ククビの編
第1話 八国府家の嫡男
命を燃やす九の生
残る火種も終を迎える
無情の上に知るは地獄
彼の名は世には残らねど
彼の憎しみは移りゆく
八つを捧げば共に至らん
――とある言い伝えより
目線の先は暗闇。
古いコンクリート造りの建物が並ぶ通りは、人気がなく静寂に包まれていた。
「来ないか……」
大和の呟きは、街灯に照らされた闇夜に吸い込まれて消えていく。
この市街地では、数時間前に大勢の人が日本刀のようなもので斬られる事件が発生した。
犯人は甲冑を纏っており、目撃者には素顔は見えなかったが、とても人の動きではなかったという。
大和にとってこの事件は、自身に因縁のある犯人の仕業だとすぐに分かった。
怪奇七談、ククビ。
妖刀を持ち、無差別に人を斬り捨てる怪奇。
七大霊家の一つである八国府家の当主が、この世に未練を残し変貌した存在である。
ククビは神出鬼没であり、一通り暴れた後に姿を消し、また、次の場所に現れる。
幸いなことに、普通の悪霊や怪奇と違い、縁を結んだ相手を狙うといったことはない。
大和は、怪奇となった当主の孫であり、除霊師を育成する学園”
彼が生まれてからすぐに課せられた使命はククビを祓うことだった。
大和は今回の事件のことを聞き、すぐに街に繰り出した。
しかし、市街地を歩き回ってもククビの姿は見つけられなかった。
薄く出ている霧も、大和の気持ちを白けさせた。
「帰るか」
大和はそう言うと、踵を返して歩き始める。
彼は怪奇七談に対する恐れを持たなかった。
彼の中にあるのは、両親から散々言い聞かされた八国府家として果たすべき役割と、幼い頃テレビで見たヒーローへの憧れであり、悪霊や怪奇を絶対に祓うという強い意思を備えていた。
今回ここに来たのは、祓うことはできずとも、ククビと直接刃を交え、ククビとの差、自身の現在地を確かめるためである。
大和がしばらく歩みを進めると、ふと、道路に赤い液体が点々と続いているのを見つける。
血。
しかも、数時間前のものではない。比較的新しいもの。
その血痕が続く先は路地裏。
大和はこれがククビの痕跡か、それともほかの悪霊による罠か少し考え、腰に差していた、霊刀”
大和の靴の音だけが響く中、辺りの霧も徐々に濃くなる。
ゆっくりと、一歩、また一歩と進む。
周囲に悍ましい霊力が漂い始め、錆びた鉄のような臭いが鼻につき、大和の頭の中に警鐘が鳴り響く。
そのまま進むと道は行き止まりとなり、壁際に影のようなものが見えた。
慎重に近づくとそれは、正面から袈裟斬りのように切り裂かれ、絶命した男性の遺体だった。
傷は平行な三本の線。
遺体は腕にも傷を負っており、この傷からの出血が、大和を導いた血痕になったようだった。
ここまで、大和はこの人物を殺害した存在とはすれ違わなかった。
周囲に漂う霊力からしても、人の仕業ではないと判断できた。
この惨状を生み出した悪霊を探し、大和は上を見る。
霧が出ていて見えづらいが、コンクリート造りの建物の壁に、ぼんやりと黒い影が見えた。
大和は右手を、その何かに向ける。
「オン ピダ」
大和の右手から放たれた霊力が当たると、それは落下してくる。
大和は紅義を構えるが、それが式神の姿だと分かると構えを解く。
地面に落下し消えていく式神を見て、大和は目の前で絶命している男性は除霊師だったのだと悟る。
大和は来た道を振り返る。
――すると、目が合った。
目の前に長い髪が乱雑に垂れ、青白い顔に真っ赤な口が笑みで開き切った、逆さの女性の顔があったのである。
その風貌から悪霊であることは一目で判断できた。
大和は即座に紅義を抜こうとするも、その悪霊が太く鋭い爪が伸びた手を振り回したため、無理矢理しゃがみ込み避け体勢を崩す。
しかし、大和はその状態から、地面に転がるようにしながら抜刀し、霊具の力を解放する呪文を唱える。
「オン プラーラ ナルヴァ!」
紅義に大和の霊力が流れ込み、横一文字に悪霊を両断すると、悪霊は大量の霊力を霧散させる。
――そこで大和は背後に嫌な気配を感じ、振り返りながら咄嗟に呪文を繰り出す。
「オン シーマ!」
大和から放たれた霊力が目の前に展開されると、何かがぶつかり弾かれる。
それは黒くねじれたような姿の悪霊が振り下ろした、先端が鋭い刃物のようになった細長い腕だった。
大和はすかさず紅義でその悪霊も両断する。
方向からして、この悪霊は先ほど亡くなっていた男性の成れの果てのようだった。
「オン ニティ ミラ」
大和は浄霊の呪文を唱え、悪霊たちを成仏させた。
不意を突かれたものの、流れるような身のこなしで、大和は悪霊をすぐに祓った。
強力な霊力もさることながら、その身体能力も彼の大きな武器である。
大和は紅義を納刀し、霊装についた埃をパンパンと両手で払うようにすると、来た道を戻る。
辺りの霧はさらに濃くなっていた。
路地から出る直前、大和の進む先に黒い影が見えた。
大和は今度は何の式神かと思ったが、辺りの空気が一気に冷え込み、先ほどよりも濃く悍ましい霊力に辺りが包まれ肌がひりついた。
これは自身の望んだ者が現れたのだと悟る。
悪霊は霊力の強さにより、はっきりと実態を持つことがある。
ひたひたと大和に近づいてくる足音は、異様な存在感を感じさせた。
大和は紅義に手をかけ、前方の存在に意識を集中する。
額を汗が伝い落ちる。
刹那。
大和の首筋に日本刀の刃が触れる。
大和は紅義を一瞬で上に引き上げ、首を斬られないよう、その日本刀の刃に紅義の鞘を当て、そして、刃の進行方向に跳ぶ。
大和は壁に激突し、痛みに顔を歪める。
首筋に右手を当てると、ぬるりと血がつく。
大和はかろうじて一命を取り留めたことに安堵する。
濃い霧は少しだけ薄らぎ、大和に日本刀を向けた存在の全貌が明らかになる。
目元が黒い、般若の面のような顔。
甲冑を身にまとい、右手には日本刀を持っている。
一目見ただけでは置物のようにも見えるが、放つ異質な霊力は、除霊師に対して畏怖を抱かせるには充分な雰囲気を持っている。
大和はククビだと確信し、自然と笑みが溢れる。
今ここで祓えるとは思えない。
……思えないが、試さずにはいられない。
これまで培った自分の力。ククビは本当に祓えないのか。
「八国府家の嫡男、大和だ。俺があんたを祓う。今日がダメでも、いつかの俺が絶対に祓う。宣戦布告だ」
大和は紅義をククビに向け、高らかにそう言い放った。
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