第四幕 一人きりの舞台
13
麗寧の綺麗な顔が、輝く瞳が目前にあった。
……麗寧から離れないと。
そうじゃないと大変なことをされてしまう気がする。
そう思うのに身体が動いてくれない。
その間にも麗寧がどんどん顔を近づけてくる。
やがて……。
麗寧の唇が、ボクの唇に触れて……。
――そこでボクは目を覚ました。
それなのにまだ胸がドキドキしている。
頭の中に目前に迫ってくる麗寧の顔が残っていた。
夢の中でも顔がいい。
瞳の輝きだってそのままだった。
「……いやいやいや」
……なんて夢を見ているんだ、ボクは。
それも今回だけじゃない。
あの日から数日が経っているというのに、毎日のように麗寧は夢の中でキスをしてくる。
いい加減にしてほしい。
毎朝麗寧のキスで目を覚ますなんて、ボクはお姫様か何かか?
勘弁してくれ。ボクは王子様になりたいっていうのに、……嫌味か?
毎日毎日夢に出てきやがって麗寧の奴。
これじゃあまるでボクが麗寧のことを気にしているみたいじゃん!
大好きかよ!
……好きじゃないですけど!
布団の上で、ボクは頭を抱えてしまう。
「……夢でまで変なことするなよ」
まったく、やめてくれよ……。
そっと自分の唇に触れてみる。
流石にあの時の、麗寧のキスの感触はそこに残っていない。
けれどすぐに思い出せる。
……そのほろ苦さも。
……本当に、なんてものを心に残していったんだ。
◯
麗寧にキスをされた。
その事実が日常生活でもボクを悩ましていた。
何が困るって、麗寧の顔をまともに見られないことだ。
見てしまったらキスのことを思い出してしまう。
だというのに気がついたら麗寧の顔を見てしまって……。
その度にキスを思い出して自滅しているんだ。
マジであの女ふざけんな!
だいたいあれはやっぱりあれはおかしい気がする。
本当にキスする必要なんてあったのか?
なんか良いように誤魔化されていないか?
そんなことを思いながらボクは教室に入る。
するとちょうど麗寧と出くわした。
「おはよう、晴希」
ボクはその顔を、じっと見つめてしまって……。
……本当に顔がいい。
というか良すぎる。
この顔の良すぎる女優にキスをされたんだよな、ボク。
そんなふうに思って、あの日のキスを思い出す。
心臓が……、ドクンと一際大きく脈だつ。
唇に触れようとしている自分に気がついて、……はっと我に返った。
ぱっと麗寧から視線を逸らす。
何をやっているんだ、ボクは!
「どうしたのかな、晴希。真っ赤な顔で目を逸らして」
「うるさい、バカ!」
「唐突な罵倒!?」
もう、誰か助けてくれ!
◯
「あんたさ、最近妙にソワソワしてる時ない?」
移動教室で移動中の時だった。
隣を歩いていた朋絵がそんなことを聞いてきた。
「は?」
「……特に麗寧様を見てる時」
ギクリと反応をしそうになるのをなんとかおさえて、ボクはさり気なく視線を逸らした。
麗寧にキスをされたなんてそんなこと、朋絵には言えるわけがなかった。
きっと麗寧に好きだと言われたということがバレるよりも大変なことになるだろう。
「……なんにもないけど?」
「あやしい」
「……な、なにが?」
「声、上擦って聞こえるけど」
「……気のせいでしょ」
「いや、やっぱりあやしい……。まさかあんた、麗寧様となにかあったとかないでしょうね」
「……ないよ。あるわけないじゃん」
「……ホントかなぁ」
「本当だって。……ボクにとって麗寧は目標で、超えるべき相手で。それはつまりライバルってことで……。そんな相手となにかあるわけないじゃん」
「なにその恋愛的になにかあった時みたいな言い分」
「え? そういう話じゃ……」
「そんなこと、一言もいってないんだけど」
……確かに言われてみれば。
ど、どうしよう。
……いや大丈夫だ。
役者というのはアドリブをしないといけない時だってあるんだ。
役者になるためにもなんとか誤魔化してみせる!
……自分でもよくわからない理屈でもって頭をフル回転させる。
「……いや、だってさ。そのなんていうか、ほらさ。前に百合営業がどうのこうの言ってたから、てっきりそういうのを疑われてるって思ったんだよ」
「まあ……、筋は通ってるか」
「そういうわけだから、麗寧とはなにもないから」
朋絵はイマイチ納得がいっていないというような表情でボクのことを見つめてくる。
けれどやがて小さく息を吐き出して、ボクから視線を外した。
「まあ……、今回は信じてあげる」
その言葉に、ボクは密かにほっとする。
……よかった、なんとかなって。
けれど、疑いは完全に晴れたわけじゃないみたいだ。
これからはもっと気をつけないと……。
「ところで、あんたの一人芝居っていつだっけ?」
朋絵がなんともなしにそんなことを聞いてくる。
「……来週だけど」
「なに、その変なもの見るような目は」
「いや……、もしかして、観に来る気?」
「悪い?」
「……別にいいけど」
一人芝居をやることが決まった時、そのことを朋絵に話した。
けれどそれは観に来ることを期待して話したわけじゃない。
そもそも朋絵は来るわけないと思っていたし……。
だから本当に雑談のつもりだった。
別に観に来ることはいいけれど、単純に意外だったというだけだ。
「ていうか、どうやって人集めるの?」
「掲示板とかにフライヤー貼ってる」
「ふうん。……そんなので集まるわけ?」
「どうだろ。それでどれくらい集まるかボクもわからないから、一応他の友達とか誘ってる」
「あたし、やるってこと聞いただけで、誘われてないんだけど」
「来ると思ってなかったんだよ」
「まあいいわ。とにかく観に行く」
そう言い残して、朋絵はボクを置いて先に行ってしまった。
……なんというか、本当によくわからない奴だ。
けれど思い返してみれば、朋絵はこれまでにも極稀にボクの稽古を観に来たりしていた。
ただの暇つぶしだと思っていたけれど、案外応援してくれている……のか?
それなそうと言ってくれれば……。
いや……。たとえ応援してくれているのだとしても、朋絵が素直にそう言うとは思えない。
結局のところ、どっちなのかわからなかった。
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