一章 第1話
春らしい柔らかな日差しと共に、微かに花の匂いが私に届く。そんな中を、軽く走りながら、高校へと向かう。筒宮かのか。今年山名高校に入学し、中学から始めた陸上を高校でも継続、トレーニングを兼ねて学校まで走って通う日々。それは入学して初日から続けている。
(やっぱり春先が一番気持ち良いんだよね)
思わず笑みを浮かべ、いつもの様に正門へと向かう。陸上部の部活もある為、一般生徒に比べて早い登校であり、生徒もまばらだ。そんな歩道を走り抜ける中、道に面したテニス部のコートから弾ける音をたてながらラリーをしている部員達が目に入った。女子テニス部は陸上部より早くから練習しているので、登校時には見慣れた光景である。それと共に、彼女等を見ると、こちらも頑張らねばといつも思ってしまう。
その時、私の走る先に、しゃがみならテニス部員にカメラを向けている人物が目に止まった。年は、私と同じぐらいの男性。テニスコート迄にはフェンス。歩道とフェンスの間には花が植えられている状態だ。私も日頃からこの時間に登校している事もあり、ある程度、同じ時間に登校するメンツは一緒である。が、この人物には出くわした事がない。そんな中、ふと頭に盗撮の二文字が過ぎる。
(まさかね)
でも今のこのご時世。全面否定が出来ない。そんな中、私はその人物の背後を通る。すると彼はこちらに気にする事なく、一眼レフのカメラで連写し続けているのだ。やはり気になってしかたがない。
(どうしよう)
だが、もし同じ学校の生徒が被害になってしまって、その現場を通っていたにも関わらず何もしなかったでは申し訳が立たない。
私は数メートル過ぎた時点で、足を止め踵を返し、その人物の所に歩いて向かう。そして彼の横に立った。しかしそんな状態でも彼は私の方に視線を向ける事はなかった。
(何? ここまできて気づかないとかあるの?)
相当集中しているのか、それとも気づいているのに無視されているのか。まあどちらにせよ、このまま引き下がるわけにはいかない。もし何かあったら声を上げるか、走り逃げれば良い。それなりに足の早さには自信がる。私は膝を折る。
「あのー」
私の声に、シャッター音が止まった。しかしこちらを向かない。私は再度声を掛ける。
「何、撮ってるんですか?」
その言葉に暫し反応はなかったものの、彼が深い溜息をつき、こちらを見る。その時一回鼓動が跳ね上がった。と言うのも、1メートルに満たない様な近さで、所謂一般的で言う美形という顔立ちを拝んでしまったからだ。緑色を帯びた深い黒色のさらりとした髪からはっきりとした目鼻立ち。唇はほんのり色づき品が良い上に、日頃外で部活をしている私と違い白い肌という、今まで自身にとって無縁の人種に出くわしてしまったのだ。いきなりの現状に体が硬直する。そんな中、声を掛けられた彼は私に鋭い眼光を向けた。
「はあ?」
「え、えっと、だから何を撮ってるのかなって……」
どもる言葉ともに、その鋭い視線を避ける様に視線を下に移す。すると彼は溜息を吐いた直後。
「うんっ」
頭上から声がし、顔を上げると目の前にはカメラの液晶モニターが私の前に翳された。そこには植えられていたブルーデイジーの花の画像が映し出されている。それは小さい液晶ではあったがとても綺麗に撮れており、思わず見入った。そんな中、彼は連写した写真を全て画面に出すと、全てが花の写真であり、部員を撮った形跡は全くない。思わず苦笑いを浮かべる私に彼は目を細めこちらを凝視する。
「盗撮してるとか、思っていませんよね」
不快このうえないしといった口調と視線が私に浴びせられ、すぐさま立ち上がった。
「いや、ははは。ま、まさか」
瞬く間に汗がわき出す。と、瞬時に頭を下げる。
「す、すいませんでしたっ、失礼しますっっ」
思わず声が裏がえつつ、謝りの言葉を告げ踵を返す。そして振り返ることなく、猛ダッシュで正門へと向かった。
「はあーー 朝から最悪だわ」
朝練も終わりクラスへと移動すると共に、HRが始まる少しの間の休息。私は顔を突っ伏し嘆きを口にした。今朝の登校一件が尾を引き、部活が散々だったのだ。まあ自業自得とは理解しているものの、思わず愚痴が出る。そんな姿を中学から友人である柳原渚が肘をつきながら、溜息をつく。
「まあ、災難だったわね」
「災難って……」
「でもしょうがないか。自分が蒔いちゃった種なんだから」
「わ、わかってるよーー」
「そもそもこの学校入学早々から有名人の一人、佐藤碧映を知らないって」
「うう。部活の人にも言われた……」
「でしょう!! 180cmであのルックスからのツンデレっぽい雰囲気!! しかも写真がプロ級で、コンテストとで入賞するぐらいの腕前。まあそんな絡みでよくカメラ片手に写真撮ってるみたいじゃん」
「そうなの? 知らなかった…… にしてもツンデレっていうの? あの人絶対にデレはないよ。ツンだけだって。でも確かに顔は万人受けするっていうか良かった。かな?」
「だから有名人なのよーー でもそういった類に疎いかのかがそう思ったんだから、佐藤君本物ね」
「はいはい。どうせそう言う話には疎いですよ」
「何拗ねてるのよ。かのかだって陸上で名が知られている方だよ。それなりに目鼻立ちも悪くないし、ポニーテールが愛嬌あると専ら水面下で囁かれているの聞きましたぞ。まあ彼よりは知名度ないけど、かのかには中学県大会800m走一位の称号はある」
「有り難い事に」
「まあ、その分練習はしてるもんね」
「でも、結果に結びつくかって言われるとね。今までの練習が報わただけで、私以上に練習したりポテンシャル持ってた人が本領発揮できなかったとかもあるから……」
「相変わらずの過小評価の割にやること大胆だよね」
「何よそれ矛盾してない? 私ってそんなん?」
「そうねーー 自分の事より他人優先はあるかな。それにかのかから人の悪口とか聞いた事ないし。だからってこうだと思った事はやらないと気が済まない。ほら登校の時のランニングだってそうだし、今回佐藤君に声掛けたのだって盗撮犯かもって思って居ても立っても居られなかったんでしょ」
「うんーー 」
「まあまあ、かのかのそういうまっすぐっぽい所可愛いのよーー 良いと思う」
「あのねーー」
すると、渚が私の左手を掴み手首の内側を見る。
「綺麗なものねーー ここも気配すらないし」
「もうっ、やめてよ」
そう言い体を起こすと、彼女の手からすぐさま自身の手を引くと共に、渚はニヤリと笑い、私の顔に寄る。
「私のリサーチだと痣出てる人。3/1ぐらいかな。まあそれ私も含まれるけど。気配ある子は不明」
「えっ、もうそんな事知ってるの?」
「勿論。私のリサーチ力なめてもらっては困るわよ」
そう言うと渚は勝ち誇った表情を浮かべて見せる。私は口を研がせてみせた。
「だってしょうがないじゃん」
「なーに。かのかはそのままでいてよ。その反応見てるの面白いし」
すると彼女は笑みを浮かべると同時に、教室に教師が入室してきたのだ。渚含め俳諧していた生徒は一斉に自身の席へと向かう。そんな様子を見つつ、私は自身の手首を再度見つめ、指でなぞる。
(まあ渚の話じゃないけど私自身、出ない可能性の方が高いと踏んでるしね)
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