ep.60

『いいの?』

「ん?なにが?」

『お店、閉めちゃって…

まだ営業時間でしょ?』

「いいんだよ。元々そのつもりだったし。

それより…」

『?』

「今日、いつもとメイク違うね。可愛い」

『!』


可動式椅子に私を座らせながら蒼ちゃんは何気なく言った。


普段女性を相手にしているからだろう。


小さな変化にすぐ気づく。


『な…菜乃がしてくれて…』

「菜乃って…椎名?」

『うん。菜乃、今美容系のインフルエンサーしてるから…』

「へぇ…」


蒼ちゃんはあまり興味なさげに相槌を打つ。


前から思っていたが、彼は他の女性に関心を持つことが極端に少ない。


私の前だからというのはあるだろう。


だが、蒼ちゃんが女の人と仲良く話をしているところを見たことが過去を振り返っても一度もない。


何故私には距離近く、接してくれたのだろう。


初めて出会ったあの日から。


彗くんの幼馴染だから?


わからない。


「長さは?どうす…「こんばんはー!」

『「………」』


蒼ちゃんが私の髪に触れ、カウンセリングしようとしたその時。


若い女性の声が店の入口から聞こえた。


彼の動きが止まる。


まだ古川さんが店内に残っているはずだ。


彼女の対応する話し声が微かに聞こえてくる。


そしてこちらに駆けてくる足音。


古川さんだろうか。


「ぁ…あの…月島さん」

「誰?」

「それが…早坂さんです」

「はあぁあ…


——美愛、ごめん。すぐ戻る」


蒼ちゃんはあからさまな深いため息をついて、立ち上がった。


嫌そうに表情を歪めている。


その場に私と古川さんが取り残された。


少し気まずい。


「あの…」

『はい?』

「飲み物…飲みませんか?」

『え?』

「多分、時間かかると思うので」

『気遣わなくていいですよ。ただでさえご迷惑かけてるので…』

「迷惑だなんて…そんな」


古川さんは私を気遣ってくれた。


単純に来客と蒼ちゃんがいるレジ前に戻りたくないだけかもしれないが。


居心地悪そうにしながらもこの場を離れようとしない。


『えっと……

お仕事、戻らなくて平気なんですか?』

「ぁ…

その…お話、終わるまでは…」


確かに今戻るのはかなり勇気のいることだ。


会話の内容までは聞こえないが、少し揉めているように感じる。


今日、来るべきではなかったのだろうか。


別に髪を切るのはいつでもいい。


このままでは古川さんは一向に帰れないかもしれない。


『……また日を改めますね』

「え?」


私は席を立って蒼ちゃんが話し込んでいるであろう入口に歩きだした。


少し彼の声が荒ぶっている声が聞こえてくる。


珍しい。


相当、迷惑な来客なのだろうか。

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