Used bookstore

コーヒーの匂いが立ち込める古びた本屋

そこが私のスペースであり、時間であり、生活をしていく上で、最低限の稼ぎ場所でもある。


今日はどんな本に出会えるかな。

開店時間まで、まだ余裕がある。

開店準備を整えて、まだ埃の残る店内を物色する…

この本…私が持ってる本の初版だ…

私の胸が今日も小さく踊り出す。


私がこの仕事を選んだのは本が大好きなこともあるけれど、何よりこの膨大な量の本達を、好きなだけ読んで良いことが求人案内に記されていたからだ。

つまりここで働いていれば読み放題なわけだ。


即決だった。




あ…やばっ…開店の時間だ。

私はその本を閉じてカウンターに置いてシャッターを開けた。


息が止まった。


ドアを開けてすぐに飛び込んできたのは

嘘みたいに吸い込まれるような淡いグレイのガラス玉のような瞳だった。


開店直後にすみません。

入っても大丈夫かな?


見た目のわりに話しやすい雰囲気だ。

良かった…


はい…

どうぞ。

そう言って私は彼を招き入れた。


お好きに見ていってくださいね。

立ち読みもOKなので。

そう言うと、軽く会釈をしてから彼は店内を回り始めた。


その隙をみて私はカウンターに置いた初版本を手に取る。

二階にある店内に彼が登っていくのを見届けて

ページをめくった。

無我夢中で読んだ。

初版では修正も改変もない、まっさらな作者の想いが綴られている。


…ません…


すみません…。


あっ…ごめんなさい…私気づかなくて…

慌てて本を閉じるとカウンター越しに彼が待っていた。


大丈夫。

これください。

彼は笑顔で画集のような大きめの本と文庫本をカウンターに差し出した。

その瞬間、彼がぽつりと話しかけてくる。


それ…

初版ですよね?

お姉さんの?売り物?


あっ…いや…売り物です…

一瞬の間に緊張が走る。



あっ…もし良かったらどうぞ…

そう言って私は彼に本を差し出した。


いいの?

彼が小さく笑った。

それ、君が読みたくって持ってるんでしょ?


あ、まあ…はい。


じゃあまた次に来た時にその本が棚に戻されていたら僕に譲ってもらえますか?


…はい。


それが彼との最初の出会いだった。




それから彼は頻繁にここに来るようになった。

少し親しくなった。

彼と話すと、何かくすぐったいような気持ちになった。


あの本まだ読んでるの?


まだ読み終わってないけど…棚に戻してあります。


ずっと探してるのにまだ見つからないんだけど?

彼が口を尖らせて、拗ねたように私に言った。


ねえ、良い加減その敬語やめようよ?

もっとリラックスして話そう?

彼が少し覗き込むように優しく微笑む。

で、どこにあるの?あの本。


えっと…見つからない場所に隠してて…


ふーん。

それって僕に、まだ探して欲しいってことで合ってる?

もしかして、毎日僕に会いに来てもらいたいから?


違う……いや……違ってないかも…?


じゃあさ、見つかるまで僕ここに通うね?

そういって満面の笑みを浮かべた彼は、

またねと手を、ひらひらさせて店を出て行った。

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