第108話 第三部 極炎(クリムゾン)の怒り 第四章 3-2


          *


 脚部の人工筋から温度警告が出るのと同時に、リーリエはアリシアを下がらせ、イシュタルから離れた。


 何度目かの睨み合い。


 その間に僕は各部人工筋の電圧を下げて冷却を開始し、処理システムから上がってくるデータをスマートギアの視界に表示して確認していく。

 打ち合っている間、僕とリーリエは言葉を交わしていない。


 アリシアの中でひとつになっている僕たちの間には言葉は不要だ。

 僕はリーリエの次の動きを読めるし、リーリエは僕の考えを言葉がなくても理解する。

 それがシンクロナスソーサリー、風林火山の神髄だ。


 ――やっぱりか。


 もう十分近くになるバトルの間に観測できた情報で、僕はあることに気がついていた。


『やっぱり、猛臣はただのフルコントロールソーサラーじゃない』

『うん、そうだよね』


 油断なくイシュタルの動きを見ながら、リーリエが返事をする。


『それにあいつの使う必殺技は、僕たちのとは違ってプログラムセットだ』

『そっか。そういうことなんだ』


 戦闘には邪魔になるからカットしていた戦闘データのまとめを、リーリエに共有してやる。

 電子情報として疑似脳で構成されてるためか、人間を超える反射速度が可能なリーリエならともかく、猛臣の反射速度は時折リーリエを凌ぐほどの反応を見せていた。とくに、防御のときに。


 解析の結果から、僕は猛臣がフルコントロールだけでなく、セミコントロールを併用していると判断した。

 どういうアプリを使ってるのかはわからないけど、対応しきれない攻撃を、自動反応に任せて防御している。


 六本腕に見えたウカノミタマノカミのショルダーシールドも、おそらく同じセミコントロールで制御されてるんだと思えば、納得がいく。

 それに猛臣が使う必殺技は、一定の電圧上昇による人工筋の性能強化だ。


 僕のように細やかに必要な制御を行っていないため、発熱も消費電力も分が悪いはずだけど、いまのところ熱による性能低下は感知できていない。熱に強い特別製の人工筋を使ってることは明らかだった。


 僕とリーリエもシンクロナスソーサリーなんていう反則染みたことをやってるけど、猛臣もレギュレーションなんて無視したことをやってるのは確かだ。


『たぶんあの肩と足の刃も飾りじゃない。警戒してくれ』

『わかった』


 ウカノミタマノカミのことを考えるなら、刃も稼働してくるはずだ。警戒しておくに越したことはない。


「克樹ー!! これから全開でいくからな! 着いてこいよ!!」


 そう猛臣が叫ぶのと同時に、肩を突き出して構えたイシュタルがアリシアに突進してきた。

 これまで見た突進を超える速度。


『望むところだよっ』


 聞こえないのに猛臣の声に応えて、リーリエはアリシアの身体を斜めにすることで突進を避ける。


「なっ?!」


 避けたと思った突進の追撃は、肩の刃からだった。


 突き出た刃が肩のアーマーごと伸び、ワニの口が獲物噛み砕くように、アリシアの肩に食らいつく。

 アリシアをしゃがみ込ませて逃れたリーリエは、イシュタルの腹に正拳を叩き込む。


『ひゅーっ』


 感心した声を上げるリーリエ。


 避けられるはずがないと思った打撃は、腰のアーマーが動いて防いでいた。

 伸びてきたイシュタルの蹴りをローキックで止めるものの、足の刃が顎(あぎと)となって襲いかかってきた。


 太股のハードアーマーをわずかに削り取られて距離を取るものの、間髪を置かずにイシュタルが接近してくる。

 肩と腰と脚の可動ポイントを予測に加えた僕は、自分が笑ってることに気がついた。


 ――バトルって、こんなに楽しいものなんだな。


 これまで以上に深くアリシアとリンクし、リーリエの動きを最大限に活かせるようリアルタイムで人工筋の電圧を調節しながら、僕は初めての感覚に笑い出しそうになっていた。


 これまで、僕は百合乃やリーリエにバトルを任せっきりにしていた。


 灯理と対抗するためにシンシアを使い、フルコントロールソーサラーとなったけど、周りには自分よりも遥かに強いソーサラーばかりで、僕にとってピクシーバトルは、最初の頃から苦痛と劣等感を感じるばかりのものだった。

 リーリエとともにアリシアとリンクし、たぶん最強だろう猛臣と戦っていて、僕は初めてピクシーバトルが楽しいものなんだと気がついた。


 ――負けたくない。


 その想いが強くなっていく。


 エリキシルバトルだからとか、夏姫のためとかそんな想いよりも、いま目の前にいる猛臣に負けたくないという想いが、どんどん膨らんでくる。

 それと同時に、歯を食いしばりながらも笑ってる猛臣の気持ちが、いまの僕にも理解できるようになっていた。


『決着をつけるぞ、リーリエ!』

『うんっ!!』


 突進してくるイシュタルに、リーリエは自分からも突進する。


 飛び込みの正拳突きは稼働してきた腰のアーマーに防がれる。

 伸びてきたイシュタルの肩が頭を砕く前に、リーリエは腰の後ろから抜いたナイフで刃を粉砕した。


 膝蹴りとともに迫ってきた脚の刃を、砕けたナイフを突き刺して止め、右手をマットへと伸ばしたリーリエ。

 拾い上げた短刀が、下がって避けようとするイシュタルの首筋へと迫る。


 ――勝った!


 そう思った瞬間だった。


『あっ!!』


 アリシアが突然その動きを止めた。


 リーリエの声を聞くまでもない。

 スマートギアの視界の隅に表示されていたのは、稼働時間警告。


 アリシアのアライズ時間は、いまこの瞬間に尽きた。


「なんだかわからねぇが、俺様の勝ちだ!!」


 叫んで猛臣はイシュタルの両手を組んで高く上げ、アリシアの頭に振り下ろす。


「な、んだと?!」


 イシュタルの拳がアリシアの頭部を叩き潰す直前、その動きも止まっていた。

 あちらの稼働時間も、いまこの瞬間に尽きたらしい。


 ほぼ同時に二体のドールのアライズが解け、身長二十センチのピクシードールへと戻る。

 思ってもみなかったバトルの結末に、誰ひとり声を発することができなかった。


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