《第二十一章》日高くんへの告白
七月十六日。火曜日の放課後(月曜日は海の日でお休みだったの)。
わたしは音楽準備室で、日高くんの指導の元、基礎練習をしていた。
メトロノームの音に合わせて、教則本の通りにスネアドラムをたたいていく。
最初は全くテンポ通りにたたけなかったけど、今は思い通りに手が動いている。
(本当に成長したなぁ、わたし。地区予選でもミスしなかったし……)
ちなみに吹奏楽コンクールの県大会が行われるのは、八月三日の土曜日。
それまでに、地区予選の時よりもレベルの高い演奏をすることが、今の部の目標だ。
(どうせなら県大会も通過したいよね。……でも、その前に……)
「今日の基礎練習はここまでにしよう。おつかれさま、小夜さん」
「今日も練習を見てくれてありがとう!」
わたしはぺこっとおじぎをすると、黒い台の上にバチを置いた。
それから日高くんをじっと見つめる。
「ねえ、日高くん……そろそろ好きな人のことについて話そうと思うんだけど、いい?」
「うん。おれも、その話をしようかなって思ってた」
日高くんが表情を改めて言った。
「それじゃあ、わたしから話すね」
日高くんがこくりとうなずく。
「初めに、好きな人を言う前に……一つ、伝えておきたいことがあるの」
「伝えておきたいこと?」
首をかしげる日高くんを見て、わたしは大きくうなずいた。
「うん。……わたしね、人魚姫の病っていうめずらしい病気にかかってるんだ」
「えっ!? 小夜さんも人魚姫の病なの?」
日高くんが大きく目を見開いた。
「小夜さん『も』ってどういうこと? 日高くんもそうなの?」
思わずたずねると、日高くんは首を横にふった。
「いや、おれじゃなくて……これから話すことは、だれにも言わないでもらえる?」
「もちろんヒミツにするよ」
「ありがとう。……実はあかりが人魚姫の病にかかってるんだ」
「に、西野さんが……?」
わたしは言葉を失ってしまった。
「うん。病気になったのは小五の時。あかりの両親は、心配して学校を休ませようとしたんだけど、あかりはイヤだって言って、好きな人を作らないように注意しながら通学してるんだ。おれはそんなあかりを応援してて」
「そうだったんだ……。それじゃあ、人魚姫の病の厄介な症状も知ってる?」
「知ってる。三つあって、症状が出たら死ぬって聞いてる。……ゴメン。それなのに、おれ、好きな人を教えてほしいだなんて言っちゃって。イヤな思いをさせたよね」
日高くんがかたい表情で言う。
わたしはあわてて首を横にふった。
「気にしないで。普通、人魚姫の病の人が身近に二人もいるなんて思わないよ。ただ気になったんだけど、西野さんは日高くんのことが好きなんじゃないの……?」
「ああ、よくかん違いされるんだけど、おれとあかりは幼なじみで親友なんだ。大事な音楽仲間でもある。だからお互いに恋愛感情はないんだ」
「そうなんだ……。ねえ、念のため西野さんに確認してきてもいい?」
「えっ? それは構わないけど……」
と言う日高くんに「それじゃあ聞いてくるね」と言い、わたしは音楽準備室を出た。
トランペットパートの練習場所は、となりの音楽室。
扉の前に立つと、イスにすわった西野さんが姿勢よくトランペットを吹いていた。
わたしは、練習のじゃまをするのは悪いなと思いつつ、西野さんの背中に声をかけた。
「西野さん、ちょっといいかな?」
「――っ?」
ふり返った西野さんに手招きすると、西野さんは眉をひそめた。
だけど、トランペットパートの部員たちに「ちょっとすみません」と言い、トランペットを持って、つかつかとわたしのところまで歩いてくる。
「何の用? 今、練習中なんだけど」
わたしは、そっちだって打楽器の練習中、音楽準備室にきていたじゃないという言葉を飲みこんで、「ちょっと聞きたいことがあって」と言って通路の中ほどに移動した。
「何よ、聞きたいことって」
「あのね、これから日高くんに好きって告白しようと思うんだけど、西野さんは恋愛って意味で日高くんのことが好き?」
「は、はぁ??」
西野さんが、面食らったような顔つきになった。
「陽斗のことは親友って意味で好きだけど……告白するってどういうこと??」
「えっと、それはね……」
わたしは日高くんと、吹奏楽コンクールの地区予選を通過したら好きな人を告白し合う約束をしていたこと、そして人魚姫の病だと日高くんに明かしたこと、それから西野さんが人魚姫の病だと日高くんから聞いたことを告げた。
「ちょっと待って。それ、一大事じゃない。もし陽斗が小夜さんを好きじゃなかったら、小夜さん、死んじゃうじゃない。その告白に、あたしも立ち会わせて」
西野さんがまじめな顔になって言った。
「えっ? でも……」
「いいから。行くよ」
西野さんの言葉におされて、わたしは音楽準備室にもどった。
わたしの背後にいる西野さんを見て、日高くんが目を丸くする。
「あかり? えっ、どうしてきたんだ?」
「小夜さんから、好きな人を告白し合うって聞いたから立ち合いにきたの。――小夜さん、本当に好きな人を陽斗に教えるのね?」
「うん。もう覚悟は決めてある」
わたしはしんけんな口調で答えた。
「……そう。それじゃあ告白して」
「分かった」
わたしは意を決すると、日高くんのほうを向いた。
じっと見つめてくる日高くんと目を合わせて、口を開く。
「……わたしの好きな人は……好きな人は……日高くんですっ!」
「――陽斗っ、小夜さんを好きだって言いなさい! 気に入ってるんでしょ!?」
「えっ!? ちょっと待って、ちょっと待って。頭が追いつかない!」
日高くんが両手を掲げて言った。
「ええと、小夜さんの好きな人は天宮先輩じゃないの?」
「へっ? どうして天宮先輩が出てくるの?」
わたしは思わずつっこんでしまった。
「だって、わざわざ昼休みに天宮先輩に打楽器を教わってたから……。あれで、ああ、小夜さんの好きな人は、おれじゃなくて天宮先輩なんだと思って」
「あ、あれは、日高くんを地区予選の演奏でメロメロにしようと思って、打楽器の演奏をレベルアップさせるために、天宮先輩の力を貸してもらったの」
「そうだったんだ……。それじゃあおれたち、両想いだね!」
「えっ? りょ、両想い……って言った?」
目を見開くわたしの右手を、日高くんが両手で包んだ。
「うん。おれ、小夜さんのことが好きなんだ」
日高くんが優しいまなざしで言う。
「ほ、本当に……?」
恐る恐るわたしは聞いた。
「うん。リズムおんちって分かった時、部活をやめずに打楽器を練習するって言ってくれた時は、すごく優しいと思ったし、強いなって思ったんだ。それに、いっしょけんめい練習して、地区予選で完璧な演奏をしたのは、本当にすごいことだよ。小夜さんは努力の天才! 小夜さんに入部してもらってよかった」
日高くんが晴れやかな顔で言う。
わたしの胸が、ドキン! と大きく音を立てた。
「それは、日高くんが優しく教えてくれたから、がんばれたんだよ。リズムおんちのわたしを、ここまで導いてくれて本当にありがとう。わたしも吹奏楽部に入ってよかった。これからも日高くんのそばで、楽しく打楽器を演奏していきたい」
日高くんの手にそっと左手を重ねると、日高くんが照れくさそうに笑った。
「ありがとう。それじゃあおれたち、今日から恋人同士ってことでいいかな?」
「もちろん!」
わたしは大きくうなずくと、笑顔になった。
「……あ~、よかった。小夜さんが無事で……」
西野さんが心底ほっとしたような声を出す。
わたしと日高くんは、はっとして西野さんを見た。
「陽斗が、打楽器をいっしょけんめい演奏する小夜さんを好きって言うなら、あたしはもう何も言わない。……それに小夜さんも、地区予選では結構いい演奏してたと思うしね。マレットを落とした時はもうダメかと思ったけど」
「西野さん……ありがとう!」
心の底から言うと、西野さんはふっと笑った。
「それじゃあ、あたしは練習にもどるから。二人ともお幸せにね」
「ありがとう、あかり」
日高くんの言葉にひらっと手をふると、西野さんは音楽準備室を出ていった。
その姿を見送っていたわたしは、あっ、そうだ! と目を見開いた。
「ねえ日高くん、西野さんから聞いてると思うけど、人魚姫の病になると、魚のうろこみたいな黒いあざができるの。でも完治したら消えるはずだから、どうなったか見てみる!」
「! うん、あかりから聞いてるよ。確認してみて」
わたしはうなずくと、日高くんと手を離し、通学鞄の入っている棚に向かった。
茶色のチェックのリボンをほどいて、ブラウスのボタンを一つ外す。
それから、通学鞄の中にあるポーチにしまっていた手鏡を取り出し、左の胸元を映した。
あらわになった左の胸元に……今まであった黒いあざはない!
「ひ、日高くんっ! 消えてる! あざ、消えてるよっ!」
「ほ、本当に?」
「うん! なくなってるっ」
わたしは手鏡を通学鞄の中にしまい、ブラウスのボタンをとめてリボンを結んだ。
熱い感情がこみ上げる中、ふり返って日高くんを見たら、ぶわっと涙があふれてきた。
「わたし、治ったよ。病気、治ったっ」
黒いあざが消えたことで、治ったってことを実感して、ぽろぽろと涙がとまらない。
そんなわたしを見て、日高くんが早足でやってきた。
そして、わたしをそっと抱き寄せる。
日高くんの温かい体温を感じた。
「よかった。小夜さんの病気が治って本当によかった……」
日高くんの声が震えている……。
ひょっとしたら日高くんも、涙がこみ上げてきたのかもしれない。
わたしは日高くんの背中に腕を回すと、目を閉じて日高くんの肩に顔をうずめた。
「……ありがとう、日高くん……」
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