二人だけの世界

第70話 子供

 木村君の死を未然に防ぎ、しばらくは穏やかな日々を過ごせると思った。


 


 しかし、未だ謎のままな問題が二つある。




 一つ目は、僕が過去に戻った理由。僕は姉さんに殺され、目を覚ますと小学生の頃に戻っていた。ここに理由があるのなら、僕はそれを解かないといけない。まだハッキリと断言出来ないが、姉さんが徐々に変貌しつつある。このままでは状況は違えど、最終的に姉さんに殺される未来が生まれかねない。それを回避する手立ては、死んだ僕が過去に戻った所にあると推測している。




 二つ目は、予知夢。木村君の死を防げたのは、突発的に発症・発現した予知夢だ。あの一件以来、予知夢は視ていない。囁き声も消えている。この予知夢に関して、僕は最大の感謝と疑問を抱いている。死ぬ前の僕は、冬の季節に非現実的で恐ろしい体験をした。その体験が、僕の体、というより心や思考に、種を蒔いたのかもしれない。それが開花したのが予知夢だと現時点では解釈している。  




 この二つの問題を並べてみると、共通点として【死】がある。僕は文字通り一度死んでいる。予知夢は死に関する事だけを視せ、囁いた。あの村で追体験したのは過去に死んだ者達の残響。




 死、とは何だろう。心臓の鼓動が止まる事が死なのか。完全な終わりを意味する言葉か。だが、あの村で出会った銀は、怪異的存在になっていたとはいえ、確かに生きているようだった。そう考えると、死は必ずしも終わりとは思えない。




 もしかして、命ある存在は、生と死の線ではなく、生と死という点がある円なのか。同一の存在のまま、死んだら生きていた間の何処かで蘇る。まるで夢を見ていたかのように、死んでしまった事や経験した事を忘れ、また生き直す。僕が記憶を保ったまま戻ったのは、本来の寿命よりも早くに死んで予定が狂い、記憶のリセットというシステムが発動しなかったのか。




 駄目だ、忘れよう。今考えてきた事の何一つとして根拠が無いものばかり。それを真実としてこの先も生きるのなら、僕は全生物の異端児となってしまう。謎を完全に忘れるのではなく、謎は謎のままにして、ありとあらゆる場面で得られるヒントから徐々に答えを導き出そう。




「ハルト? どうかしたの?」




「え?」




「さっきからボーッとしてるから。それに、私が作った料理を全然食べないし……食べたくないの?」




「あ、ごめん。ちょっと考え事しててボーっとしてた。すぐ食べるよ!」




 僕は箸を右手に持ち、目の前に広がる晩ご飯を食べ始めた。覚悟はしていたが、左手が完全に使えないと、食事をするのにも一苦労だ。片手で食べるのは品が無いように見えるし、一度に物を持てる量が両手と比べて半分だけ。




「お行儀が悪い風に見えてるよ」




「左手が使えないんじゃ、仕方ないと言うしかないね。僕は恥を忍んで下品に食べるよ」




「まったく……」




 姉さんは席を立つと、僕の隣の席に座り、僕から箸を奪った。




「そういう時は自分で何とかしようとしないで、私に頼めばいいのよ」




「頼むって?」




「はい、あーん」




 姉さんは僕の代わりに箸と食器を持ち、食べさせてくれた。口に出すつもりはないけど、こういうのって普通はスプーンとかフォークでやるやり取りなはず。その二つなら、あーんもしやすい。箸だと距離感が掴めず、油断すると喉の奥まで箸を入れてしまうかもしれない。




「美味しい?」




「あーんしてくれたから百倍美味しい」




「たったの百倍?」




「訂正。一億倍」




「適当じゃない?」




 なんだろう。姉さんがああなった原因って、僕が原因なんじゃないか? 僕を見る姉さんの目に、僅かながら蔑みがあるような気がする。優しさの塊の姉さんに最初は解釈違いを起こしていたけど、今となってはいつまでもあの姉さんのままでいてほしいと思ってしまう。




「そうだ。姉さん、お願い決めた? 片腕使えない僕で出来る事なら、叶えられるように善処するけど」 




「そうね~……とりあえず、晩ご飯食べた後ね。残さず食べなさいよ」




 そう言って、僕がまだ咀嚼中にも関わらず、姉さんは僕の口に料理を運んでいった。ゆっくり噛んでいると頬が膨らんでしまう為、急いで噛んで飲み込むを繰り返した。食事というものは、その人のペースで食べ進める事だったはずだけど。これじゃあ餌付けを通り越してフォアグラ作りだ。




 食事が終わると、姉さんに歯磨きをしてもらい、姉さんに服を脱がせてもらい、一緒に入浴してくれた。




「左腕、痛くない?」




「全然。感覚が無いんだもん」




「あら? もしかしてハルト、また痩せた? 男の子ならもっと太らないと」 




「確かに。どうにかして体を大きくしないとな~…………あぁ、そっか。気付くの遅れたよ。姉さん、なんで一緒にお風呂に入ってるの?」




「だって、左腕使えないんでしょ?」




「うん」




「じゃあ私も入らないと」




 あまりにも自然に事が進んでいたせいで、姉さんと一緒にお風呂に入ってる事実に気付くのが遅れた。




「本当に、細い体ね」




「あんまりアバラ骨周辺撫でないで。くすぐったいよ」




 狭い浴槽で、姉さんの足の間に座らされている位置。背中から感じる胸の柔らかさ。僕の下半身を挟む太ももの感触。姉さんの匂い。何度も性行為をしたというのに、未だに耐性がつかない。浴槽から出る時、興奮を顕著に現したコイツをどうやって隠そうか。

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