第9話 語られぬ記録
フェリダの村に戻ってから、ひと月が経った。
アリアは村の外れにある古い納屋を借り、小さな「記録室」を作っていた。
そこには旅の中で得た映像記録、音声ログ、星図の再構築データが並び、日々新しい言葉がそこに追加されていく。
「誰かが読むかわからなくても、書いておきたいんだ」
そう言ってアリアは、夜ごと星を見ながら筆を走らせていた。
けれど、ある夜──星図の奥に“鍵のかかったファイル”があることにエーサーが気づいた。
「アリア。ノクティアより受け取った記録断片の中に、強固な暗号化が施された領域があります。……それは、君の母親の名義によって封印された記録です」
アリアの手が止まった。
「……お母さん?」
「はい。“エリアナ・フェリス”による観測者記録です。あなたが星図を継承したことで、解放権限が得られました」
「……見せて」
再生された映像の中には、若い頃の母──エリアナの姿があった。
旅の途中、まだアリアを産む前。彼女もまた、“かつての観測者”として銀河を巡っていた。
『──記録ログ、フェリス観測者第11系統』
『もしこの記録が再生されているなら、私の旅は終わりを迎えているはずです。アリア、あなたがこれを見ているのなら……ごめんなさい。わたしは、あなたに真実を伝えなかった』
アリアは、息を詰めた。
『ノクティアは、ただの脅威ではなかった。あれは“意志を失った観測者たち”の末路だった。記録に飲まれ、自己を保てなかった者たちの意識が統合されて、星となった……』
『わたしも、一度、そこへ向かった。仲間は……誰も戻らなかった。でもわたしだけが生還した。なぜかは、いまでもわからない』
画面の中の母が、わずかに微笑む。
『だから、わたしは記録を継がなかった。自分だけで終わらせると決めた。でも、あなたが──空を見上げていたあの日、わたしは悟ったの』
『この子は、きっと旅立つ。きっと記録を“恐れずに向き合える”子になる』
涙がこぼれそうになった。
『アリア。あなたが旅に出る日が来たなら、どうか覚えていて──』
『“記録”とは、過去を支配する力じゃない。“存在の重み”を未来へ渡すこと。』
『わたしは、その旅を途中で降りた。だけどあなたは、最後まで行ける。そう信じてる』
映像が消える。
アリアは、長い時間、何も言わなかった。
それでも彼女の中にあったのは、怒りでも悲しみでもなかった。
ただひとつ、確かな“繋がり”だった。
「……ありがとう、お母さん。私、あなたの旅の続きを歩いたんだね」
エーサーが静かに応えた。
「エリアナ・フェリスは、記録の中であなたの旅路を予期していました。そして今、母と娘の記録は統合され、新たな“観測者の連環”が成立しました」
その夜、アリアは星図をひらいた。
そこには、ひとつだけ“名前のない座標”が追加されていた。
「……これ、どこ?」
「不明座標。エリアナが最後に記した“未踏の点”です。記録上の銀河地図にも存在しません」
アリアは迷わず答えた。
「行こう」
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