09 ラブアンドピース
誰かが何かを吹き出す音が聞こえた。ご飯かな? スープかな? せめてお茶だといいけど。
話を盗み聞きしているだろう先輩達や先生達は、私の質問にどんな反応をしているのか…。真っ直ぐわろたさんを見ているから窺い知る事は出来ない。
「また面白い事を聞くね、ローリくんは」
フフッとわとたさんから笑いが零れ出る。良かった、気分を悪くはしていないようだ。
「そうだねぇ…。するだろうね、それが主の望みなら」
少し考える素振りを見せてから、わろたさんはそう答えた。
ガタッと大きな音がして反射的にそちらを向くと、スファイ先輩が腰を浮かせているのが見えた。でも直後に他の6年生から頭にチョップを食らって、それ以上動く事はなかった。
同じモノを見ていたわろたさんがまたフフッと笑うので、その声に釣られて視線はわろたさんに戻る。
「主の喜ぶ顔が見られるのなら、喜んで世界征服しよう」
「…情熱的ですねぇ。ドキドキしてきますぅ」
「でも同時に、君達に恨まれる主を見たくはない」
わろたさんの言っている意味がよく分からなくて、首が傾く。
「怖い方法や酷い方法で世界征服したら、主は沢山の人に怖がられてしまうだろう? 特に沢山の人を傷付けでもしたら、救護クラブさん達を悲しませてしまう」
「まぁ、そうですねぇ。ルシア先輩は片っ端に治しそうとすると思いますぅ」
「ローリくんもルシアくんを手伝うだろ? 沢山の人の怪我に悲しんで、一生懸命治そうと奮闘するルシアくんに悲しんで、こんな事を仕出かしたトラモントの主はなんて酷い奴だと恨むようになるだろう。そうなったら、私はとても悲しい」
「わろたさん…」
「お仕えする主が優しい救護クラブさん達に恨まれる、そんな事態は避けたい。私の個人的な望みだがね」
ソッとわろたさんの大きな手が私の頭に置かれ、そしてやさしくゆっくり動く。
わろたさんはこうやって、私の頭を撫でてくれる事がある。
「だが世界征服が主の望みならそれを叶えるのが私の役目。だから私は必死に考える事だろう」
「考える、ですか?」
「君達に恨まれずに、主が世界征服する方法をさ。怖い方法も酷い方法も使わず、誰も傷付けず、主が世界征服してくれて良かったと救護クラブさん達が喜ぶような、そんな夢のような方法を考える」
「…わぁ、壮大な夢。わろたさんは欲張りさんだったんですね」
「そうだよ、私は欲張りなんだ。自分が見たいものと見たくないものをはっきりさせる」
フフッ。3回目の笑みで零して、わろたさんは私の頭から手を離す。
離れていくわろたさんの手と、わろたさんの顔をジッと眺める。
ーーーなら、貴方は何が見たくて何を見たくなくて、あんな事を…。
「ローリくん?」
「いえ。わろたさんなら本当にそんな方法を見付けて、おまけに実現しちゃいそうだなぁと」
「期待されているのなら応えない訳にはいかないねぇ」
アハハと笑ってごまかす。
浮かんだ思いを言葉にしても、そこには答えはない。
「さて、すっかりご相伴にあずかってしまったが、そろそろお暇するとしよう」
「あ、じゃぁ、外までお送りします」
「主役が席を離れる事はない。心配しなくてもちゃんと門を通って出て行くよ」
「無理を言って参加してもらったのにお見送りしない訳にはいきませんよぉ」
席から立つわろたさんに付いて、私も立った。
遠慮するわろたさんに、その手を掴んで絶対お見送りするんだと表情に気合を入れる。
わろたさんは私から一度視線を外すが、すぐに戻してその見える方の目で微笑む。
「では食堂を出た先まで見送ってくれるかな? そこまでなら明るいし、君もすぐに戻れる」
「はぁい!」
提示された妥協案に我が儘は言わず頷く。
友達にもすぐに戻ると言って、わろたさんと並んで食堂の外へと向かう。特に誰からも声を掛けられないので、大丈夫でしょう。
食堂は校舎と寮の真ん中に位置していて、どちらとも渡り廊下で繋がっている。外と繋がる門には校舎側の渡り廊下を行けばいい。
外はすっかり夜空となっていて、明りがなければ真っ暗だ。
「今日はありがとうございましたぁ。でもごめんなさい、わろたさんが帰る時間の事を考えていませんでした…」
「心配はいらない。暗くても道はちゃんと分かるし、誰かに襲われても私は強いから問題なく片付けられる」
「あはは、知っていますよぉ」
わろたさんは強い。
『カログリアシリーズ』の最強格に必ず上げられる。
大抵の魔法も習得している。それも高性能で。
まさに公式公認のチートキャラと言うやつだ。
冷静沈着だけど気さくさもあるマイペースさん。主さんに誠心誠意仕え、立場上の厳しさはあるけど根が優しいから部下にとても慕われている。魔法学園生達の事も気に掛けてくれる。
高身長の怪我持ちイケメンと言うビジュアルもあって、わろたさんが推しキャラになるファンは多い。
一度知れば、そして知れば知る程ハマって抜け出せない! と言われ、ついた呼び名が“カログリアの代表沼”。
でも最終的にファンを惹きつけて止まないのは彼が、『カログリア王国戦記』のラスボスだから。
戦争の初めは、西の地方間で起きた所謂いざこざ。
わろたさんが所属するトラモントの兵士団が参戦していたのだけど、相手方の“最終兵器”の暴発で主さんを含めて多数の負傷者を出した。まだ事態が把握されていない状況で、以前から増強されるトラモントの兵士団を危惧していた中央はどさくさ紛れにトラモントを潰そうと魔法師団を動かした。いざこざの責任を全てトラモントに負わせる形で。
わろたさんは負傷した主さんを、そしてトラモントを守る為にこれを迎え撃とうと放置されていた“最終兵器”を自ら使用……そして破壊の限りを尽くした。
戦争が起きる経緯については2巻目の中盤になって明かされる。
でも、わろたさんの心情は最後まで明かされる事はなかった。
物語の最終局面、わろたさんを止めようとルシア先輩が対峙するけど、悲しげに言葉を綴るだけでわろたさんは止まらず。
ヴァロータ・チャチャイはルシア・ヴァーチュに討たれて、戦争は…物語は終わりを迎える。
「ここまででいいよ。送ってくれてありがとう」
建物の明かりが届かなくなる前まで来て、わろたさんから私は止まるように告げられた。
約束だから、ここまでだ。
「また来てくださいねぇ。あ、そうだ、これ」
「何かな?」
「ハンドクリームですぅ。わろたさんの手、少し荒れているようだったので。ルシア先輩に分けてもらったんですけど、スファイ先輩の目があるところでお渡しするのは後が怖そうだったのでぇ」
「英断だね。ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
「お礼ならルシア先輩に。作ったのはルシア先輩ですからぁ」
お祝いの途中でルシア先輩に貰っていたハンドクリームが入った小瓶をわろたさんに渡す。無事渡せて良かった。
受け取る時に、わざわざ膝をついて私の目線に合わせてくれたわろたさんは実に紳士だ。
怪我もあって見た目で怖がる人もいるけど、わろたさんは優しい人なんだ。
ルシア先輩を前にしても引かず最期までラスボス然としていた『カログリア王国戦記』のわろたさんと、気さくで優しい『テフル魔法学園生シシー』のわろたさん。
このギャップにファンは「何故!?」とその心情を推し量ろうとし、深みにハマる。
私もさっき、何でと聞き掛けた。
今のわろたさんに答えられるはずもないのに。
だけど、そもそも…。
「わろたさん、改めて今日はありがとうございました。お陰で一つ、私もはっきりしました」
「はっきり?」
「見たいのと、見たくないの、です」
ラスボスとなった貴方を見たくない。
その心情を知りたいと思う状況なんて、見たくない。
それは、わろたさんだけじゃない。
ファンの考察にもあるのだ。いや、この場合は妄想遊びと言うのかな。
つまり、戦争が起きなかったとしてこのキャラが、あのキャラが、そのキャラが幸せになるにはどうすればいいか? と。
ファンは『テフル魔法学園生シシー』で和気藹々と楽しく過ごすキャラが…皆が、そのまま幸せな未来を迎える事を望んでくれていた。例え叶わないと知っていても、妄想の中だけでも、と。二次創作していた人もいた。
何か、嬉しいよね。
ファンが望んでくれた未来を私も見たい。
ならーーー
「私はこれから、私が見たいものの為に色々やろうと思います」
見たくないものが沢山あるから、戦争は止める。
同時に見たいものがあるから、その為にやれる事をやる。
やると決めた。
誰の為でもない、私の為に。
「名付けて、ラブアンドピースですぅ!」
目指すはハッピーエンド。
最高にハラハラドキドキしてきたぞぉ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます