第24話: 壊れた天幕、濡れた運命

バキィィィン!!!


何かが落ちた。その音が、まだ浅い眠りの中にいた僕を**引き裂く(やぶ)**ように叩き起こした。


「ご、ごめん……うっかり落としちゃって……」


俯(うつむ)きながら散らばった道具を集めているのは、ギアだった。


目はまだ重い。でも徐々に意識が戻ってくる。


——目的地には、まだ着いていない。


空は相変わらず重く、濃い雲が太陽を呑(の)み込んでいた。湿った土の匂いが鼻をつく。


ポツ、ポツ……


雨が降り始めたかと思えば、すぐにザアァァ……と激しくなった。


「どう?寝れた?*レジ番(ばん)の守人(まもりびと)*さん?」


ギアは振り向かず、テントのロープを張りながら聞いてきた。


「まあまあ……」


目の前の光景に視線を移す。


ロビーとトニーは杭を打ち直し、レビィは雨漏りしないようにタープを引っ張っていた。


そして……フェイは。


いつも通り、荷台にもたれながらスナックタイムを満喫中。


……ま、いいか。


ハルカはまだ起きてない。荷台の中でぐっすり眠っている。相当疲れているようだった。


——昨日、図書館にも一緒に行ったはずだよな?でもそのあと、一人で訓練でもしてたのか?


……知らん。


僕は荷台から降り、馬の綱を解いて雨よけの下に連れていった。


雨脚が強まる。土がぬかるみ、足元は泥と化す。


ドロロロ……ン。


西の空から空鳴(そらな)る雷鳴が響いた。


……あの*喰屍者(グール)*たち。やつらは、こんな大雨の時に現れることが多い。


その習性を、僕は知っている。飢えに従うあの本能を、僕は見てきた。


……気を緩めるな。


 


テントを張り終え、中に入る。


いくつかランタンに火を灯し、ギアとトニーが夕飯の準備に取り掛かる。他の仲間たちは、鎧や武器を拭いたり、身支度を整えたりしていた。


ジュアン? あいつは相変わらず、武具の手入れより髪の毛の整えに夢中だ。


フェイ? 『ワンピース』読んでる。しかもチーズ味のスナックを発見したみたいな顔で。


……もう知らん。


 


「なあ、おい……お前の、その……友達ってさ……もしかして……」


ロビーが近づいてきて、国家機密でも漏らすような声で話しかけてきた。


「誰が誰に?」僕は水を飲みかけた口で問い返す。


「……いや、やっぱいい」


視線の先には、ギアが野菜を切っていた。


……察し。


「なぜそれを?」


ロビーは照れ笑いを浮かべながら呟いた。


「いや、まだ出会ったばっかだろ?それなのに、すごい仲良くね?」


 


「おいっ!!」


突然、レビィの雷鳴(いかずち)ボイスが響いた。


「レジ番の守人よ!あいつみたいになるな!女に弱いヘタレ!いつも一緒にいるくせに、いまだに告白もできてねぇ!」


「うるせぇ!レビィ!」


「そーいえばさ」レビィはふとフェイを見て言った。


「なあ、お前。こいつの名前、知ってる?」


「ん〜〜……知らん」フェイはスナックを噛みながら答えた。


「はぁぁぁああああ!???」


ロビー、ジュアン、レビィがアニメキャラのように同時リアクション。


「肩を貸してる本人が、名前知らねぇのかよ!?!?」


……はぁ。


誰も最初から聞いてこなかっただけだろ。


僕も別に、名乗る必要なんて感じてなかった。


いや……もしかしたら、この奇妙な毎日に**沈みすぎて(しず)**いただけかもしれない。


「で? 結局、名前はなんなんだ?」


ロビーの問いに答えようとした、その時——


ザリ……ッ。


テントの外から、異音。


全員、凍りついた。


何かが……いや、誰かが近づいてきている。


テントのすぐ、すぐ近くに。


——影。


人影が、布越しにうっすらと映る。


そして……ファスナーに、手がかかる。


「……っ!」


フェイが即座に刀を抜き、ロビーが斧を構える。


全員、戦闘態勢。


僕はその影を見て、すぐに気づいた。けど——


「トニー!ギア!やめ——!」


間に合わなかった。


ドゴッ!!


その人物は、トニーの腹にストレートキックを叩き込み、テント内は大混乱。


そして——


彼女は、入ってきた。


 


濡れた着物、濡れた髪、濡れた瞳。


「……隊長……起こしてくれなかったね……」


それだけ言い残して、彼女は静かに倒れ込んだ。


 


……ハルカ。


皆が黙りこむ中、トニーは腹を押さえて悶えていた。


そして——


ビュオオオオッ!!!


**突風(しっぷう)**がテントを襲った。


あれだけ頑丈に張ったはずなのに……現実は無情だ。


テントは吹き飛び、転がり、巻き込まれ!!


ランタンが落ち、荷物が宙を舞い、僕らは洗濯機の中のシャツのように翻弄された。


くそっ!!


ただ頭を守ることしかできない!殺される前に!!


 


ようやくテントが落ち着き、誰かがジッパーを開けたとき——


サァァァ……


光が差し込む。


その瞬間——


ドサッ。


何かが、僕の上に倒れてきた。


……ギアだった。


真っ赤な顔で、僕を見つめている。


「……早くどいて、忘れて……分かってる、事故でしょ……」


だがその背後には——


ハルカの体が、僕を**上書き(うわが)**するように重なっていた!


逃げられない。身動きも取れない。


地獄の三重奏!!


 


そして——


テントの入口が開き、ロビーが顔を出した。


その表情は……


空っぽ。静か。そして、殺意の無音(しずけさ)。


「……もう帰るわ」


「ロビー!?!?」


「何も言うな」


ドゴッ!!!


フェイの膝蹴りが炸裂!僕とハルカは荷物へ吹っ飛ぶ。


そして、今回は——


僕がハルカの上に。


……しかも、濡れている。


彼女の体温が、近すぎる。


見つめられる。


……顔が赤くなる。


ドゴオオッ!!!


——第二撃。より強く。


……なんでだ!!まだ何もエロいこと考えてないのに!!!


フェイ、お前は……心読み(こころよ)みかよ!!


これは……呪いか、幸運か、破滅か。


もう、知らん。


 


僕らは近くの**廃墟の壁陰(かべかげ)**に避難して、テントを再建するのを諦めた。


時間と労力が足りない。雨は止まず、空気は冷え込み……**死のような冷たさ(しにびえ)**だった。


「さむいぃぃぃ!!もう無理ぃぃ!!」ジュアンが叫ぶ。


「もう、出発しよう」ロビーが言った。


僕らは頷いた。


 


空はさらに暗くなり、道は泥と瓦礫で埋め尽くされる。


何度も道を引き返し、ルートを変えなきゃいけなかった。


深い**裂け目(さけめ)**がアスファルトを断ち切っていて、もはや悪夢のようだ。


 


夕方、再びテントを張ることに。


今度は、杭を何重にも固定し、照明は……壊れたランタンの代わりに、松明。


そのときだった。


「火を消せ」レビィが囁いた。


「6人……いや、それ以上かもしれない」


構える僕ら。


だが、彼らは……


「おいっ!!助けてくれ!!息子が!!俺たちは中央から来た!!」


5人。どうやら家族らしい。誰かが負傷している。誰かが泣いている。


「武器を下ろせ。我々は協力する」ロビーが言った。


ギアは救急セットを持って駆け寄り、トニーは火を起こす。ハルカは調理を始め、僕は馬に餌を与える。


フェイは、まだワンピースを読んでいた。


彼らは言った。


「西の境から来ました。避難所が……**巨大な魔獣(まじゅう)**に襲われて……」


 


アジャグ——


聞き慣れない名前。レビィが先に尋ねた。


「アジャグって、何?」


「アジャグってな……狼や、兄ちゃん……」


狼、か。


……あの、厩舎で聞いた遠吠え。すべてが、繋がった。


 


食事を終えた彼らは、テント設営を手伝おうとしたが、僕らは断った。


だが、彼らは譲らなかった。


「助けてくれた恩、返したいんです……」


 


夜明け——


ロビーは彼らに、使わなくなった荷台を譲り、言った。


「市庁舎へ行ってくれ。馬車はもう必要ない」


「ありがとう……**神(グスティ・アッラー)**が、君たちを守ってくれるように……」


「俺たちは……山頂へ向かう」


その言葉に、彼らの顔が凍りつく。


「まさか……西の領域に!?!?」


……沈黙。


 


西に、何がある?


人々が恐れて語ることすらできない場所に、一体何が?


分からない。


 


でも、僕らの足は、確かに——


そこへ向かっている。


 


世界が崩れゆくとしても、


僕らの**使命(しめい)**だけは、崩れない。


 


そして、僕らは向き合う。


その果てにある——真実に。


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