Dr.ペスト～ボクらの青春は殺人鬼に奪われた～

第2話『逃走』

　に、に、逃げなきゃ……殺される！！

　金縛りから解けた九条菜々花（ボク）は、素早くスマートフォンを拾い上げると、公園の出口へ向かい走り出した！！

　背後から、黒いソイツの荒い息遣いと足音が迫ってくる。

　焦っている時に限って何故（なぜ）か何も無いところで転んでしまうものだ……。

　ボクは派手に前のめりに転んだ。両肘と、小さな胸を地面に打ち付け「うっ」と言う声が漏れた。

　ソイツは後ろからボクの左足を両手で掴み、グイグイと引っ張ってきた！！

「キャァァアッ！！」

　ボクは海老反りのまま必死に藻掻（もが）いたが、ソイツは左足を決して離さない！！

　ボクは咄嗟（とっさ）に身体を反転させ、右足でソイツの腹を蹴り上げた！！

　ソイツは、腹を押さえて後方によろめくと、ナイフを地面に落とした。

　ボクは、その隙を見てまた走り出した！！

　とにかく走った！！必死に走った！！

　呼吸は荒くなり、冷たい空気で肺が痛くなる。どれくらい走っただろうか？近隣の家に助けを求めようか？いや、ダメだ……巻き添えにしてしまうかもしれない。

　住宅街を抜け、自宅のマンションの前までたどり着くと、気持ちが緩み力尽きた。振り返ってキョロキョロと辺りを見回す。しかし、黒いソイツは見当たらなかった。

　身体の力が抜け、汗は吹き出し、膝から崩れ落ちた。「ハァーッ」と大きく息を吐いたその瞬間、背後から肩を掴まれた！！

「ヒィッ！！ 」

「どうしたんだ菜々花（ななか）？ 真っ青な顔をして！ ！」

　それはジャージ姿の父、九条京介（くじょうきょうすけ）だった。

「パ、パパァ！！ 」

　ボクはパパに飛びついた。パパの腕に抱かれ安堵し、落ち着きを取り戻した。

「何かあったのかい？ 」

　パパは不安そうにボクを見つめた。

「パパ、それが、今……向ケ丘公園（むかいがおかこうえん）で……」

　ボクは、ハッ！となり口を噤（つぐ）んだ。

「いや、その……変な人に追いかけられちった、アハハッ」

「なんだって！！何もされなかったかい？！ 」

　パパは目をパチパチさせて驚いた。

「だ、大丈夫大丈夫！！すぐにパトカーが来て、ソイツは慌てて逃げて行ったよ。アハハッ」

「そか、それなら良かった。無事で何よりだよ」

　パパは、ホッとため息をついた。

「ところでパパ、こんな時間にどこへ行ってたの？なんか汗ダクだし……」

「え？ああ……ちょっとジョギングにね。最近お腹が出てきたからさ。アハハッ」

　パパは取り繕ったように苦笑いを浮かべた。

「菜々花（ななか）は先に帰ってなさい。ちょっとパパ煙草（たばこ）買ってくるから」

「うん、わかった。気をつけてね」

　自宅の403号室へ戻ると、ボクは疲れと安堵でベッドに倒れ込んだ。

　黒いソイツは公園に戻っていた。

　既に動かなくなった城田加奈子（しろたかなこ）のブレザーのポケットからスマートフォン取り出すと、コミュニケーションアプリで加奈子の母親に1件のメッセージを打った。

　そして、真っ赤に染まった加奈子の上にスマホを投げ捨て、ゆっくりと歩きその場を立ち去った。

『ママ、やっぱり迎えに来て。すごく胸が痛いの』