第23話 トレント視点 託す

 地が裂ける。空が震える。


 目の前に蠢くのは、禍々しいまでの黒、黒、黒。


 わしが枝を突き刺せば、奴は触手で絡め取って枝を溶かす。


 わしが根で拘束すれば、瞬く間に噛みちぎる。


 相性が悪すぎる。ましてや、今の魔力欠乏状態では勝つことなど夢のまた夢だ。


 もし……もし、わしが全盛期だったならば……。


 わしは自らの内側へと精神を寄せる。感じられるのは、ほぼ空っぽの魔力タンク。この状態で、まだ根喰い虫に喰われていないだけ褒めてほしいものじゃ。




――――このままでは、間違いなく負ける。


 だが、わしが負ける訳にはいかない。わしは何度でも蘇れるが、ゴブリンたちはそうもいかぬ。



――――そう考えれば、一匹だけでも引き付けられたのは僥倖であった。


 できるだけ時間を稼ぐ。無論、この集落で最も強いのはわしだが、時間さえ稼げば何とかなる気がする。



 ……何とかってなんじゃろな?魔王様か?ディーか?そんなことがあるとは思えない。結局、わしが何とかしなくて……ッ!?




――――あ、危なかった。背後に動いた触手に気を取られておった。危うく、幹にかじりつかれるとこじゃった。


 わしは根を、奴の触手に巻きつける。何度もやって無駄だった。だが、これでも一瞬の時間は稼げるのだ。




 その時、が飛来した。


 火――つまり、火属性を帯びた魔樹の欠片は寸分の狂いもなく、奴の触手に吸い込まれる。





 ゴオオォォンッ!!!


 

 地響き。火柱。爆風。


 根喰い虫の触手が裂ける。焼け焦げ、灼かれる。


 そして、その身が仰け反る。




――――好機ッ!



 撃つ前後の隙が大きいから、使いたくなかったのじゃけれどな……。


 魔力がわしの葉に収束し始める。


 葉が一瞬にして黄金に輝き、硬化してまるで刃物のように鋭く光り輝く。





――――百葉繚乱ひゃくようりょうらんッ!!!


 わしは叫びと共に、その輝く葉を豪快に振り抜いた。


 空気が裂ける音とともに、刃は根喰い虫の触手を切り裂き、激しい火花とともに爆発的な衝撃波が広がる。


 触手がバチバチと燃え上がり、爆煙が地面を包み込む。


 根喰い虫の黒い体表は次々と焦げ、焦げた触手が激しく痙攣しながら崩れ落ちていく。


 轟音と共に地面が割れ、震動が集落中に響き渡っていた。


 そのまま、巨大な黒い影は力尽きて大地に崩れ落ちる。


 


 同時に、魔力はほぼ使い果たし、わしの身体はガクンと力を失った。




 駄目じゃ、もう一匹残っておる。わしが……わしが何とかしなくては。


 周囲を見回す。ボロボロな地面。根喰い虫に食い散らかされた家々。遠くには、倒れ伏す魔王様と、それを支えるツノゴブが見えた。


 そうか、先ほどの火は魔王様の……?




――――魔王様の存在なくして、わしの勝利は無かった?


 なんじゃ。やればできるではないか。


 気が抜けてしまった。ヤバい。意識を失う。


 その前に、ディーの様子を見なくては……




 まぁ、そうじゃろうな。劣勢か。


 足りないのは何じゃ?


 剣、毒魔法、弓。


 攻撃手段もデバフもバッチリ。


 あそこにいるのは、いずれエンペラー様にも、並び立つだろう猛者どもじゃ。


 何があれば勝てる?あいつらが根喰い虫を崩せないのは……。



 ……っ!?


 今更ながらに気が付く。わしの根が燃えている。根喰い虫を拘束していた根だ。


――――早く消さなくてはならんな……ぬ?……いや、違う。この火は絶やしてはならない。これは……



――――勝利に繋がる火ッ!


 あ奴らに足りぬのは、じゃッ!わしと同じ、根喰い虫の隙さえあれば倒せる!



 火を、送り届ける。


 もう無いも同然な魔力を振り絞り、地下へと繋ぐ根に火を移す。


 ……火属性の魔力で補助してやればすぐに届くじゃろう。


 根が爆ぜ、火は下へ下へと降りていく。


 やがて、辿り着く。


 地下の戦場へと。




 と……届いたかのう?


 あぁ、いけぬ。思考が……。



――――後は頼むぞ、ディーよ。


 わしの意識は、闇へと沈んだ。

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