第8話 逆襲ざまぁ劇――主役の絶叫

「あなたの、その! 私によく見せなさい!!」


 人差し指をつきだした。


 リリアンの体がびくついた。

 叫びかけていた口が止まる。

 私の意図を察したのだろうか。

 彼女は――


 絶叫しそうな顔で固まった。


「おかしいとは思っていたんです。ここに現れてから、あなたは私たちを指差すときも、王子さまの手を取るときも、羽根を見せつけるときも。全部、左手でしたよね?」


「奇妙ですな」


 ベルトランは言った。


「この女は右利きのはず。昨夜の乾杯の作法も、食事のふるまいも」


「ええ。なのに今朝から、彼女は右手を一度も開けていない。『固く握ったまま』なのです。魔法を使うときでさえ」


 リリアンの肩がぎくりとはねた。

 口元がひきつり、視線が宙を彷徨う。

 でも、この期に及んでまで、右手は固く握り込まれたまま。


「ウ、ウソよ。あたし、あたしは」


「いったいなぜか。例えば、こんなお話はいかがでしょう」


 私は続けた。


「昨夜のこと。あなたはセリスさまにケープをかけたとき、〈氷晶の魔法〉で彼女の背中を刺した。けれども、ここでミスをしてしまわれた。傷口を凍らせて止血はできた。ただ、完璧に止めることはできなかった」


 リリアンの顔が物語っていた。

 なぜ、と。どうして、と。


「セリスさまの背から吹き出した血は、

 あなたの右手に。

 《氷花の手袋》に、染みついてしまった」


 なんでわかるの、

 どこまで見えてるの、と。


「血は、呪いのようにやっかいです。水で洗ったくらいでは絶対に落ちない。でも捨てるわけにはいかなかった。魔法の道具は権威のあかし。公式な場で必ず、たずさえるのが不文律。伯爵家の夜会にまで持ちこんでいたのに、この場に限ってなくなるなど、不自然の極み」


 彼女の表情も身体も、もうウソで取りつくろえない。


「あなたは男爵令嬢、妾めかけの子。着替えに侍女がつくわけでもない。今朝、その汚らわしい手袋をはめながら、お考えになったのでしょう? ここさえ乗り切れれば、誰にもバレずにごまかせればと」


「せ……聖女の魔法だ」


 エゴールの、しぼり出すような声。


「イカサマだ。何かの魔法で……」


「魔法は『魔法の道具』には効かない。この世界の基本、魔法の三原則です。いかなる魔法であろうとも《氷花の手袋》に細工はできません!」


 言い逃れは砕かれて地に落ちる。


 王子も、伯爵も、民衆も、兵士も、

 私のただ一人の味方、ミルも。


 舞台の幕が下りたように、数百の視線が一点に縫いとめられた。


「さあ。やましいことがないのなら、その手を開いてお見せなさい。《氷花の手袋》の、氷花のゆえんというものを」


 リリアンは、とっさに何かをしようとした。逃げるつもりだったのか、最後の魔法に賭けたのか。

 だが、《手袋》が光るやいなや――


 鉄砲水が地を裂いて、奔流が絞首台をなぎ払った。

 リリアンの身体を文字通り吹き飛ばす。


「あっ!」


 水しぶきを浴びた身体は、空中でくるくると回転しながら――

 無防備なまま、石畳いしだたみへ叩きつけられた。


 ごきり、と。

 何かが折れ砕ける、耳を刺すような音が響いた。


「ぐ、うぅっ……っ、ひ、ひぁ……!」


 必死に身体を起こそうとするリリアン。すぐそばには、静かに立ち尽くすベルトランの姿があった。〈竜脈の魔法〉。大地を励起れいきさせて水流をあやつる、正確無比の一撃が、リリアンを彼の足元へ運んでいた。


 倒れたまま彼女はじりじりと後ずさる。

 もう、右手を隠す余裕もない。


 手のひらは――


 氷の輝きを失っていた。

 赤黒く、血に染まっていた。


「違う、ちが、見ないで」


 ふるえながら髪を乱し、両腕で自分を抱きすくめる。乾ききっていない《手袋》の血がドレスの袖を汚す。赤い染みがじわりじわりと広がる。


「や、やだ、離れて。消えてよ」


 ごしごしとこすっても、血はぬぐえず、みにくくにじんでいくばかり。


「リ、リリアン!? リリアンっ!」


「た、たすけて。王子さま。助けてっ!」


 彼女は絞首台のエゴールを仰ぐ。


 ほんの少し前まで立っていた場所。民衆を見下ろし、歓声と賞賛を浴びていたはずの、高み。

 破れかぶれとなったリリアンは、左手の指にはまった《聖女の指輪》に魔力を流し込もうとした。

 けれども、《指輪》は何の反応も示さなかった。この女に聖女の資格はない。


「なんで。なんでよ! なんでこんな、わけわかんないことに!?」


「答えが必要ですか?」


 ミルが私の代わりに動いた。


 ゆっくりと歩み出る。

 腕を伸ばし、リリアンの胸ぐらをつかみあげた。


 明らかに、不敬である。

 でももう誰も止めはしない。


 私が声をかけるまでもない。

 ただ、見ているだけでいい。


「僕は探偵です。記憶力にはちょっとばかり自信があります。だから覚えていますよ。アルアリエルさまへの言葉の暴力を。胸クソ悪い、あの言葉を」


 ミルは、思ったより背が高い。引き締まった体はどこか狩人めいていた。粗末な服を着ているのに不思議と目が離せない。なぜ、こんなにも印象的なのだろう。


 彼は深く息を吸い込み、容赦のない眼光でリリアンをとらえる。

 つま先立ちにされた彼女は、がちがちと歯を鳴らしながら、助けを求めるように首をわずかに揺らした。


「近くで見ると、お美しい首ですね、リリアンさま」


 ミルの唇が弧を描き、私の背に冷たいふるえが走った。


 声が耳に入るたび、動悸どうきが激しくなった。

 獲物は、彼の手に捕らえられ、小さくふるえていた。


「あなたさまを尊敬しています。けど、だからこそ。罪をつぐなう潔さも、みなに示していただきたい。僕たちに手本を見せてください」


 氷も凍るようなことが――




「――『悪いことをすれば、こうなる』と」




 ぱりん、と。

 リリアンにふりおろされ、何かが砕けた。


 開かれた口、のどの奥から、壊れたような叫びがこぼれ落ちた。


 観衆の何人かが顔を背ける。

 もはや悔しさでも怒りでもない。


 敗者の、慟哭どうこくだった。



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