『星の旅路』
S・N studio
第1話 星を見上げる少女
空が静かだった。夜の帳が降りると、辺境の村フェリダの空には無数の星が瞬きはじめる。風もない。寒さも厳しくない。それはまるで、星々が地上に語りかけているかのような夜だった。
アリアは丘の上に腰を下ろしていた。羊の群れが草を食んでいた昼間とは異なり、そこは今、闇に包まれた無音の世界になっていた。手には、母が遺した古びた星図が握られている。角は擦れて丸くなり、ところどころに小さな破れもあるが、彼女にとってはかけがえのない宝だった。
「この星の先に、本当に何かがあるのかな……」
誰にともなくつぶやいた声は、すぐに夜の闇に吸い込まれていった。星図には、いくつかの点が記されている。それはこの惑星から観測できる恒星とは違う、未知の座標だった。アリアの母はかつて、そこに「人類の記憶が眠っている」と話していた。
だがこの村では、星の話など夢物語に過ぎなかった。外の世界のことを語る者は奇人扱いされ、村の掟は「地に根を張り、空を夢見るな」というものだった。
アリアにとって、星は希望だった。だが、それを口にすれば軽蔑され、無視される。だから彼女は、丘に来て一人で星を見上げることが習慣になっていた。
その夜だった。
突如として空が裂けた。光の筋が夜空を貫き、山の向こうに墜ちていく。
「……流れ星?」
いや、違う。あれは──制御を失った人工物だ。
心が跳ね上がった。星図に示されていたものと、同じ種類の光だったからだ。
胸の奥で何かがざわつく。それは恐怖ではなかった。彼女の内なる何かが、「行け」と叫んでいた。
翌朝、村の人々は昨夜の光の話で持ちきりだった。だがそれはすぐに「不吉な兆し」として片づけられ、誰も確認に行こうとはしなかった。
アリアは違った。
母の星図をポーチに忍ばせ、小さな斧と保存食を携えて森の奥へと向かった。山を超え、川を渡り、転びながらも進み続ける。空を裂いた光の落下地点は、おそらくこの先にある。
数時間後、アリアはその“場所”にたどり着いた。
木々が爆風でなぎ倒され、巨大なクレーターができている。中央には──異形の物体があった。滑らかな銀の機体。半分が土に埋もれていたが、それは間違いなく宇宙船だった。
そして、機体から発せられる微弱な青い光の中に──人のような姿があった。
「……こんにちは」
恐る恐る声をかけた。応答はない。
近づいてみると、それは人間ではなかった。だが限りなく人間に近い。銀色のスーツに包まれたような姿、その顔には仄かな光を宿す瞳があり、そして微かに唇が動いた。
「……起動、確認。対象……識別中……」
女の声だった。だが明らかに人間ではない、どこか人工的な響き。
「あなた、誰?」
「……わたしの名は、エーサー。かつて、星々を渡り歩いた船の意思……この惑星に……不時着した……」
その声は弱々しく、どこか悲しげだった。
「アリア、アリアっていうの。……あなた、怪我してるの?」
「損傷率、72パーセント。自己修復機能は停止中。……外部からの支援が必要」
「助けられることがあるなら、教えて。私、何かできることあるかな」
その言葉に、エーサーの光がわずかに強くなった。
「あなたは、星の声を持っている……。この星図……この座標……かつての人類が目指した、“記憶の地”が記されている」
「お母さんが残してくれたの……。でも、記憶の地って?」
「説明は後……まずは、起動に必要な“星晶石”を……」
その日、アリアは何度も森を駆け回り、星晶石と呼ばれる鉱石を探し、エーサーの核部に接続した。
青い光が広がり、機体の一部が再起動する。
「……起動、完了。……ありがとう、アリア」
空が茜色に染まり始めていた。
アリアは、振り返った。遠くに見える村。今朝まで暮らしていた、あの閉ざされた場所。あそこに戻れば、また何も変わらない日々が始まる。
だが──この目の前には、宇宙がある。母が語った夢の続きを知る手段がある。
「私を、連れてって」
エーサーの瞳が優しく光った。
「了解。目的地、“記憶の地”へ航行開始。搭乗者:アリア」
青白い光が機体を包み、重力が反転したような浮遊感にアリアの体が震えた。地上から切り離されていく。
その瞬間、アリアは自分が「旅人」になったのだと悟った。
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