第2章 ウラキア vs. 一夜城

森が動く

 アッシルカガンツ帝国の首都だった場所。

 古代イーサ帝国の威光を継承するために命名された巨大都市ネオイーサに、〈森〉が到着した。


 おびただしい量の材木を運ぶ行列である。

 東の巨大森林から削りとられた無数の木が、ネオイーサの中央街道に沿って、さらに西へと行進していく。

 なにもない戦争。

 ノダ・アブナガの言葉に従い無限の戦争を推進する永久機関——テヤトミ・ヒデオの西部方面軍には、昼も夜もない。

 数十万の市民が息をひそめるネオイーサの夜。

 その闇の中でも、〈森〉の歩みは止まらない。

 人を入れ替え、馬を付け替え、西へと進む。

 彼らの重さと〈森〉の重さの一切を、頑強な火成岩かせいがんの石畳とその下にある三層の路盤ろばんが、揺るぎなく支えている。

 西へ通ずる道。

 復元された古代帝国の遺産。

 暗い帝都の大動脈を、炬火トーチの光と車輪の音が一定の速さで流れていく。

 千年の都の集大成。

 この世界でただ一つの、巨大な機械のようだった。


 しかし、〈森〉を運んでいるのは、あくまでも家畜と人間だ。

 肉の時代。

 この時代に、川の流れや風の気まぐれから離れて巨大な物体を動かしうるのは、大量の筋肉だけなのだろう。

 そして人の世では、筋肉と意志との間に矛盾が生じることもある。

 精神と筋肉の間に小石のようなものが挟まれば、それだけで動きに支障をきたす。

 すぐにがたつき、時には逆走する。

 ノダ・アブナガの威圧は、はたして末端まで届いているのだろうか。


「重いのう」

「足の裏がはじけそうじゃわい」

「なんでわしらが西の果てへ」

「ウラキアには鬼がむというぞ」

「ミツーナ様の先遣隊せんけんたいが、引き返すことになったときく」

「そんなところへ、無理をして行かんでもなあ」

「ここはええ町じゃ。どこよりもええ」

「この都で、殿様のような暮らしをしてみたいものじゃなあ」

昼日中ひるひなかから女を呼んでな」

「ゆうべは良かったのう」

「ここの女はやさしい。厄介者じゃったわしにのう」

「それもわしらが、この都に勝ったからじゃ」

「そのとおりじゃ。文句を言わずに進め。西の連中は、ここを攻め取ったこともあるそうじゃ」

「まだまだ安心はできんのう」

「ヒデオ様が言うておられるとおりじゃ」

「しゃあないのう」

「行こうか」

「行こう」


 森は動く。

 ただし、ぐずぐずとささやきながら。


 もうしばらく、この森を見ていよう。

 できれば、あらゆる視点から。

 私は闇の中をゆっくりと泳いだ。

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