第31話 アコニツムの今後

 マザー・ユキムラは、シャルロットの頭を撫でて他の人達の元に向かって行った。その一人一人に声を掛けて励ましていく。マザー・ユキムラの人柄もあり、全員に元気が与えられている。

 そんなマザー・ユキムラを見送ったシャルロットの元に軍の部隊長が近づいてくる。


(軍の人……)


 キティルリアの状態で出会っているが、シャルロットからすれば初対面だった。


「お嬢ちゃん。確か教会の子だな?」

「はい。あなたは?」

「ああ。すまない。自己紹介もしていなかったな。アコニツム駐屯地の司令であるジョンソンだ」


 自己紹介をしたジョンソンにシャルロットは怪訝な顔をする。


(司令なのに最前線に出てるの……? 鎮圧部隊の隊長もしていたみたいだし……何で? いや、私も同じか……)


 司令が先頭で行動していたのを見ているので、シャルロットは若干困惑していたが、自分も魔王時代も合わせて後ろで鎮座するよりも前に出る方が多かったため納得していた。

 納得した事で自分が自己紹介をしていない事を思い出す。


「私はシャルロットです」

「そうか。シャルロット。まずは市民達を治療してくれた事感謝する。おかげで死者を最小限に減らす事が出来た」

「いえ、死者を出さない事が一番だと思いますので」

「全くだ。もう一つ確認したい事がある。シャルロットは、もう一人のシスターと共に教会から来たで間違いないな?」

「はい。リーシェルが安全だと判断して、マザーを手伝いに来ました」


 シャルロットは事前に決めていた通りに説明する。リーシェルと一緒に来ている事と教会に住んでいる事で、信憑性が高くなるのでキティルリアとシャルロットを結びつける点を大幅に減らす事が出来る。


「その時に魔族を見なかったか? 魔王と宣言していた奴だ」

「いえ、魔族って角が生えているんですよね? 私達が走って行った時に見た覚えはないです」

「空は見たか? 魔王とその配下は空を飛んであの方向に向かって行った」


 そう言って、ジョンソンはキティルリアが飛んだ方向を指差した。


(救助活動をしていただろうに、私が去る方向まで把握してたんだ。結構優秀な人みたい。まぁ、魔王ってだけで敵対しようとしなかった時点である程度融通が利く人間だとは思ったけど)


 シャルロットは、ジョンソンを大きく評価していた。こうした思考をしてくれる人間がいるという事はシャルロットにとっても大きな利だったからだ。


「いえ、見てません。恐らくですが、私達は魔王が去った後に出たと思います。魔王が空にいる状態をリーシェルが安全だと判断しないと思いますから」

「なるほどな。確かに、害意を持っていない魔王とはいえ、こちらは魔王の事をよく知らない警戒して出さないのは当たり前か」


 ジョンソンが納得したのと同時にジョンソンの無線に連絡が入る。


『隊長。市議会議員及び爆発物を運んでいた者達の確保を完了しました。裏が関わっていそうです。情報を得次第家宅捜索を行います』

「了解。徹底的にやれ。市議員達は、牢にぶち込んでおけ」

『了解しました。それと市議会議員を全員牢に入れるので、しばらくの間アコニツムの運営を隊長に任せる事になりそうです』

「あ~……そうだな。了解した。全小隊に告ぐ。分隊規模で動き市民を誘導し中央の広場に集めてくれ。怪我人や身動きが出来ない者は除く。第一から第二小隊は、そのまま中央の警備。第三から第四小隊は警察と協力してアコニツム全体を見回ってくれ。第五小隊は裏の家宅捜索だ。こっちも警察と協力しろ。第六は魔王の捜索。攻撃は反撃のみ許可する。間違ってもこちらから敵対の意思として受けられるような事はするな。以上」

『了解しました!』


 ジョンソンの指示で軍が動き始める。今の話を聞いた事でシャルロットは自分の正体がバレていない事が分かり安堵する。そして、状況がある程度落ち着いても魔王討伐のために軍を動かさない事にも安堵していた。


「嬢ちゃんもシスターと合流して中央に行ってくれ。今後のアコニツムについての話をする」

「分かりました」


 ジョンソンは最後にシャルロットに敬礼すると、そのまま中央の広場に向かって走っていった。最後の敬礼は、市民の治療のために奔走してくれたシャルロットへの敬意だった。

 シャルロットは、リーシェルの姿を探して少し離れたところで見つけたので、そのまま駆け寄る。リーシェルの服は血液と土で汚れていた。それだけリーシェルが治療のために動き回っていた事を表している。


「リーシェル」

「シャル。お疲れ様」


 リーシェルは、魔法で軽く手を洗ってからシャルロットの頭を撫でる。ボサボサだったシャルロットを軽く整えていた。


「リーシェルもお疲れ。中央広場で今後の事について軍の司令から発表するみたい。だから来てくれって」

「ああ、そういえばさっき話していたわね」


 リーシェルは遠巻きながらシャルロットがジョンソンと会話しているところを見ていたので、シャルロットが急にそんな事を言い出した理由にすぐ気付いた。

 リーシェルは身を屈めてシャルロットに耳打ちする。


「問題はないのよね?」

「うん。私達が後から教会から来たのに気付いて、魔王が飛んでいったのとかを目撃していないか確認したかったみたい」


 詳しい内容が一つもない質問だったが、それがキティルリア関連である事はシャルロットも即座に推測出来たので頷いた。現状キティルリアがシャルロットだとはバレておらず、疑われているとも考えられないからだ。


「良かったわ。それじゃあ、マザーも探して中央に行くわよ」

「うん」


 シャルロットとリーシェルはマザー・ユキムラと合流して三人で中央の広場に向かう。軍の人間達に誘導されて市民がどんどんと集まっていった。そこでジョンソンは拡声器を使って今後の説明をする。

 まずは、市議会議員を全員拘束して議員の資格を剥奪するという事。ここまでの騒ぎを出した以上、市議会議員のままにしておくことは出来ず、そのまま法で裁く事になる。

 次は、市議会議員の選挙を行うという事。これは詳しい事が決まり次第知らせる。それまでの間は、規則に則ってジョンソンが代理を務めるという事。

 次は、魔王に関する事。箝口令は敷かないが、嘘を綯い交ぜにした情報を吹聴しないようにしろという注意だった。

 最後は、スラム街の今後について。今回の問題を受けて、スラム街を少しずつ整理しつつ雇用などの問題を解決するべく動くという事。これに関しては、後々に市議会に引き継ぐ事になる。


 ひとまず、シャルロットが憂慮していたような最悪の事態は避けられた。死者が出てしまったために、良いとは言い難い結果だが、スラム街が崩壊して何百何千の命が奪われる最悪に比べればマシだった。

 ただ人間達の話題は、スラム街での出来事ではなかった。そちらの出来事に関しては一日もしないうちにあまり話題にならなくなる。持ちきりになるのは当然新たな魔王の出現とその目的だった。

 魔族と人間の和平。そんな事を考える魔王の出現に戸惑いと疑念が広まっていた。だが、アコニツムの市民達は知っている。魔王キティルリア・リリア・リルスリアが直接手を下した人間は一人も居らず、それどころか人間の救助活動に助力していたという事実を。

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