Thread Side 01|あの人は、本当にいたの?
花野ゆき(はなの・ゆき)/23歳・医療事務
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終電は、いつも疲れている人でいっぱいだ。
眠気にまかせて寄りかかる人、ぼんやりスマホを眺めてる人、どこを見るでもなくうつむいてる人。
でも、あの夜は違った。
車内に入った瞬間、妙に空気が重かった。息が詰まるような感じ。
それに、なぜか――寒かった。夏なのに。
私はいつもの席に座って、眠気と闘いながら窓の外を見てた。
反対側の車両に立っていた男の人に、ふと視線をやった。
スーツ姿で、少し汗をかいていて、疲れた顔をしてた。
けれど、なにか……変だった。
ちらちらと、同じ方向を見ていた。
誰もいない空間。
鏡の方を見ては、自分の顔の真横に何かがいるように、肩をびくっと震わせていた。
気づかないふりをして、私はイヤホンを耳に差し込んだ。
そのときだった。
スーツの男が歩き出した――いや、逃げだした。
何かに怯えるように、何かを避けるように、通路をふらつきながら進んでいた。
私は思わず声をかけそうになった。でも……口が開かなかった。
声が、出なかった。
視線は合った気がする。
けれど、男は私を見ていなかった。
男の目には、何か別のものが映っていた。私ではない“何か”が。
その数分後、車内アナウンスが流れ、終点に着いた。
私が乗ったときと同じだけの乗客が、立ち上がり、改札へ向かっていった。
でも、たぶん、あの男は……いなかった。
私は何度か振り返った。
座っていた席を見て、車両の奥まで覗いた。
けれど、その姿はどこにも見つけられなかった。
あの人は、本当に……いたの?
今でも、たまに思い出す。
通勤帰り、終電のホームで待つとき。
ガラス越しの自分の顔の横に、誰かが映っている気がするとき。
あの夜、彼が見ていた“何か”が、今も私のすぐ後ろにいたら……って。
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