彼は、その兵士を鋭く一瞥した。
兵士は、すぐに俯き、沈黙する。
レオンハルトは、私を擁護した。
それは、私を道具として見ているからか。
それとも、私を、
彼の部下として、
守ろうとしているのか。
彼の行動の意図が、読めない。
彼の信頼が、私の立場をより切実に、
そして、曖牲的なものにしている。
「狙撃ポイントは、ここだ。」
レオンハルトは、地図上のある一点を指した。
それは、要塞からかなり離れた、
見晴らしのいい高台だった。
「そこから、要塞の中心部にある
魔力炉を狙撃してもらう。」
魔力炉。
要塞の機能を支える、中枢だ。
それを破壊すれば、
要塞全体の防御機能が停止し、
攻略が容易になる。
しかし、その距離は、
私でも、ぎりぎりの範囲だった。
そして、魔力炉は、
通常、厳重な結界で守られている。
「結界は、一時的に無効化する。
その隙を、君が突くのだ。」
レオンハルトは、私の目をまっすぐに見つめた。
その瞳には、私への確固たる信頼が見えた。
あるいは、私を、
極限状態に追い込もうとしているのか。
いずれにせよ、私は、
この任務を完遂しなければならない。
それが、傭兵としての私のルールだから。
作戦会議が終わり、
私は、レオンハルトと二人きりになった。
ユズは、砦の外で、
訓練に励んでいるようだった。
時折、彼のクロスボウの音が、
かすかに聞こえてくる。
不安を抱えながらも、
自分も私の力になりたいと、
彼なりに決意しているのだろう。
私は、彼に背を向けたまま、
静かにレオンハルトの言葉を待った。
「何か、不安な点でも?」
レオンハルトが、私に尋ねた。
「……あなたの意図が、読めない。」
私は、正直に答えた。
「なぜ、私を指名した?
単に腕が必要なだけか?」
レオンハルトは、私の言葉を聞くと、
静かに笑った。
その笑みは、どこか寂しげで、
けれど、彼の決意の固さを感じさせた。
「君の能力は、もちろん必要だ。」
彼は、私の目を見つめ、続けた。
「だが、それだけではない。
君は、私と、同じ種類の者だ。」
彼の言葉に、私は眉を顰めた。
「……何を言っている?」
「社会から、あるいは、
大切なものから、存在を消されかけた者。」
彼の言葉に、私の心が、
大きく揺れた。
あの男の言葉。
「私は殺さない。社会があなたを殺すだけ」
レオンハルトは、私の「社会的な死」を、
知っているのか。
そして、彼自身も、
それを経験した、と。
「この国の『記録消去罪』は、
多くの無実の民を苦しめてきた。」
レオンハルトは、目を伏せた。
「私の妹も、その犠牲者の一人だ。」
彼の声には、深い悲しみが込められていた。
彼は、あの白いスカーフに、
そっと触れる。
「君の力は、この世界の、
そして、この国の、
『ゼロ』をなくすために必要だ。」
彼の言葉は、私の心を、
深く突き刺した。
彼は、私を、
単なる道具として見ているのではない。
私と同じ、深い傷を負った者として。
そして、私に、
この世界の変革を求めている。
私は、彼の言葉に、何も答えられなかった。
ただ、彼の真摯な眼差しを、
見つめるしかなかった。
私の心は、激しく動揺している。
「恋愛はご遠慮します」
そう決めたはずなのに。
なぜ、彼の言葉は、
私の心を、これほどまでに揺さぶるのか。
私は、彼との間に、
共鳴する何かを感じていた。
それは、危険な賭けだった。
この男を信じることは、
再び裏切られるリスクを背負うこと。
だが、同時に、
それは、私が「ゼロ」ではない、
「雨宮凛」としての私を取り戻す、
唯一の機会かもしれない。
レオンハルトは、私が沈黙している間も、
じっと私を見つめていた。
彼の瞳は、私に信頼を求めている。
「……作戦は、完璧にこなす。」
私は、ようやく、そう答えた。
それが、今の私にできる、
精一杯の返事だった。
レオンハルトは、私の言葉を聞くと、
静かに頷いた。
彼の顔に、微かな笑みが浮かぶ。
それは、勝利を確信した者の笑みでもなく、
ただ、私の選択を尊重するような、
そんな穏やかな笑みだった。
私は、彼のその笑みに、
不思議な安堵を覚えた。
外では、夜風が吹き荒れている。
明日の夜には、作戦が始まる。
私は、レオンハルトと共に、
この世界の運命を賭けた戦いに、
身を投じることになる。
それは、私の「ゼロ」としての生き方を、
大きく変えることになるだろう。
私は、銃身の「Ø」の記号を指でなぞった。
その記号が、
今は、希望の光を帯びているように、
感じられた。
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