新年の挨拶と仕事初め

「ハッピーニューイヤー!」 TVの向こうで司会のピン芸人、アナウンサー、そして数組のアーティスト達が喜びの声をあげている。新年とは「めでたい」ものらしいけれど、この世に生を受けてからおよそ15年の間、心の底から新年を「祝福」した記憶が僕には無い。僕側の思想に問題があるのか、それ自体が理由なき同調なのかは到底不明だが、画面の向こう側の人たちは全くと言って良いくらい偽りなく「祝福」の心を持っているように見える。


それは出役の人達が、たまたま純粋無垢だったからなのか。いやいやそんなことはなく、仮面的笑顔を作る事も一つの「仕事」としているからなのか。いずれにせよ、大人になった暁には「あけましておめでとうを上手に言える証=免許」みたいなものが、知らぬ間に天から与えられるのだろう。


それでも皆がしてるから「あけましておめでとう!今年もよろしく!」と毎年懲りずに、通信アプリの入力欄にスマホのキーボードで打ち込んでいるのも、これまた事実なのだが。



回線が混雑している影響でAM00:00に送ったはずのメッセージは、少しばかり遅れて友人と家族に届いた様だ。そしてその中で一番返信が早かったのは、意外にもユウジだった。


「タイトあけましておめでとう!突然で悪いが、1月5日の13:00頃に署まで来てくれないか?」


新年の挨拶も早々に「仕事初め」のご案内である。ご存知の通りまだまだ僕は「高校1年生」であり、ろくにアルバイトをしたことすらない。それでも「元旦から仕事の話はやめてよお」と、つい独り言で呟いてしまった。今後長く続くであろう人生において、あと何回似たようなシチュエーションが訪れるものなのだろうか。


そうだそうだ。この前流れてきたショート動画から学んだ「目上の人に対して「了解」という単語はNG、こういう時には「承知」がふさわしい」という、社会的知識を使う時が早速来た。


「承知しました!」とすかさず返して、僕はまた大人に近づいた!と謎の満足感に包まれる。今年の目標は「人と違う事」を恐れずに行動すること。クラスにいる約40人の中で、時と場を限らず「僕にしかできない事」を積極的にしていくつもりだ。


この了解と承知の違いだって、そのショート動画に「いいね」をして「保存」などをしている同級生は他にいるのだろうか。違いを楽しむ事にある種「快楽」を覚え始めてきた僕は、もしかすると無敵である説まで浮上してくる。


クラスの中で目立つ人間でも無ければ、自ら発言をするタイプでもない。でも「サイレントマジョリティ=積極的に発言をしない数多くの人々」と化すのも本意ではない。現状少し毛色は違うかもしれないが、「前向きな個」を意識した年間目標においては、好スタートを切ったと言ってよさそうである。


「来年からは明けまして…お願いしますって言おうかな」


僕はまだまだ、人生の引き出し数が圧倒的に少ないと感じる。それは語彙力や知識、感情のコントロール等も含め、それはもう多岐にわたる。こんな状態でディベート対決でもしようものなら、ボロが沢山出てきて目も当てられない敗戦を喫するだろう。


ふと脳裏に不二田の顔が浮かび上がり「ふん!ふん!」と左右に首を大きく振ることで、僕は乱数調整を施した。これでもう「敗戦濃厚な試合」が来る事もなくなり、いつも通りの僕に戻れたはずである。

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