第19話:実験場の兵器たち

 夜陰を切り裂いて前線基地に滑り込んだ高機動装甲車から、俺たちは敗残兵のように転がり出た。

 持ち帰ったのは、エリザベスが身に着けていたローゼンベルク家の紋章が刻まれたペンダントと、『追手を誘い込み、これを殲滅せよ』と記された、血の匂いがするような羊皮紙の指令書。

 そして、竜騎士団の団員が関与している可能性が高い状況証拠。


 その報告は、かろうじて保たれていたガラス細工のもろい同盟関係に、決定的な亀裂を入れた。


「ヴァレリウス! やはり貴様の差し金か!」


 ゲオルグ騎士団長の怒号が、司令部の作戦テントを震わせる。

 怒りに燃えるその瞳は、天幕の奥で優雅に椅子に座る竜騎士団長を射抜いていた。

 だが、ヴァレリウスは磨き上げた自身のガントレットに映る顔を眺めるばかりで、視線を合わせようともしない。


「おやおや、ゲオルグ殿。ご自分の監督不行き届きを、我々のせいになさるか。見苦しいですな」

「何だと!?」

「そもそも、あの姫君が感情に任せて単独で野営地を抜け出すなど、我々には知る由もない。我々は、ただ斥候任務という役割を、忠実に果たしていただけのこと」


 その白々しい態度に、ゲオルグの顔が怒りで赤黒く染まる。

 クラウスが、今にも剣を抜きそうな主君の腕を必死に抑えていた。

 オオトモ大佐は、その光景を彫像のように冷徹な目で見つめ、ただ「両名とも、自重したまえ」と静かに告げるだけだ。

 指揮系統は、完全に麻痺していた。時間だけが、無情に過ぎていく。


(ダメだ、このままじゃ全員、自滅する……!)


 俺は、意を決して三人の指揮官の前に進み出た。一介の連絡将校の、あまりに場違いな介入に、全員の視線が突き刺さる。


「皆さん、今は内輪揉めをしている場合ではありません!」

 俺は構わず、まず、この場にいる全員が目を背けている現実に、指を突きつけた。


「ご覧ください。リュナさんはショックで言葉を失い、アンナさんたちは涙に暮れている。クラウス殿は復讐心に燃え、兵士たちの間には疑心暗鬼が渦巻いている。このチームの感情的な崩壊こそが、我々が今すぐ対処すべき、最大の戦術的リスクです!王国の騎士の方々が目の前の問題を放置し続けるのですか?」


 俺の言葉に、ゲオルグとヴァレリウスがハッとした顔で俺を見る。

 一応の第三者からの指摘で一瞬頭が冷えたらしい。


「彼女たちの心をこのまま放置すれば、作戦の遂行など不可能です。単なる学生と思うかもしれないですが、少なくとも我々にとっては、重要な仲間です。だからこそ、一度、感情論は全て忘れましょう。これは、リスク管理の問題です。現状、我々が直面している最大のリスクは何か。それは、ローゼンベルク侯爵令嬢が、敵の手に落ち、最悪の場合、我々に牙を剥く『駒』として利用されることです」


 俺は、次にヴァレリウスを真っ直ぐに見据えた。

「ヴァレリウス団長。あなたの部下にスパイがいた疑いは、濃厚です。このままでは、王国最強と謳われる竜騎士団が、一人の裏切り者のために『姫君を見捨てた』という汚名を着ることになる。それは、あなた方の誇りが許しますか?」


 ヴァレリウスは、初めて俺を値踏みするように見つめ返した。

「……面白いことを言う、連絡将校。貴様の言葉、一理ある。だが、なぜ我らが、貴様のその口車に乗らねばならん? 我々が動かずとも、ゲオルグ殿が勝手に自滅し、我々の評価が上がるだけやもしれんぞ?」


 その、どこまでも他人事な態度に、俺は一歩踏み込んだ。もはや、交渉術ではない。

「俺が、この作戦の全責任を負うからです」

「何?」

「この作戦が失敗した場合――エリザベス様の救出に失敗し、浮遊要塞の無力化も頓挫した場合、その全責任は、現場の連絡・調整を怠った俺にある。そう報告書を提出します。あなた方の経歴に、傷はつけさせない。……だが、もし成功すれば、その手柄は全て軍事側のものだ。俺の役割は、このプロジェクトを円滑に進めるための潤滑油であり、いざとなれば全ての泥を被るための吸収材です。あなた方、主役の手を汚させるわけにはいきませんから」


 俺の、あまりにも会社員的な、責任の取り方に、ヴァレリウスは初めて仮面のような笑みを消し、面白そうに喉を鳴らした。


「……ククッ、面白い。全責任を取るだと?

 おまえは連絡役なのでしょう。貴様が言うことがその後ろの組織全てを背負うと……?

 よかろう、その取引、乗ってやる」


 最後に、俺はオオトモ大佐に向き直り、彼らが理解できる言語で、稟議を通すための最後のプレゼンを行った。


「大佐。主目標は、あくまで敵性浮遊要塞の戦略的無力化。これが、我々の世界の安全保障に直接貢献するという建前です。これならば、彼らも予算を承認せざるを得ないはずです」


 俺の提案に、オオトモ大佐は俺の目を数秒間見つめた後、静かに頷いた。

「……それでいこう。とは言え勝手な契約を結ぶとは……。頭を回しリスクヘッジを図る性格と言えばいいが、臨機応変と言うか場当たり的な部分があるな。私の部下には欲しくないタイプだ。」

 大佐は司令部のオペレーターに指示を出す。


「市長へ繋げ。これより、オペレーション・キマイラのフェーズ2への移行を具申する、と」


【同時刻・学術研究技術都市 市長執務室】


『―――これは、戦争ではない。壮大な『実証実験』だ』

 市長は、モニターの向こうの牧原と田中に、子供に言い聞せるように穏やかに言った。

『国際社会の目も、環境への配慮もない、この手付かずの実験場で、我々が開発したものの、地球上では様々な制約があって試せなかった、数々の試作兵器をテストする絶好の機会だ。そのデータは、将来、何百倍もの利益となって我々に返ってくる。そう考えれば、安い投資だろう?』

 その言葉に、田中はもはや反論できなかった。

 牧原もまた、何も言えなかった。


『最高の実験には、最高の機材が必要だ。存分にやってくれたまえ。……こちらの戦力を明確に提示する良い機会だ。徹底的にやらないと和泉さんの交渉が無駄になりますからねぇ』


【前線基地】


 その要請に対する、学術研究技術都市上層部の反応は、異常なまでに迅速だった。

 数時間後、ゲートの向こうから飛来したのは、俺たちが要請したレベルを遥かに超える、「過剰」としか言いようのない戦力だった。


 異世界の空気が、これまで聞いたことのない轟音によって引き裂かれた。

 リュナは、思わず耳を塞いだ。空気を切り裂くその甲高い音は、竜の咆哮とも、魔獣の雄叫びとも違う、周囲のマナを無理やり引き裂き、蒸発させてしまうような、魂の芯を直接削るような、無機質で暴力的な響きだった。


 ゲートの光のカーテンを突き破り、鋭角的な翼を持つ二機の『鉄の鳥』が、二つの月を背に姿を現す。王国騎士たちが、生まれて初めて見るその光景に、畏怖とも驚愕ともつかない表情で空を見上げている。


(すごい……)

 リュナは、呆然と呟いた。

(これが、愁也さんたちの世界の、『本気』……?)


 あのフリルのついた杖とは比較にならない、一切の装飾を排した、ただ「破壊」のためだけに存在する鉄の塊。


 それは、彼女が知るどんな魔法よりも、冷たく、恐ろしく、そして―――絶望的なまでに、美しかった。

(これだけの力があれば、きっと、エリーを……!)

 恐怖と、そしてほんの少しの希望が、彼女の心の中で渦を巻いていた。


 地上では、地響きと共に巨大な輸送ヘリが次々と着陸し、その腹部からヴァンガード部隊を一個中隊まるごと吐き出していく。

 コンテナからは、多連装ミサイルランチャーが天を睨み、空には見たこともない形状の無人攻撃機が、昆虫の群れのように編隊を組んで旋回していた。


 その光景を、心配して駆けつけた響は、言葉もなく見上げていた。


 良くわからないがそれでも凄い数の増援にアンナが希望を見出しかけたその時、響が、らの端末に届いた正式な作戦命令書を読んで、静かに、しかし厳しい声で言った。



「……皆さん、司令部から正式な作転命令が下りました。作戦名『オペレーション・キマイラ フェーズ2』。主目標は、『敵性浮遊要塞の戦略的無力化』……。どこにも、『エリザベス様の救出』という言葉は、ありません……」


 響からの、あまりに事務的な報告。

 俺たちの個人的な願いは、いつの間にか、国家の冷徹な戦略目標に上書きされていた。

 個人的な願いを書くわけにはいかないからなぁ……。


 俺たちの「救出作戦」は、もう存在しない。ただ、巨大な殲滅作戦の、名もなき一部隊として組み込まれただけだ。

 佐藤軍曹が、吐き捨てるように言った。


「……へっ、こいつは傑作だ。要塞攻略が主目的だが、お姫様一人助けるのに、戦争でも始める気かよ」


 その言葉に、誰も何も言い返せなかった。

 少し離れた場所から、如月博士が、最新鋭の兵器群に対する科学者としての興奮と、それらがこれから奪うであろう命の重さを天秤にかけるような、深い苦悩の色でその光景を見つめていた。


「……やりすぎだ」

 オオトモ大佐が、俺にだけ聞こえる声で、吐き捨てるように言った。


「要請したのは、あくまで作戦遂行に必要な支援だ。だが、奴らが送ってきたのは、最新兵器の見本市だ。機密性の高い兵器もリストのなかで見てとれる。

 ……上層部にとって、ここは最高の実験場なんだろう。

 リエゾン。君が責任を負うといったことで都市は失敗できなくなったということもあるということを念頭にいれておけ。

 会社員の感覚で発言するとこう言うことになる。」


 オオトモ大佐は、暗に俺が全責任を取るということつまり失敗したら、都市全体が軽んじられることもあってこうなったと釘を刺してくる。


 だが、その歪んだ欲望が生み出した圧倒的な暴力が、今、俺たちの唯一の希望であることもまた、事実だった。


「作戦を開始する」

 オオトモ大佐の冷徹な声が、三つの軍旗の下に響き渡る。

「第一波、戦闘機部隊によるミサイル飽和攻撃。目標、敵魔法障壁の減衰。これだけの火力を一点に集中させれば、いかに固い壁とて、無傷では済むまい」


 大佐の視線が、まずヴァレリウスを射抜いた。


「ヴァレリウス団長。障壁に亀裂が生じるのは、わずか数十秒。貴殿らの竜が、我々の未来を切り拓くための、唯一の矛だ。……やれるか?」

 ヴァレリウスは、初めてその仮面のような笑みを消し、戦士の顔で、ただ短く頷いた。


「―――我らが空にいる限り、道は開かれていると思え」


 次に、大佐はゲオルグに向き直る。

「ゲオルグ騎士団長。橋頭堡確保後、内部は地獄となる。貴殿らには、ヴァンガード部隊と共に、最も過酷な主力を担ってもらう。……覚悟はいいか?」

 ゲオルグもまた、剣の柄を強く握りしめ、決意を固めた目で頷いた。

「―――王国の騎士の誇りここにあり。」


 竜の翼と、鉄の翼。

 騎士の剣と、ミサイルの弾頭。

 決して交わるはずのなかった二つの世界の力が、今、それぞれの覚悟と共に、ただ一点の目標に向かって、解き放たれようとしていた。


「目標、浮遊要塞。―――これより、目標への攻撃を開始する。魔法とやらを、我々の火力でこじ開けろ。」

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