第二十三楽章

 水を思う存分飲んだ後、二人で分かれて行動することになった。水月は山奥へ木材採取に、私は食料探しに行った。

 

「んー…」


あまり良い感じの食料がない。どこを見ても、草!草‼草ぁ‼もっとさぁ、キノコだの噛み応えのあるもの無いのかな。


「薫風、調子は?」


「全然…ちょっと村へ下りて、空き家を漁ってみる」


「漁る…か。まぁ、頑張って!」


段々と増えてゆく折れた木。大小、重さ、様々な種類の木の棒が積んである。重い木は山の斜面を利用して引きずったのか、少し傷が付いていた。


「行ってくるねぇ~」


「いってら~」


木漏れ日を頬や腕に感じながら、下りてゆく。水の流れに沿って下る。意外と早くに村の水路が見えてきた。広大な畑が広がる。


「畑…か」


余裕があったら、何か育ててみるのも良いかもしれない。でも山間部で育つ物って、何かあったかな。…って、今は空き家探ししないと。


「空き家、空き家……」


水路の右に位置するこの家は…中から人の声がする。続いて隣の(隣というにはとても離れているが)建物は、倉庫のようだった。


「倉庫か…」


何か使えそうなものがあるかもしれない。そう期待しながら、倉庫の引き戸をそっと右へずらす。中からは鉄や土の混ざった匂いがした。


「おっ!」


何かが布に包まれた腰ほどの高さがある物の上に、マッチ棒が大量に入った箱が数個置いてあった。火を起こすことが出来るマッチは、持っていたら便利だ。


「……」


これは…頂いても良いお品なのだろうか?一箱ぐらい……良いですかね?う———ん……仕方ない!すみません、一つ頂戴します!マッチの持ち主に胸の内で謝罪しながら、一箱腰下げポーチに突っ込んだ。


「ふぅ……」


なんだかんだで罪悪感がすごい。でも、仕方ないんだ。気持ちを切り替えて、次行こう。倉庫の外へ出ようと引き戸へ手をかけたとき、外から声がした。


「……」


これ、ヤバい状況では?倉庫にて、存じぬ者がコソコソしている……超絶怪しい行動をしてしまっている。言い訳も出来ない。声が段々と近くへ迫ってくる。


「ヤベぇ…」


頼む!倉庫へは来ないでくれ!


「次はどこへ?」


「この家…?いや、倉庫か」


聞こえてしまった。今一番聞きたくない言葉、”倉庫”を聞いてしまった。嘘だろ……。引き戸からなるべく距離を取り、木製の椅子の後ろへと膝をつく。


「では……開けますね」


「ああ、頼む」


引き戸から、光が差し込んでくる。この光は危機へと誘い込むのか…それとも、希望なのか……。


「誰もいませんね……どうかしましたか?」


「はぁ…まったく、風の声をよく聞け。そこにいるではないか」


風の声?もしや…いや、もしかしなくともそんな最悪なことがあるのだろうか。もしそうなら、私はどれ程運が悪いのだろう。それとも運を使い果たしたのか?


「えっ?どこです?」


「はぁ…そこの椅子の後ろだ」


イスノウシロ…どの椅子ですか?


「どの椅子…ですか?」


「そこの木製のヤツだ」


後は野となれ山となれ‼椅子の後ろから飛び出し、入り口の二人組に向かって体当たりしに行く。光の差し込む扉を勢いよく大きく開く。この光を希望へと変えてみせるつもりでこじ開ける。


「うわぁ!な…何ですか?一体何が」


「やかましいなぁ…」


やはりあの二人組は、風の民だった。同じポンチョを身にまとっていた。


ピュ―――


景色が後戻りした…?髪が後ろへとなびく。前へ足を踏み出しても、後ろへと進む。前へと足を踏み出すのが重い。


「まさか、こんなに簡単に見つかるなんてね」


「あ……はい!」


「あなたはもっと笛の練習をしておくように」


倉庫へと引き戻された。前から吹く強風は止んだ。でも……後ろには、あの二人組がいる。慌てて腰下げポーチに手を伸ばす。水で対抗出来るか分かんないけど、吹くしかない!


「ほら、早く」


「あ……ハイ!」


腕を掴まれた。痛くは無いが、すごい力だ。動かそうとしても微動だにせず、利き手の右手が使えなくなった。ならば左手。


「笛、しばらく預からせてもらう」


腕を掴んでない方が、私のポーチから笛を抜き取った。絶体絶命。そんな言葉が似合う。


「お前が例の逃亡者か?」


「…………」


嘘を言っても無駄か?でも、一応試してみるのも良いかもしれない。


「逃亡者か?」


「違う」


「はぁ…じゃぁ、何故ここにいる?」


「あなた達と同じく…逃亡者を探してました」


切り抜けられるか?


「ふーん…で、この笛は?」


「それは……」


水の民の笛なんて、どうやって言い訳したら良いんだ‼


「もう一度聞く。最後のチャンスだ。お前が逃亡者か?」


「……はい」


顔を上げ、二人組の顔を見る。一人はまだ年下の男の子だった。知らない人だ。でも…もう一人の女の人は知っていた。


「御神子…」


風を巧みに操れる程に笛の音色が美しく、聞く者を魅了する人物。集落のリーダー的存在。


「では、帰るぞ」


腕は掴まれたまま。どうやら今は笛もないし、相手は御神子。抗うのは無駄な体力消費になりうる。


「水月……」


大丈夫、隙をついて笛を奪えば…。あの懐かしくも憎い山が、一歩づつ近づいてくる。山に近づくにつれ、小さい頃の記憶が蘇る。


「御神子、青嵐は……どうなったんだ?」


「言わなくとも分かるだろう。ったく、あんなに簡単な任務を与えてやったのに」


その言葉と共に、腕を掴んでいた男の子の顔が険しくなったのは気のせいだろう。ふと、あの本の著者の願いを叶えてみたい……そう思ってしまった。

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