ep.61
『蒼ちゃん』
入口には困ったような表情を浮かべた蒼ちゃんと背の高い、露出度高めの綺麗な女性が話し込んでいた。
女性は彼の腕に身体をぴったり、とくっつけて何かを懇願している様子。
流石に不快感が私の胸に宿った。
「あ、美愛…」
『私、帰るね。
なんか時間かかりそうだし』
「は?
こらこら」
私は逃げるようにその場を去ろうとした。
預けている荷物のことなど忘れて。
蒼ちゃんが私の知らない女性と身体を密着した姿など見たくない。
だが当然、彼に引き止められた。
『……なに?』
「なに勝手に帰ろうとしてんの。帰さないよ」
『………』
「俺が今日を漕ぎつけるためにどんだけ口説いたと思ってんの」
『ちょ…!そ…蒼ちゃん…!』
人前だというのに恥ずかしげもなく、蒼ちゃんは言った。
逃げられないよう私の手首は握られている。
困った。
見知らぬ来客の女性にこちらを疑視されている。
どちらかといえば、睨まれているに近いかもしれない。
多分だが、彼に好意を寄せているのだろう。
でなければこんな時間にお店にまで押しかけてこない。
彼女と蒼ちゃんの身体はいつの間にか離れていて、嫌な敵意を向けられているような気がしてならなかった。
「早坂さん。
そういうことだから帰ってもらえる?」
「ぇ…」
「俺はこの子との時間を大事にしたいから、君の誘いには乗れない。迷惑なんだ」
「…っ…!」
『………』
きつい言葉だった。
驚いた。
蒼ちゃんらしくない。
私は思わず、彼を見上げた。
女性に対して強い物言いをするところを初めて見た気がする。
「き…今日は…失礼します」
「うん。気をつけて」
分厚いガラスの押しドアを動かして女性は去っていった。
彼女の悔しそうな、悲しそうな横顔が印象に残る。
「ごめん、白けたね」
『い…いいの…?』
「言ったでしょ。美愛との時間が大事」
『!
そ…そういうこと…!』
「ん?
…照れた?」
『ばか!』
蒼ちゃんは揶揄うように私の顔を覗き込んで言った。
口元が弧を描いている。
さっきの女性の前とは一変して楽しそうな表情。
これが私の知ってる彼だ。
安心した。
「戻ろう」
『…ん。
さっきの人…』
「ん?」
『……やっぱいい。なんでもない』
「気になる?」
『そういうわけじゃ…』
「一回仕事で一緒になっただけだよ。なんか気に入られてああやって時々、夜に押しかけてくるんだ。
美愛が心配する要素はなにもないよ」
『…まだ何も言ってないんだけど』
なんでこうも私は天邪鬼な性格をしてるのだろう。
せっかく蒼ちゃんがさっきの女性との関係性を説明してくれたというのに。
可愛いくないなぁ。
自分でも自覚はあるのに中々素直になれない。
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