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落葉
どうかしたの、と問われて顔を上げる。視界の中央にはしとやかな容姿の男性が映り、その彼が優しく物憂げな笑みを浮かべている。
なんて表情でわらうんだろう。胸のあたりが苦しくなって、「いいえ」と答えて俯く。美術館とは静かなもので、音量を抑えたつもりのその声も目立って聞こえた。
こうして会うのは三度目だ。三回とも中田が誘って、二人でゆっくりとした時間を過ごして帰る。一度目はレストランで夕食を、二度目は水族館へ行き、今回は近くの美術展。絵画に興味はなくても、中田が何か絵の感想を言うのを聞くだけで十分楽しめたし、これからも興味を持って見てみたいという気にさせられた。
だから楽しくないわけではないのだ。けれど急に不安になる。こんなに教養の違う人と一緒にいていいのかと。(相応しい訳がない)
「…美都ちゃん」
「…、はい」
先刻のあの表情は、心配してくれているのだろう。なんでもないと言って納得するくらいなら心配なんて、彼はしない。それを思い出して、それから、そんな彼が好きなのだということも思い出してまた痛くなる。
立場がどうのと言うのはもうやめたつもりだった。やめたというより、もう出来なかった。物分かりのいい自分よりも、想っている自分の方が強い。そしてその差は日毎に開いている。けれどそれでも、やはり彼の立場を思うなら、自分は隣にいてはいけないと思う。
それを知っているように、中田は時折ふだんにも増して優しい眼をして美都の名前を呼ぶ。必要なら何度でも。美都が顔を上げるまで。
(名前を呼ぶ声は呪縛みたい)
(でも本当は、中田さんが私を縛ってるんじゃない。私が、その声に必死にしがみついているだけ)
(中田さんは、私が落ちないようにたくさん呼んでくれる)
「……中田さん」
「うん」
少し竦めて傾けた首。俯いたままの顔でも、かなしくても、幸せで笑うことが出来た。
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