終幕 これからの二人

31

 すべての公演が終わった。

 まだ批判の声はある。

 けれど、公演の日数が経つ毎に肯定的な意見も見受けられるようになった。


 たくさんの人に観てよかったと言ってもらえている。

 それを考えると舞台は成功したっていうことになるんだろう。

 けれどやっぱり、ボクよりも麗寧に王子様をやってほしかったという意見もまだ同じくらいあった。そして、ボク自身も麗寧を超えられたとは思っていない。


 だからボクはまだ満足していない。

 まだ麗寧を超えられたわけじゃないんだ。

 ただ最初の一歩としては、いいスタートを切り出せたとは思っている。

 あとはこのまま役者の道を進んでいけばいい。

 

 そして公演が終了して数日後のこと。

 ボクは麗寧をいつもの屋上に呼び出していた。

 フェンスにもたれて、ボクたちは並んで座る。


「それで、話って何かな?」

「いや、なんというか……。ボクの気持ちを伝えておこうと思って」

「……晴希の、気持ち?」

「そう」


 ボクは小さく頷く。

 それから意を決して、麗寧の顔に視線を向ける。

 麗寧と、目が合う。


 けれどそれを言葉にしようとして、やっぱり難しくて。

 だからボクは、言葉じゃない方法で伝えることにした。

 麗寧にはそれで伝わるはずだから。

 そして――、



 ――ボクは麗寧にキスをした。



 胸の鼓動が、バクバクと今までにないくらいに激しい。

 身体が熱くて、自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。

 ボクはさっと麗寧から目をそらした。


 ……やってしまった。

 いくら言葉にできないからってこれはさすがに、なんというかやってしまっている。

 ボクは馬鹿なのかもしれない。いや、馬鹿だ。


 麗寧に一生からかわれる気がする。

 ……けれど、やってしまったのだから仕方がない。

 これは必要なことだったと思うとしよう、うんそうしよう。

 これ以上考えたら恥ずかしさで死んでしまう。


「……そ、そういうことだから」


 落ち着かない心で麗寧を横目にちらりと見る。

 彼女は目を見開いて、麗寧は自身の唇に触れていた。

 それから彼女は確認をするようにボクを見てくる。


「つまり、私と君は……、両想いということかな?」


 ボクは小さく頷いた。

 麗寧は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「それなら……。それを伝えてくれたということは、私と君は恋人になるということだねっ」


 そう言って、麗寧はボクに抱きつこうとしてきた。

 ボクは慌ててそれを手で制す。


「ちょっと待て! 恋人にはならないから!」


 ボクの言葉に麗寧が動きを止めた。

 そしてゆっくりと首を傾げる。


「……どうして? 好きなのに?」

「好きだけど、好きじゃない」

「は……?」


 麗寧が珍しくそんな声を出した。

 瞳の輝きが消えかかっている。


「だ、だから、なんっていうか……。普段のボクは麗寧のことが好きだけど、役者のボクは麗寧を好きじゃないというか……」

「? どっちも君だろう?」

「ボクの中だと違うんだよ。……役者のボクはまだ麗寧の気持ちを受け入れられないんだ」

「どうして?」

「役者のボクはさ……、悔しいけどまだ麗寧を越えられてない。対等にすらなれてない。そんな状態で恋人になるのは嫌なんだよ」

「つまり晴希は、役者の君が納得するまで私に待っていてほしいと、そう言っているのかな」

「そうだよ」

「……君は、自分がわがままを言っているとわかっているかい?」


 ボクは小さく頷く。


「本当に? それはつまりキープしているようなものだ。それは……、酷いよ」

「わかってるけどさ……。じゃあ麗寧はボクが憧れになれなくてもいいの?」

「それは」

「麗寧は、憧れであり続けようとしているボクが好きなんじゃないのか?」

「……」

「今ここで恋人になったらボクはそれで満足してしまうかもしれない。満足なんてしたくないけど、心が勝手に折れるかもしれない。……そんなのは嫌だ」


 そうなった時、ボクは自分を許せないだろう。

 最初はよくても、気がついた時には後悔に苛まれて、動けなくなっているかもしれない。

 そうしたらきっと、ボクと麗寧の関係は今度こそ壊れてしまうと思うんだ。


「……ボクは麗寧の憧れでいたい」


 ボクの言葉に、麗寧は黙って何かを考えていた。

 けれどやがてそれも終わり、麗寧はふっと息を吐き出した。


「君は、酷い人だ。人質を取るような真似をしてまで、私の気持ちを受けとってくれない。そのくせ好きだと言ってくる。……そうやって、私の気持ちを弄ぶ」

「それは……、ごめん」

「まったくだよ。……けれど、私はそういう君に恋をしてしまったんだ。諦めるとしよう」


 そう言って、麗寧は静かに笑った。

 ボクはせめて、そんな麗寧の手を握る。


「ありがとう、麗寧」

「いいさ。その代わり私もわがままを言わせてほしい」

「……なに」


 そこで麗寧はフッと笑って。

 それからボクの唇を奪った。


「時々、こうやってキスをさせてほしい」

「なっ」

「そうでないと、不安になるからね」


 そう、いたずらっぽく笑った。


 

 ――麗寧はまだ、ボクの上を行くようだった。






                                                     終演

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そして二人は舞台の上でキスをする。 水無月ナツキ @kamizyo7

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