第20話:鉄の雷、砕け散る希望
午前5時。作戦開始。
二つの月が地平線に沈み、夜の闇が最も深くななり、日が上るまでのわずかな時間。
司令部の作戦テントには、作戦進捗を見守るため、各部隊の長が集っていた。
「戦況共有だ。」
オオトモ大佐の冷徹な声が、張り詰めた空気を震わせる。
その声ともにホログラムに映し出された浮遊要塞のモデルが、赤色の攻撃予測ルートを染め上げられていた。
既に攻撃が始まり予測される障壁のエネルギー量にも変化が生じている。
「予定通り、第一波攻撃で障壁を減衰を確認している。この攻撃が終了後、ヴァレリウス団長の竜騎士団が障壁から飛び込みさらに撹乱を実施。そして、その一点から、ゲオルグ騎士団長率いる主力がヴァンガード部隊と共に突入。橋頭堡を確保する」
当初、作戦の要はリュナさんの一撃だった。だが、竜騎士団や、市長直轄の部隊が持ち込んだ「試作実験兵器」―――その桁外れの火力は、作戦計画そのものを根底から覆した。
リュナさんは後方待機となり、代わりに空を切り裂く鉄の翼が、その任を担う。
誰もが、その圧倒的な力に、作戦の成功を確信しかけていた。
その時だった。
司令部のオペレーターが大佐に駆け寄り、耳打ちをする。大佐の眉間に、深い皺が刻まれた。
「……市長から直々の『作戦修正指示』だ」
大佐は、忌々しげに呟くと、全員に聞こえるように続けた。
「竜騎士団による突撃は中止。障壁の破壊は、戦闘機部隊が投下する新型の対要塞貫通弾で行う。……以上だ」
「お待ちください!」
声を上げたのは、ヴァレリウスだった。その仮面のような笑みは消え、戦士としての鋭い光が瞳に宿っている。
「我らの刃を待たず、鉄の礫だけで魔法障壁を砕くと? 正気ですか?」
出立の準備を進めている王国側にとって到底受け入れがたいものだ。
「……決定事項だ」
大佐は眉をひそめながらも短く答える。
画面に対貫通弾の概要が写し出される。
正直、軍事にはあまり知見はないが、読む限りだとエネルギーフィールドに対して効果的な炸裂をさせ防御エネルギーを吹き飛ばすような代物だ。
1回貫通したあとは内部からエネルギーフィールドを消耗させる構造らしい。
「残念だが、我々の世界の政治だ。……前線で作戦を進めようとも、後方の権限でそれが覆される。……それに生半可な威力ではない攻撃と予想されるから、いかに伝説のドラゴンとて近づくのはおすすめしない。新型対要塞貫通弾の威力は我々にも想定できない。」
俺は、その言葉の裏にある、恐ろしい響きを感じ取っていた。
(まさか……!)
俺は、隣に立つ響さんの袖を引いた。
「響さん、頼む。この攻撃プランで、人質……エリザベス様の生存可能性を、もう一度シミュレーションしてくれ」
「……はい」
響さんは、俺の意図を察し、青ざめた顔で頷くと、自らの端末を高速で叩き始めた。
数分後、要塞貫通弾を用いた攻撃開始を告げるサイレンが鳴り響く。
異世界の空が、閃光で白く染まった。地を揺るがす轟音と共に、戦闘機がゲートから飛び出して橋頭堡の上を飛び越えていく。
アンナとセレスティアが、その光景に希望を見出し、祈るように手を組んだ。
「すごい……これなら、きっと!」
だが、俺の目に映っていたのは、響さんの端末に表示された、あまりに無慈悲なシミュレーション結果だった。
【目標エリアにおける生命反応の維持確率:2.7%】
空中を舞う魔獣をすり抜けながら配達されたミサイルが、浮遊要塞の魔法障壁に着弾する。
それは、穴を開けるというより、神が作りたもうたガラス細工を、鉄槌で叩き割るような光景だった。空間そのものが悲鳴を上げ、障壁は広範囲にわたってヒビが割れるように見えた。
そして一瞬収まったように見えるとフィールドの内側からすさまじい光が放たれる。
圧倒的な破壊力。
それは、作戦の成功を約束する光であると同時に、エリザベスという一個人の命を全く想定しない、冷酷な暴力の顕現だった。
「障壁、完全に崩壊! 突入口を確保!」
オペレーターの歓声が響く。だが、その声はすぐに悲鳴に変わった。
「ダメです! 障壁の崩壊エネルギーで、要塞内部の魔力構造が暴走! 強力なジャミングが発生! こちらとの通信、及び全センサーが機能しません!」
「……ヘリ部隊を出せ。突入する!」
オオトモ大佐が、混乱を断ち切るように叫んだ。その声に、ゲオルグとヴァレリウスが同時に反発する。
「……待たれよ」
ゲオルグが、震える声で制した。彼の目は、砕け散る要塞に釘付けになっている。
「あれは……戦などではない。ただの……処刑だ。もし、あの鉄の雷が我らに向けられていたら……考えるだけで総毛立つ」
「同感ですな」
ヴァレリウスが、冷たい声で続く。彼の目は、もはや大佐ではなく、破壊の光景そのものに釘付けになっていた。
「我らは騎士であり、ただの捨て駒ではない。何これほどの力を持つ者たちの『駒』として犬死にするのは御免こうむる」
その瞳の奥に、恐怖とは違う、ある種の計算高い光が宿っているのを、俺は見逃さなかった。彼はこの圧倒的な力を、自らの野望の駒としてどう使うか、既に考え始めているのだ。
「貴様ら……!」
大佐が激昂しかけたその時、響さんが一歩前に出た。
「大佐、皆さん、聞いてください!」
その凛とした声に、全員が彼女を見る。
「私を前線に連れて行っても、何もできません。ですが、私が司令部に残れば、この膨大なノイズの海の中から、一本でも通信経路を確保できるかもしれない。皆さんが、敵地で完全に孤立するのだけは、絶対に防ぎます!」
彼女は、戦えない。
ただの学生だった彼女も、この場で何かできないかを探した結果、彼女の戦場はここにある。
後方支援という、もう一つの最前線に、彼女は学生という身分を捨て、一人の専門家として立っていた。
「……頼んだぞ」
大佐は、短くそう言うと、再び騎士たちに向き直った。
「聞いただろう! これより我々は、目と耳を失った状態で、敵の心臓部に飛び込む! 我が隊の者も、王国の騎士たちも、もはや頼れるのは己の腕と、隣にいる仲間だけだと思え!
……臆病者は残っているといい。」
輸送ヘリのハッチが開き、俺たちは戦場へと飛び出す準備をする。
俺は、最後に一度だけ、司令部を振り返った。モニターの光に照らされた響さんの横顔が、小さく見えた。
(すまない、響さん……)
科学の圧倒的な力が、俺たちに道を開いた。だが、その代償として、俺たちはエリザベスの命を見捨て、そして指揮系統もバラバラな状態だ。
俺たちの戦いは、始まる前から、既に大きなものを失っていた。
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