終止符

宮世 漱一

第1話

 昔のことを思い出すのは苦手で、ただいつも頭に残るのは先生がそばにいて救ってくれたこと、具体的には全て思い出せないけれど、そんな経験がある。

 最後に笑うのは僕でありたい。

 上には上がいるもんだ。と、知ってしまった今でも僕はこう言える。


 僕の大好きな先生。僕の才能を認めてくれて、明るい笑顔が素敵。まるで太陽を擬人化したような人だった。

 何事にも熱心に取り組む性格が僕の理想で憧れで、眩しかった。


 田舎の商店街、花屋の細道を通り、しばらく歩いたところ。実は家の裏を通れば一瞬でこの場所に着くんだ。ここは僕が放課後、毎日隠れて捨て猫を育てていたボロボロの小屋。気づいたら子供を産んで、どこかへ行ってしまったけど。

 居なくなってからもこの小屋を秘密基地にしていた。点数の悪いテストも、持ち主の分からない落し物も、全てここに置いてきた。


 そんな場所で、先生は死んでいた。


 頬に手を当てるとまだ生暖かく、でも身体は冷えていた。

 腹部を刺され、倒れていた。

 血生臭くて、嗅覚を集中すると、いつもと違うキツイ香水の匂いと混ざっていて今にも吐きそうだ。

 アクセサリーや化粧で飾らない姿が美しかった。


 なのに、先生。もしかしてデートだったのですか?

 自爪に描かれた絵と、濃い口紅が物語っていました。


 先生は家からそこそこ近い、精神科の閉鎖病棟で働いていて、患者さんのケアをしていた。たまたま見かけた時、あの日から僕は一目惚れだった。


 僕の家はやけに生臭かった。


 夜遅く、僕は先生を家まで運んだ。常人だとは思えない程慣れた手つきに自分でも驚く。


「愛していますよ。先生。」


 鉄の匂いのベット、赤黒く濡れた布団。そして一つ余った敷布団に先生を寝かせ、頬へ接吻をした。


 やけに蝉が五月蝿い、小六の夏の日のことだった。


 今でもあの日のことを思い出す。

 父はいわゆる虐待やDVに当たる行動を配偶者である母と子に当たる僕へ行っていた。罵るような、軽蔑するような発言で母をおかしくさせる精神的なものや、肉体的な暴力行為を行っていた。

 そして母が居なく、当たる相手が居ない時は、僕が代わりになっていた。

 僕は息子ではなく、父の私物だったのだ。飼い犬のような、最低限の世話をするような。

 母はよく、父が居ない時間帯に父がするような行為を僕へ向けてきた。

 その時間帯の父はおそらく、あの女に会いに行っている。毎週水曜日の二十一時から二十四時の間に家を占領する愛人のこと。母が夜、仕事に行くタイミングで。

 そして、僕はその間クローゼットに押し込まれていた。


 そしてやってきたあの日。

 金曜日の夜だった。母が眠っている父の腹部を刺し殺した。

 父は刺された瞬間、言葉にならない呻き声をあげた。

 父の最後の言葉は無く、ただ険しい顔で僕を睨んでいた。

 何度も何度も複数回刺して、やっと死んだところだった。

 息が止まった頃、母は自分の腹部を刺して自殺した。

 首を落とすわけでも、腹を割く訳でなく、ただ一度刺しただけだったから、母はしばらくもがき苦しんでいた。


 それで、二人の死体は今先生が眠っている横。腐敗して醜いが、これが正真正銘、僕の両親だ。


「父さん、母さん。紹介しようか。この人は僕の好きな人だよ。」


 親友より劣った僕の夢を、応援してくれた素敵な人。

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