平常心貯金
ちびまるフォイ
平常心であり続けること
「よしよし。平常心貯金もこれで100万の大台だ」
こつこつ貯めていた平常心。
平常心の通帳を見ると努力が評価されたようで嬉しくなる。
「これも日々のたゆまぬ努力の成果だなぁ」
朝起きたらまず精神統一から始める。
日中でも心乱れたときにはセラピーをして平常心。
心穏やかに過ごせばその日の終わりには平常心が残っている。
それを少しずつ貯めて、今にいたる。
この先も人間の人生にはさまざまな苦難があるので、
平常心は150万をキープするのが理想とされている。
「ようし、これからも平常心を貯めるぞ!」
気持ちを引き締めて翌日にオフィスへ向かった。
待っていたのはリストラ宣言だった。
「というわけで、明日から来なくていいから」
「しゃ、社長!? なんでですか!?」
「なんでって……。理由はあきらかだろう?」
「納得できません!!」
「そりゃ業務中、急にヨガはじめたりして
ぜんぜん成果出していないからだろう?」
「あれは成果を出すための平常心を獲得している所作です!」
「結果を出さなきゃいらないよ」
こうして長年勤めていた会社はあっさり見切られてしまった。
そのことを恋人に話すと潮が引くように愛が萎えたのが見えた。
「リストラされた!? ならあなたの価値なんて無いじゃない!」
「そんな!? 好きだったんじゃないの!?」
「ええ、もちろん。でもそれは一定の収入があるから。
一緒にいて経済的にも安心できない人なんていらないわ!!」
「ま、待ってくれ~~!!」
まるで坂から転げ落ちるように一気に自分の人生は悪くなった。
会社から外され、恋人に逃げられ。
家は火事になるしふんだりけったりでおかしくなる。
「なんで俺ばっかりこんな目に合うんだ!!
ああ、いかんいかん。平常心、平常心……」
平常心貯金から平常心を引き出す。
心がすっと穏やかになり冷静な判断ができるようになる。
感情的でヒステリックになってしまうと、この社会では生きられない。
「よし平常心になった。自暴自棄にならずに済んだ。
まずは次の就職先を探そう」
ハローワークに向かうとリストラの理由で門前払いを何度も受けた。
「いやぁ、業務中にヨガ始めるような人はね……。
そんなことしなくても平常心をキープできる人じゃないと」
「ちくしょおおおお!!! っていかん! 平常心平常心……」
再就職先もままならない。
たった一度つまづいただけで、社会はそれを許さない。
「大丈夫、落ち着けば大丈夫……。
平常心だ。心おだやかに過ごせば……」
平常心ATMにまたやってくる。
もうここ最近はずっと通っている気がする。
平常心の引き出しを押すと、一番平常心を失う言葉が通知された。
『 平常心 ガ アリマセン 』
ついに平常心が底をついた。
息が荒くなる。眼の前がぐるぐる回っている気がする。
感情のコントロールができない。
「う、うそだ……。平常心がなくなった……。
もう平常心を得る方法がなくなる……!?」
何度確認しても平常心残高はゼロ。
ヨガをやろうがセラピーはじめようが、
すでに臨界点に達した感情は体の外へと噴出した。
「うあああ!! どうすればいいんだぁぁあ!!」
心の制御がきかなくなり、ATMブースを出る。
道に置いてある三角コーンを振り回し、上着を脱ぎ捨て大暴れ。
すぐに平常心に満ちた警察がすっとんできて、
精神病院へと放り込まれた。
「しばらくそこで平常心を保つ心を養いなさい」
「はい……」
精神病院はさながら地獄絵図だった。
自分のように平常心を失った人間が常に大暴れしている。
平常心を養うはずが、平常心を保てるような状況ではない。
ハイパーストレス環境だ。
「俺は……俺は一生ここで暮らすのか……!?」
一定の平常心が認められなければ病院を卒業できない。
こんな場所で平常心を保てるわけがなかった。
そんなとき、面会の予約が入った。
「〇〇、面会の希望だ。1番ブースに入れ」
「面会? 誰ですか?」
「知り合いだろ?」
待っていたのは他人だった。
「はじめまして」
「どなたですか?」
「私のことなんてどうでもいいじゃないですか。
あなたにこれを渡したくて来たんです」
受け渡し口に入れられたのは平常心貯金の通帳。
俺のものではない。この面会人のものだった。
「平常心1000万はいってます」
「はあ!? どうしてそんなのを!?
あなたとは会ったこともないのにどうして!?」
「平常心を捨てたかったんです。人として生活するために」
「なに言ってるんです? 平常心を保てない人間こそ、人じゃないでしょうに。
俺はこうして精神病院に閉じ込められているのがいい例です」
「いらないんですか? 平常心」
「いらないとは言ってないです!!」
「では差し上げます。それでは」
「あ、ちょっと!?」
それきりだった。
親切なのか頭がおかしいのか。
ともかく面会人のおかげで自分は使い切れないほどの平常心を手に入れた。
1000万もの平常心がある。
さっそくそのいくつかを引き出して平常心を得た。
その変わりようを見て病院長も納得。
「ずいぶん病院内で感情的に振る舞うことがなくなったね」
「ええ、平常心を得ましたから」
「君はこの病院を卒業だ。平常心を保てる人間として社会に復帰したまえ」
「ありがとうございます」
精神病院の監獄からも解放され、ついに社会復帰。
ありあまる平常心により再就職先も選び放題だ。
感情的に振る舞うこともないので、常にスマートで異性からもモテる。
平常心を得ただけで一気に人生が好転した。
いい流れだ。
「さて、次の再就職先はどうしようかな。
平常心は使い切れないほどあるし……」
次の就職先はたくさんのお金がもらえるものだった。
その反面、大量の平常心を消費する。心穏やかではいられない。
でも自分にとっては好都合。
持て余す平常心があるので、なんら問題はない。
しかも仕事はスイッチを押すだけなのでめっちゃ楽。
「スイッチを押してください」
「はい」
指示通りスイッチを押した。
平常でいられずスイッチを押せない人もいるので代わりに押してあげる。
ボタンを押せなかった同僚は泣きながら聞いてきた。
「どうしてそんなに平常心でいられるんだ……?」
「親切な人が平常心をたくさん譲ってくれたんだ。
おかげで今じゃいつでも常に平常心でいられるんだよ」
「今もか……?」
「もちろん。心が乱れることなんてない。
常に平常心で安定しているよ」
同僚は信じられないものを見る目をして、翌日退職した。
この仕事ではすぐに平常心を失う人が多い。
「死刑執行官なんて、楽でたくさん稼げる割のいい仕事なのになぁ」
絞首台から遺体を下ろすときも自分は平常心だった。
平常心貯金 ちびまるフォイ @firestorage
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