第12話 星の架け橋【フェニス第3従響星】
リメアは空を見上げたまま、立ちつくす。
眼下のすり鉢状に掘られた巨大な穴から、天に向かってどこまでも伸びる塔、コズミックストリング。
二重螺旋構造から伸びる無数の糸は、穴の壁面にびっしりと建つ施設へとそれぞれ繋がっている。
目を凝らせば、糸の中をデータ化されたエネルギーが光速で駆け上っていく。
穴の中央から宇宙に向かって伸びる星間エレベーターは途中で折れ曲がり、朽ち果て残骸と化していた。
「リメア様、再起動、お待たせしまシタ」
赤く目を腫らした少女の隣に、銀色の球体が浮かび上がり、申し訳無さそうにうなだれる。
「……間に合ってよかった。1人で向かうの、本当はちょっと、心細かったんだ」
「………………記憶のログ、確認いたしまシタ。リメア様……」
「……大丈夫。大丈夫だから」
言いながらリメアは、手のひらに髪留めを生成する。
「それハ、アリシア様から以前頂いタ……」
「うん、本物は持っていけないから、アリシアの……お墓に置いてきたんだ」
パチン、と髪を斜めに止めると、髪留めがキラリと輝いた。
「ねぇ、リッキー」
「ハイ、リメア様」
「精霊から、妨害を受けたときのこと、覚えてる?」
「ええ、ハッキリと」
「アリシアの魂、エーテルに仮固定したまま、精霊に取られちゃったよね?」
「……おそらくハ」
「わたし、アリシアの魂を、取り戻そうと思うの!」
「…………実現できる可能性は、ゼロではないと、思いマス……」
「コズミックストリング、跳躍フルで使って駆け上がったら――フェニスは追いつけると思う?」
「リメア様……本気、デスか……?」
「大真面目だよ! 冗談でこんなこと、言わないよっ」
白い歯を見せて笑うリメア。
「…………検証、してみマスね」
「お願い、リッキー」
「……」
「……」
沈黙が、流れる。
まるで、2人の間だけ時間が止まっているようだった。
空気が異様に重たい。
「…………なんだか長くない?」
しびれを切らしたリメアが、口を尖らせて尋ねる。
リッキーは赤や青のランプを明滅させた後、申し訳無さそうに言った。
「……リメア様、ワタクシの計算能力は、そノ。……リメア様の脳に、依存しています」
1拍置いて、リメアはプッと吹き出した。
「ちょっと、リッキーひどい! わたしが、おバカだって言いたいの? 確かにわたしは難しいことを考えるの苦手だけど――」
おどけて見せる少女に、リッキーは、ためらいながらも、明確に、そこに横たわる事実を告げる。
「リメア様の脳内では、膨大な感情を処理しきれておらズ、計算領域の96%をも……圧迫していマス……」
「……!」
途端、リメアの表情が険しくなる。
なにか言いかけた口を閉じ、一呼吸置いてから、抑揚のない声で指示を繰り返した。
「…………いいから。…………計算、続けてよ」
「……ハイ、かしこまりまシタ……」
今更焦ったところで、状況は何1つ変わらないってことぐらい、リメア自身も理解している。
だが、冷静になろうとしても、明るく振る舞おうとしても、心は置いてきぼりのままで、動いてくれなかった。
焦りと怒りの感情だけが、彼女を無理やり前へと進ませている。
「……大変お待たせしまシタ。フェニス第3従響星より主律星フェニスまで、おおよそ10億キロ。仮に1週間で到着する場合、時速600万キロほどの速度が必要デス」
「……1週間は長い、長いよ。半分で!」
「無茶デス、リメア様……約3日ですと、時速1400万キロほどの速度が必要デス。しかし、その場合のエーテル消費量は膨大、体にも相当な負担がかかりマス」
「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫だから」
リメアは青空を見上げ、眉間に皺を寄せた。
「体組織、変換開始……!」
全身の細胞という細胞が、淡い発光を始める。
「えぇっ、今からデスか!? もっと、落ち着かれて、準備してカラ出発されては――」
「いいのっ!」
ぎゅっと目を固くつぶり、リッキーの制止を跳ねのける。
「動かないと、頭が、おかしくなりそうなの!!」
リメアはポシェットの紐をぎゅっと握りしめる。
「……リメア様、おひとつよろしいでショウか?」
「なに!? こんなときに!」
銀色の玉からは、表情を読み取ることができない。
少し考え込んだリッキーは、言い辛そうに尋ねてくる。
「そノ……アリシア様のお体は……、どちらニ?」
「――埋めたよ」
リメアはリッキーから視線を外し、再び空へ顔を向ける。
「きれいな丘に、埋めてあげたの。きっとアリシアも、あの場所が好きだから」
「………………そう、デスか。……全部、分かりまシタ。リメア様の、お望みのままニ。ワタクシは、なにがあったとしても、最後までお供いたしマス」
観念したのか、リッキーはため息混じりにそう答え、もう何も口出しをしてこなくなった。
リメアは体を屈め、足に力を貯める。
体内のエーテルが臨界に達し、浮き上がる銀髪の毛先で七色の粒子が弾け始めた。
「行くよっ!!」
力の本流が体の中を駆け巡る。
足下で、爆ぜる大地。
塔に沿う形で、弾丸の如く垂直に飛び上がる。
キン、と音速を超えた衝撃が大気を揺さぶった。
瞬く間に迫り来る雲の群れ。
表皮が一気に熱を持ち始め、リメアはエーテルと化した体を空気抵抗の少ない5次元空間に滑り込ませた。
それでもかかり続ける強烈なGは、体を均等に圧し潰してくる。
背骨と頭蓋、肋骨や内臓がたまらず悲鳴を上げた。
「――っ!」
反射的に加速が弱まる。
最大出力の長時間跳躍はやはり厳しい。
水面から飛び出すように次元の壁をくぐり抜け、元いた空間へと戻って来た。
(ふぅ……思ったより、キツ……うっ!?)
飛び出した瞬間に大気の薄さに驚いたリメア。
慌てて半透明なエーテルの膜で、体を包み込む。
なんとか呼吸を確保し、ホッと一息。
地平線が青白く光を放ち、高層ビルのように巨大な人工太陽のレールは、大きな影を大地に落としている。
リメアはすでに、宇宙と大気圏の境目まで辿り着いていた。
「言いたいことは山程ありマスが……長距離跳躍の記録更新デス」
不服そうなリッキーの声が、頭の中で響いた。大気が薄いため、発話はこの先厳しくなる。
先程までいた地表の微細な凹凸は、もはや肉眼では目視不可。
代わりに、従響星の輪郭を視界に収めることができた。
「……」
感情に浸っている場合ではない。
少女は惑星に背を向け、星の海へと体を向けた。
闇に向かってどこまでもエーテルの大紐が伸びている。
先端は見えず、主律星らしき天体すらまだ見えない。
(まだ、まだっ……)
歯を食いしばってストリングを蹴飛ばし、助走をつける。
重力からほとんど解き放たれたからか、歩幅が広い。
高密度に編まれたストリングからの僅かな引力以外、彼女を引き止められるものは存在しない。
(――もっと、もっと速くッ!)
手足から不安定なエーテルを激しく放出し、再び力任せに跳躍した。
「リメア様、エーテルのロスが無視できないレベルに到達していマス! 燃費が、30%近く悪化中!」
(わかってるよ!)
筋肉が、骨が、細胞がバラバラになりそうな勢いの中で、翡翠色の瞳だけが、爛々と輝いていた。
宇宙空間に漂う小石が、膜を貫通し頬をかすめる。
(痛っ!)
パックリと裂けた傷口から、血の代わりに輝くエーテルが尾を引いて溢れ落ちた。
「速度が、体を覆っているエーテル障壁の強度限界を大幅に超えてマス! 減速ヲ――》
(減速するぐらいだったら、もっと出力を上げてやる!)
激しく消耗するエーテルに、意識を持っていかれそうになりながらも、なんとかこらえて前を向く。
今度は正面から、30メートル級の隕石が迫り来る。
(邪魔ッ!!)
振り抜いた拳。
後方で、隕石が砕け散った。
「……ハァ……」
特大のため息が耳元で吐き出されるも、聞こえないふりをする。
星々の光は無数の線となり、目にも止まらぬ速さで後方へと流れていった。
(体中が痛い……。もうこれくらいで加速は限界。あとはこのまま、速度を維持しよう――)
ようやく無謀な加速を諦めたリメアは、体を丸め、膝を抱く。
従響星の重力圏から脱した今。
真空の昏い大海の中では、慣性は一切殺されない。
実際、リメアは恐ろしい速さで主律星への道のりを進んでいる。
ただ、宇宙の広さは、それを遥かに凌ぐ。
額に浮かんだ汗に張り付いた髪を振り解き、後ろ髪を束ねて毛先を見た。
エーテル放出による加速を繰り返したことで、銀髪に貯蓄していたエネルギーをかなり消費してしまった。
髪の長さは地上にいた時の5分の3ほどの長さになってしまっている。
音が一切感じられない、孤独な空間。
変わり映えしない星の煌めき。
延々と伸びるコズミックストリングの道標がなければ、自分のいる場所さえ失いかねない。
心細さに耐えかねたリメアは髪をいじりながら、リッキーに話しかけた。
(そういえばさ、リッキー。精霊は、なんで邪魔なんてしてきたのかな……?)
「わかりまセン。ただ、本来はこの星団の環境整備を行っていた存在デス。何らかのエラーか、意思の疎通に問題が発生しているとしか考えられまセン」
(こんなの、絶対間違ってるよね……うん、間違ってる)
エネルギーの分配ではなく、一方的な搾取。
狂った法整備。
虐げられる孤児。
何1つ、納得できることがない。
リメアはもし精霊に会ったら、なにから話してやろうかと、ひたすら考え続けた。
他のことを、思考する暇を与えないように。
仮眠と進路調整を繰り返し、時折浮遊する隕石を押し除けてと、随分と長い時間が過ぎ去った。
ようやく、大紐の遥か先に、光が見え始める。
(リッキー、あれ!)
「ええ、間違いありまセン。主律星デス!」
目を凝らせば、薄緑色に輝く天体と、人工太陽がなんとか見える。
暫く進んで主律星が親指の爪ほどの大きさになった時、リメアは気がついた。
主律星がエネルギーを吸い上げているのは、第3従響星だけからではない、という事実に。
合計4本のコズミックストリングが、中央の主律星へと集約している。
(アリシアみたいな子が、他にももっといるってこと?)
「可能性としては、非常に高いデス」
(そんな……。ひどい……! ひどすぎる!)
四方から鎖で縛られているようにも見えるその星を、ただただ睨めつける。
それしかできないことが、悔しくてたまらない。
「リメア様、そろそろ減速ヲ」
(…………わかった)
昏い感情を無理やり胸の奥に押し込んで、目先の行動に集中する。
星の地表が視界を覆い尽くすほどの大きさとなり、リメアは身を捩って体勢を整えた。
主律星の重力に、体が引き寄せられ始める。
主律星の人工太陽レールを通り過ぎ、目標地点に目を凝らした。
ちょうど太陽は星の裏側にある。
つまり、こちら側は夜。
リメアは星に向かって片手を伸ばし、複数回に分けて、エーテルを放出。
コズミックストリングの網目が目視可能な速度まで、速度を落とす。
「リメア様! 右に3°修正、放出量5%増やしてくだサイ!」
(やってるよ!)
チリチリと障壁から音がする。
すでに、大気圏に突入していた。
雲を突き抜け、着陸予定地があらわになる。
運がいいことに、陸地だ。
人気の少ない、山岳帯。
都市部じゃなくてよかったと、胸を撫で下ろす。
自由落下の速度に調節し、エーテルの保護を解除した。
「っ!」
痛みを感じるほどの風が、体全体に叩きつけられる。
まとまっていた銀髪が、うなじの後ろで盛大に踊り狂う。
顔にかかった前髪をかきあげ、着陸に備えた。
「…………変デス、リメア様」
「えぇっ? なにが!?」
風切り音に負けないよう、大声で聞き返す。
「地表の景色に、一定間隔におけるパターンを検出、――ッ! リメア様、気をつけてくだサイ! あれハ――本物の地面じゃありまセン! ホログラムデスッ!」
「うそっ!?」
慌てて受身の態勢を取るリメア。
着陸寸前、タイミングよく放出されたエーテルを受け止め、大地は激しく窪んだ。
耳をつんざくような金属の破断音。
直後、足先から脳天まで、走り抜ける衝撃。
じぃぃん、と足の裏から遅れて痛みが登ってきた。
「硬っっったぁぁぁ……」
従響星とは異なり、土の層はわずかしかない。
足をどければ、下からは光沢のある銀色の地表が覗いた。
まばらに吹き飛ばされた土の間から見える、“大気成分調整配管”と読める掠れた巨大文字。
「なに、これ……」
周囲の赤茶けた荒涼とした山々は、すべて立体映像。
吹いている風も、どこか規則性を感じさせる。
「り、リメア様!」
「今度はどうしたの、リッキー!?」
慌てて振り向いたリメアは、球体に詰め寄る。
「あぁ、リメア様……、お洋服の丈ガ……」
「ワンピースの丈が、どうしたって――」
見れば、膝下まであったはずのスカートから、膝が丸ごと出てしまっている。
寸足らずで、バランスが悪い。
おかしい。
服をエーテルに転換した覚えはない。
リッキーはクルクルとリメアの周囲を回りながら測定し、嬉しそうに跳ねる。
「リメア様のエーテル擬態元素で構築されたお体は、精神に影響を大きく受けマス。これほど背が伸びたということは、短期間で精神的にかなり成長なされた証デス!」
「あんな事があった後で背が伸びたって、全然、喜べないよ……」
「……お気持ちを察スルことができず、大変失礼しまシタ……」
「…………」
苦々しい面持ちで唇を噛み締めながら、エーテルを白い糸に変換し織り込み、裾を延長する。
ちょうど、太陽が登る頃合いだった。
果てしなく広がる荒野に、真っ直ぐ伸びたアスファルト。
地平線に広がる、銀色の建築物。
その隙間から放たれたまばゆい曙光が、眩しそうに伏せられたまつ毛と双眸を輝かせる。
リメアは深く息を吸い込んで、まぶたを見開いた。
「リッキー、わたし、決めたの」
「……また、無茶なことでなけれバ、よいのデスが……」
戦々恐々とする銀の玉などつゆ知らず、リメアは大声で宣言する。
「精霊のほっぺたを、まずは一発、ひっぱたいてやるの! そうしないと、気がすまないわ!」
砂埃を吹き飛ばす強風に、額の髪留めがきらりと光った。
純白のワンピースが、風の余韻を受けて柔らかくはためく。
「ヤレヤレ……デスが、ワタクシはどのみち、一蓮托生デスので」
スラリと伸びた足は大地を踏みしめ、拳は固く握られる。
従響星に降り立った時は青白かった肌も、この3ヶ月余りの日々で軽く焼け、薄小麦色へと変わっていた。
吐息が白く濁り、熱が頬を撫でては消えていく。
少女は腰ほどの長さになった黒髪をなびかせながら、地平線を瞳に焼き付ける。
従響星の日々は、図らずとも350年以上停滞していた彼女の精神を成長させた。
青空を背に胸を張ったその背格好は、もはや幼い子供とは呼ばせない。
リメアは新しい星で、最初の一歩を今、踏み出す。
精霊を巡る戦いが、本格的に始まった瞬間だった。
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