動体粉砕デモ活動

 ウラキアの町の北西区画には、小さな丘がある。

 町の周囲を見張るための塔が建っている丘だが、さらに重要な設備はその地下にある。


 冷たい地下水で満たされた井戸。

 湿気や虫の発生を毎日チェックされている食料貯蔵庫。

 そして、ウラキア兄弟会が管理している鍵束を2セット使ってようやくたどりつける通路の先には、〈鬼の武術〉——〈ウラキア辺境伯の秘拳〉を練るための地下訓練場があった。


 俺は今、その訓練場でサラリーの特訓をうけている。

 彼女が投げる物体に手足や額をジャストミートさせる訓練だ。

「顔上げろ! 石コロが大胸筋だいきょうきんに当たったくらいで効いたフリしてんじゃねえぞカス野郎!」

 中学の同級生を思いださせるほど口が汚い赤毛の女は、次から次へと〈球〉を投げつけてくる。

 拳大の石。

 もう少し大きな石。

 材木の切れ端や割れてしまったレンガなどの産業廃棄物。

 ピッチングマシンから飛んでくる130キロのボールほど速くはないが、大きさや速度にバラつきがあるためタイミングを合わせづらい。

 しかし、これから先のことを考えると、まず動いている物体に〈デモ活動〉をキメることができなければ話にならない。


「ジジイのファックよりも退屈な見世物みせもので有名になる気かファッキン泥棒シーフ! 2周目のゴミムシがいっちょまえにウラキアひいては全人類をナメくさってんじゃねえぞコラ!」

 罵声とともに投げつけられる木端こっぱ掌打しょうだで砕く。

 しんたい

 やはり〈デモ活動〉のスキルは、タイミングが命だ。

 身につけなければならないのは、打撃と意志の完全な一致。

 「威圧だけで勝ちたい」「ハッタリだけでなんとかなってほしい」という強い意志が打撃に乗らなければ、〈デモ活動〉のスキルは発動しない。

 この意志が不充分だと、尖った石が掌に食いこんで膝をつくことになる。人間の掌には全身につながる急所があることを、俺は何度も実感した。


「クズにぶつけるクズが切れた。取ってこい」

 サラリーに命じられ、俺は木のおけを手にとった。

 直後、靴をはき忘れていたことに気づき、足元を探る。

 灯火の光量を調整すれば夜目よめ鍛錬たんれんもできるという地下訓練場。

 今は最大限に明るくしてあるようだが、それでもやはり足元は暗い。

 1周目の世界の明るさに甘やかされてきた眼で靴を探している俺に、サラリーが少しやさしい口調で声をかけてきた。

「あたしもな、おまえが憎くてしごいてるわけじゃないんだよ。ただこれ、めちゃくちゃ楽しくてな」

 異常者。

 あまりの笑顔に対して思わず「ふひひ」と卑屈な笑いを返してしまった俺に、サラリーのダメ出しが飛ぶ。

「その顔やめろ。おまえは鬼だ。この世界の鬼になれ」

「ゲヒャアッ! 早くアブナガの生き血の海で背泳ぎがしたくてたまらねえぜあ!」

「よし、かなり良くなった。行け」

押忍おす

 誰も傷つけることができないハッタリスキル〈デモ活動〉でアブナガ軍を威圧するためには、日々のハッタリが重要だ。

 ウラキア兄弟会以外の人間たちの前では、産業廃棄物を常食する怪物としてふるまわなければならない。

 俺は靴をはき、桶を持って地上へもどった。


 真昼の太陽。

 地下よりも空気はいいが、やや暑さを感じる。

 気温は30度近くあるだろうか。

 この土地はもうすぐ真夏をむかえるそうだが、それでこの気温と湿度なら1周目の世界の京都よりはずっと快適だ。


 あまりのんびりしているとサラリーにどやされるので、少し早足で町を回る。

 町の中心部にある商店街。

 外れにある工房。

 一軒一軒を回り、わりと不要な物を提供してもらう。

 靴職人の家では、そこにいた子供の手でハチミツを口に入れてもらった。

 このあいだ、俺の靴を直してくれた職人の家だ。

 ウラキアにリンダ・ミツーナの部隊がやってきた日。蹴りで両刃斧を砕いた俺の足は無傷だったのだが、はいていた靴には大きな裂け目ができていた。

 〈デモ活動〉のスキルで直接破壊される対象は俺の意志で決まるようだが、砕けた鉄器などの破片が他の物体を傷つけてしまうことはあるようだ。

 靴職人はその靴を、牛でも殺せそうなほどゴツい針と、謎に柔らかい謎の針を器用に使い分けてつくろってくれた。

 いつでもとっさに靴をぬげるとは限らないので、これからもお世話になると思う。


 満杯になった二つの桶をぶら下げて、俺は訓練場への道をたどる。


 ——ん?


 見張り塔のわきに馬が一頭つながれていた。

 見おぼえのない大きな馬だ。

 どんな人間でも一発で蹴り殺せそうなほど鍛えられた馬の尻をちょっと眺めてから階段をおり地下の訓練場にもどると、そこにはサラリーとジャッジと、そして見おぼえのない金髪の男がいた。

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