第107話 第三部 極炎(クリムゾン)の怒り 第四章 3-1
* 3 *
スピードは猛臣がライトニングシフトと叫んでいた技のときに比べれば遅い。でも本気を出すと言ったあいつの言葉は本当だったようだ。
左右にステップを踏みながら瞬く間に三メートルの距離を詰めてきたイシュタルは、槍のように尖った手刀を繰り出してくる。
『はやっ』
小さく悲鳴を上げながらもアリシアの上体を沈めて躱すリーリエ。
左の水色のテールをかすめて揺らした右の手刀に続いて、左の手刀が突き込まれる。
左手でどうにか裁いて腰溜めから放ったアリシアの拳は、スピードが乗り切る前にイシュタルの手の平で受け止められていた。
何をしたのかはわからないが、明らかにイシュタルの速度と機敏さが上がってる。たぶん、疾風怒濤ほどではないけど、ライトニングドライブって言うのは、常時必殺技を使ってるモードのことなんだと思う。
『リーリエ。「風林火山」を使う。一端離れろっ』
『わかった! ちょっと待っててっ』
腕二本から繰り出される手刀なのに、リーリエはアリシアの手だけじゃなく、足まで動員してどうにか防ぎきってる状態だ。
ライトニングシフトのように突撃に特化してるらしい必殺技と違って、ドールの性能全体をアップさせてるライトニングドライブは、通常の動きでは凌ぐだけで手一杯だ。
『おにぃちゃん、ゴメンッ。ちょっと手伝って!』
『わかった。一瞬だけだぞ。疾風怒濤!!』
防ぐことはできるが、隙間のない攻撃に苦慮するリーリエの応援要請に応えて、僕は必殺技を発動させた。
鋭い右手を、左手をアリシアの手でつかみ取り、イシュタルの身体を引き寄せたアリシアは、上半身を大きく反らす。
「なっ?! てめっ、ふざけんな!!」
猛臣が声を上げるのも仕方ない。
ピクシーバトルではついぞ見たことがない、頭突きでイシュタルを後退させたのだから。
『リーリエ、あのなぁ……』
『ゴメンね、おにぃちゃん。あの子の攻撃速すぎて他に思いつかなかったのっ』
『まぁいいけどな。意味はあったみたいだし』
人間じゃないんだから痛みもないし、さほど意味もないと思うが、イシュタルの首を左右に振らせている猛臣。
ピクシードールの頭部は、スフィアドールの要であるスフィアが搭載されてるだけじゃなく、視覚や聴覚の各部外部センサー、またソーサラーとの通信を行うアンテナなんかが搭載されてる。それはエリキシルドールでも変わらない。
スフィアソケットはスフィア本体とメインフレーム並に強靱だから、よっぽどの攻撃でないと壊せないけど、頭部に大きな衝撃があると大変なことになる。
ひとつは、視界のブレ。
フルコントロールの場合はとくに、自分で頭突きを受けた訳でもないのに衝撃で視界がメチャクチャになるから、ヘタすると吐くほどに奇妙な感覚に襲われる。
公式戦では首筋まで、顎辺りまでなら攻撃対象として認められるけど、そこから上は攻撃が禁止されてるくらいに問題になる攻撃だ。
――まぁ、エリキシルバトルではそんなこと言ってられないか。
ヘルメットの上から頭に手を当ててる猛臣を見つつ、僕は風林火山の準備をする。
それまでの必殺技用プロパティをすべて消し、ショージさんにつくってもらった、アドオンアプリを立ち上げる。
『いくよ、リーリエ』
『来て。おにぃちゃん』
一瞬目をつむり、深呼吸した僕は、目を開けてアリシアとリンクする。
僕とリーリエは、アリシアのボディを通してひとつとなる。
『風林火山!』
声は出さずに、僕とリーリエは声をハモらせて必殺技を宣言した。
「てめぇ、頭突きなんぞくれやがって!! 許さねぇぞ!」
怒声を吐き出す猛臣は、弾かれたような速度でイシュタルをアリシアに差し向けた。
僕とリーリエが、アリシアの視界で一緒にイシュタルのことを見る。
速いのに、遅さを感じるスローモーションのような視界。
肩の上に振り被った右の手刀が迫ってくるけど、それを勢いを殺さずに左手で受け流す。
右足をすり足で引いてイシュタルの横に構え、アリシアの動きに気づいた猛臣が防御の左手を構えるよりも先に、胸元に右の拳を叩き込んだ。
『上げてくよ、リーリエ』
『大丈夫だよ。もっと来て!』
まだ動きの部分しか一体化していなかった風林火山の段階を上げる。
アリシアの各部のセンサーをオンにし、感度と感知感覚を最大にした。
僕がショージさんにHPT社の試作フルスペックフレームの貸出を願ったのは、強度の点だけが問題じゃない。アリシアを、シンシアと同型の感知型ピクシードールにするためだ。
でもいろんな種類のセンサーを搭載するシンシアと違って、アリシアのボディの各部に搭載する外部センサーは、視覚、振動、圧力といったものが中心。
それらのセンサーと、離れた場所に立つ僕のスマートギアからの情報を統合し、リーリエに接続している情報処理システムで処理して、敵の動きを完全に把握することができる。
それだけじゃなく、リーリエの疑似脳のリソースも使い、敵の行動予測と自分の最適行動を割り出す。
アリシアの動作はリーリエに任せつつ、これまで必要に応じて発動と停止を行っていた必殺技と違い、僕はいま、リアルタイムで人工筋の電圧を制御している。フルコントロールでドールを動かすのに近いそれにより、常時疾風怒濤を発動させてるような状態を維持し、不要な電圧がかからないようにするもしているため、発熱も抑えることができる。
僕とリーリエが同時にアリシアにリンクしてフルコントロールする、アリシアを通して僕とリーリエが一体化するソーサリー、シンクロナスソーサリーが風林火山の正体だ。
ひとりではなく、ふたりいて、僕とリーリエだからこそ実現した必殺技だった。
「てめぇ、何か始めやがったな?! それならこっちももっと行くぜーーっ!」
雄叫びを上げた猛臣。
それと同時に、イシュタルのスピードがさらに上がる。
――こいつ、まだ上があるのか。
速度はもう人間の身体で実現できる速度を遥かに超えてしまっている。
天空色の風と、金色の光の、二体の妖精によるバトルが始まっていた。
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