第8話 「記録消去罪」の痕跡、レオンハルトの過去
私を追ってきた男をギルドに引き渡して以来、
ヴァルシュ=ゼネリク王国からの依頼は途絶えた。
レオンハルトも、あれ以来、姿を見せない。
一時的な安堵が、私の心に広がった。
しかし、同時に、胸の奥には、
漠然とした不安も残っていた。
あの男が追ってきた意味。
そして、レオンハルトの執着。
私の「社会的な死」は、
この異世界にも、確実に影を落としている。
ティナは、私を心配し、
頻繁に声をかけてくれた。
「ゼロさん、あの男のことは気にしなくていいわ。
ギルドが責任を持って対処するから。」
彼女の言葉は、私を気遣う優しさに満ちていた。
ユズも、私が怪我をして以来、
以前にも増して、私に懐いてきた。
「ゼロさん、足の調子はどうですか?
俺、薬草取ってきましたよ!」
彼の純粋な笑顔は、
私の冷え切った心を、
じんわりと温める。
私は、彼らの優しさに、
戸惑いを覚えながらも、
少しずつ、その温かさを受け入れ始めていた。
だが、あの男が持っていた情報が、
ギルド内で密かに広まり始めていることを、
私は感じ取っていた。
視線。
冷たい、探るような視線。
町の人々が、私を避けるようになった。
「あの人は“ゼロかもしれない”」
そんな囁きが、風に乗って聞こえてくる。
この世界の「記録消去罪」の恐怖が、
私に向けられている。
私は、再び、孤独な存在へと
引き戻されそうになっていた。
そんな中、レオンハルトは、
自国ヴァルシュ=ゼネリク王国の王城にいた。
広大な執務室。
彼は、机に広げられた地図を前に、
静かに考え込んでいた。
彼の隣には、先日の事件の報告書。
「傭兵ゼロ」に関する詳細な情報が
記されている。
あの時の私を追ってきた男の供述も、
そこに記されていた。
レオンハルトの瞳が、
報告書の一文で止まる。
「対象は、異世界からの転移者。
元の世界で『社会的な死』を経験。」
レオンハルトの脳裏に、
遠い過去の記憶がフラッシュバックした。
それは、彼がまだ幼かった頃の出来事。
彼の最愛の妹、セリーネの記憶。
セリーネは、生まれつき体が弱く、
それでも、この国の未来を憂い、
「記録消去罪」という制度の撤廃を
訴え続けていた。
そのまっすぐな瞳は、
誰よりも強く、輝いていた。
だが、彼女の声は、
当時の王室には届かなかった。
むしろ、反逆者として看做された。
「セリーネは、本日付で抹消されました。」
あの冷酷な声が、脳裏に響く。
「以後、該当人物の言動記録は、すべて無効とします。」
レオンハルトは、無力だった。
何もできなかった。
ただ、妹の存在が、
公式記録から、歴史から、
全て抹消されていくのを、
見ていることしかできなかった。
セリーネは、
社会的に「死んだ」のだ。
彼は、その日以来、
妹の存在を証明するために、
そして、この国の「記録消去罪」を
撤廃するために、
生きることを誓った。
**レオンハルト視点:**
(彼女の眼差しは、あの日のセリーネに似ている……。
だが、もっと強く、もっと深い絶望を秘めている。)
報告書に記された「社会的な死」という言葉が、
私の胸を締め付ける。
凛の瞳の奥に、
セリーネと同じ、
そして、セリーネよりも深い孤独を見た。
(私は、もう誰にも、
この世界の『ゼロ・コード』で
妹のような苦しみを味合わせはしない。)
私は、机の引き出しから、
一枚の古い写真を取り出した。
そこに写っているのは、
満面の笑みを浮かべたセリーネ。
そして、彼女がいつも身につけていた、
**白いスカーフ**。
私は、そのスカーフを、
そっと指で撫でた。
(この国の歴史に、
二度と『ゼロ』を刻ませはしない!)
私の使命は、明確だ。
そして、その使命のために、
ゼロの力が必要となる。
レオンハルトは、報告書を閉じ、
静かに立ち上がった。
「ゼロ……。君は、私の隣に来るべきだ。」
彼は、窓の外に広がる王都を見下ろした。
彼の心の中には、
凛への執着だけでなく、
彼女の「社会的な死」への共感。
そして、彼女を救い出すことによって、
妹を救えなかった自分を、
償おうとするかのような感情が渦巻いていた。
翌日、ギルドに、
ヴァルシュ=ゼネリク王国からの
新たな依頼が届いた。
それは、先日の「機密文書奪還」とは異なり、
「国境付近の魔獣掃討」という、
一見すると一般的な任務だった。
しかし、その依頼主は、
レオンハルト直属の部隊からだと記されていた。
そして、報酬は破格。
私は、その依頼書を手に取り、
レオンハルトの意図を測りかねた。
ティナが、心配そうな顔で私を見つめる。
「ゼロさん、この依頼は……。」
彼女は、レオンハルトの執着を警戒している。
「行く」
私は、短く答えた。
私は、この世界の「ゼロ・コード」と、
それを変えようとするレオンハルトに、
かすかな希望を見出していた。
そして、彼が私を必要としているのなら、
それに応じる義務がある、とも感じていた。
いや、義務ではない。
ただ、彼が私の存在を、
必要としてくれている。
それが、私にとって、
新しい、奇妙な、感情だった。
私は、魔道銃を背負い、ギルドを出た。
ユズが、後ろから駆けてくる。
「ゼロさん! 俺も行きます!」
彼の瞳は、強い決意に満ちていた。
「これは、危険な任務だ」
私は、警告した。
「分かってます! でも、俺、
ゼロさんの役に立ちたいんです!」
ユズの言葉に、私は何も答えなかった。
ただ、彼の熱意が、
私の冷たい心を、
また微かに温めるのを感じていた。
私は、ユズと共に、
ヴァルシュ=ゼネリク王国との国境へ向かう。
そこには、きっと、
レオンハルトが待っている。
そして、私たちの出会いは、
この世界の運命を、
大きく変えることになるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます