《第十四章》日高くんの思い
楽譜とにらめっこしながら、グロッケンを一音一音たたいていく。
天宮先輩は「かんたん」なんて言っていたけど、自由曲は、わたしには難しい。
だから同じメロディーをくり返したたいて覚えていった。
「――そう言えば、今、何時だろ」
ふり返って音楽準備室の扉の上にある時計を見ると、午後六時半を回っていた。
「わわっ! もうこんな時間? 帰らないとっ」
一人で居残り練習していたわたしは、急いでマレットを黒い台の上に置いた。
それから、譜面台の上に置いていた楽譜を棚の中にしまう。
通学鞄を棚の中から取り出して肩にかけると、音楽準備室を見回した。
「わすれものはなし、と」
最後に音楽準備室の電灯を消して、扉から出た。
パタンと扉を閉じると、視界の端にだれかの姿が映る。
「えっ、日高くん?」
通路の中ほどにいたのは、通学鞄を肩にかけた日高くんだった。
少し気まずそうに見えるのは、気のせい……?
「……おつかれさま、小夜さん」
「おつかれさま……。えっと、何してるの?」
と聞くと、日高くんがわたしの元まで歩いてきた。
「小夜さんはすごいね」
「えっ? 何が?」
目を丸くするわたしを見て、日高くんがぎこちなく笑った。
「天宮先輩に、グロッケンとシロフォンを教えてもらってたでしょ。おれ、天宮先輩を見たの、これで三回目だよ。一回目は三年二組に入部のあいさつをしに行った時。その時に、天宮先輩から合奏の時にしか練習にこない、って言われたんだ。二回目は曲のパートを決める時。適当に決めてって言われて、遠坂先生と相談してパートを割りふったんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
「うん……。そんなふうに天才肌で、マイペースな人だからさ……天宮先輩に練習を見てほしいってお願いするの、大変だったんじゃない?」
日高くんがしんけんな顔になって言う。
「確かに大変だったけど、早く自由曲を演奏できるようになりたいと思って、無我夢中だったから……」
「それ……おれが個人練習しようって言って、小夜さんを追いつめたせいだよね。――本当にゴメン!」
がばっと日高くんが頭を下げた。
「えっ!? あ、頭を上げて、日高くんっ!」
わたしはわたわたと両手を動かした。
日高くんがゆっくりと頭を上げる。
眉がぎゅっと寄っていた。
「おれ……小夜さんがあかりの言葉にまどわされたことが、ショックだったんだ。小夜さんとは楽しく練習してきたつもりだったから……。あかりには、もうまぎらわしいことは言わないように注意しておいたから。だから――」
そこで言葉をくぎると、日高くんは意を決したように言った。
「また、おれといっしょに練習しない?」
「日高くん……でも、本当にいいの? わたし、日高くんの練習のジャマになってない?」
「……ひょっとして、おれの妹のこと気にしてくれてる?」
わたしが無言でうなずくと、日高くんはふっと笑った。
「妹の瑠奈はさ、みんなで楽しく演奏するのが好きだったんだ。だからいっしょに練習したい。それにおれ、家で打楽器の練習をしてるから安心して。必ずプロになるから大丈夫。それに最近、瑠奈は作曲家になるっていう夢を持つようになってさ。あかりにも、瑠奈のことを心配しすぎるなって言っておいたから」
力強い日高くんの言葉を受けて、わたしはゆっくりと肩の力をぬいた。
「……分かった。ありがとう。わたしも、また日高くんに教わりたい」
「よかった。打楽器のことはおれに任せて」
そう言って日高くんが笑った。
わたしも「よろしくお願いします」と言って微笑み返す。
こうして、わたしと日高くんの仲は元にもどったのだった。
五月二十日。月曜日の朝。
吹奏楽部の朝練にて、わたしは日高くんからグロッケンのたたき方を教わっていた。
グロッケンの前に立つわたしの横に、日高くんが立っている。
日高くんは、わたしが持っているマレットを見て言った。
「まず、マレットの持ち方だけど、基本的にはバチと同じ。親指と人差し指でつまんで、その他の指でにぎるんだ。バチよりも持つ部分が細いから、最初は慣れないと思うけど」
「うん、マレットって細いよね。お箸の先っぽくらいの太さかも」
と言いつつ、わたしは言われた通りにマレットをにぎった。
「お箸の先っぽ……確かにそれくらいの太さだね」
日高くんはふっと笑って言った。
「次にたたき方だけど、肘を支点にして、肘から下の腕全体を上下に動かしてたたくんだ。一回たたいてみてもらえる? ドレミファソラシドって」
「分かった」
ド、レェ、ミ、ファァ、ソ、ラ、シィ、ド
と、わたしは慎重にたたいていった。
「あ、手首が動いてるから、音の響きにバラつきがあるね。手首が動くとマレットの当たり方が安定しないから、固定してみて」
「あ、手首は動かさないんだ! 了解っ」
わたしはマレットを構えると、もう一度たたき始めた。
ドォ、レェ、ミィ、ファァ、ソォ、ラァ、シィ、ドォ
「あ、ちゃんと音が響いてる感じがする!」
思わず弾んだ声が出た。
「いいね。この感じを覚えてて。シロフォンをたたく時も同じだから。鍵盤打楽器はキレイに音を響かせるのが大事なんだ。つぶれた音は出しちゃダメ」
「分かった。意識してみるね」
「うん。それじゃあ、自由曲の練習をしていこう」
「は~い!」
わたしは早速、楽譜を開いた。
こうして日高くんに自由曲を教わって、合奏日までに演奏できるようになった。
合奏では今までの練習の成果を出して、日高くんに、
「小夜さん、すごいよ! ステキな音色だね……」
ってほめてもらえるような演奏をするつもり!
(ふふふ、わたしの演奏で日高くんをメロメロにするんだ~。目指せ、両想い!)
あっ、それとね、日高くんと二人で、東風谷先輩に仲直りしたことを伝えたの。
そしたら先輩すっごく喜んでくれて、わたしたちは心配をかけたことを謝ったんだ。
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