第10話 二人だけの戦場

『昨日破壊した〈ネスト〉の残党〈ODEEオーディー〉――天使エンジェル型の撃破。それが私達に課された任務よ』


 一面雪に覆われた銀世界の上、灰色の空の下。レイと雪音は〈光量子翼ルクス・フリューゲル〉を展開して目的地へと向かっていた。

 通信機越しに伝えられた作戦内容に、レイは前を行く雪音の背中を見ながら、


「昨日壊したってことは……宇都宮方面からの敵?」

『ええ。レーダーが最初に捉えたのは南東一〇キロメートル地点。自分たちの〈ネスト〉を失って彷徨さまよってる残党ってところね』

「……それ、わざわざ倒しに行く必要あるの?」


 レイは首を傾げて訊ねる。

 要は、今から倒しに行くのは己の居場所を失って途方に暮れている個体ということだ。巣を壊したのはこちらなのだし、襲ってくる気配もないのならばわざわざ出向いてまで叩くこともないような……

 そんなレイの思考を察したのか、雪音は厳しい声音で、


『情を持ってはダメよ。たった一匹でも、私達の勢力圏に入った個体は絶対に排除しなきゃならないの』

「……それは、どうして?」

『一匹でも放置すれば、その個体は仲間を呼び寄せて私達の勢力圏内に〈ネスト〉を作り始める。一度〈ネスト〉が作り始められれば破壊には大きな労力が必要になるし、完成してしまえば攻略は更に困難なものになる。攻略できなかった場合は……レイにも分かるでしょ?』

「……」


 無言で頷くレイの脳裏には、昨日の戦闘のことがよぎっていた。左腕を失う原因にもなった、《〈ODEEオーディー天使エンジェル型》との激闘。

 作りかけの〈ネスト〉を壊すだけでもあれだけの激戦になったのだ。それよりも厳しい戦闘なんて、考えるだけでも悪寒がする。


『夏坂先輩と藍原先輩は今は別の任務に出てるから、今回は私達だけでの討伐になる。……覚悟はいいわね?』


 レイは「うん」と頷きながら応え、


「って言っても、今は左腕がないから前みたいな戦闘はできないけどね。今回は雪音の指示に従うよ」


 『じゃあ……』と雪音は言葉を区切り、しばしの沈黙が訪れる。数秒待って、雪音は、


『〈ODEEオーディー〉への直接攻撃は私がやるから、レイは私の援護に徹して』

「りょーかい」


 口元に笑みをつくってそう答え、レイは今後の戦闘の予定を脳内で組み立てる。今回は雪音の援護だから、近接攻撃用の武器になる〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉は要らないとして。となると、必然的に今回必要なのは遠距離攻撃用の武器だ。

 〈電磁加速銃レールガン〉だけでも援護は可能だが、できることならもっと雪音が楽になるようなことがしたい。そう思って〈CPCAS〉に何か案はないかと問いを投げかけ――


『ただし。くれぐれも無茶はしないように』


 と。釘を刺すような雪音の声が通信機から届いた。


「わ、分かってるよ!」


 考えを見透かされたようで慌ててレイは答える。そう。別に、ボクは無茶をしようとしてるわけじゃないんだから。あくまで、自分にできることを最大限しようと思ってるだけで。


『……それと。私に万が一のことがあったら、迷わず逃げて』

「……え?」

『わかった?』


 真剣そのものの声音と口調で、雪音は念押しとばかりに言ってくる。

 突然の威圧的な言葉に困惑するのもつかの間、その言葉の裏に見える感情にレイは気づき、はっとする。


 ……今の声は、感情を押し殺した雪音に特有の声色だ。


 これまでずっと雪音と一緒に居た自分の心が、曖昧な記憶の全てが。そのことをレイに告げてくる。

 そして。極めつけは左手で右腕を掴むような仕草だ。その仕草は――ずっと忘れていた……というか、なぜか覚えていなかったけれど――雪音がある特定のことをしている時にする仕草だ。


 感情の押さえつけ。それが、雪音がその仕草をする時にしていること。……なんで、今の今まで思い出せなかったんだろう?

 頭の中でそんなことを思いつつ、レイは


「わかった」


 と短く呟く。それ以外の答えられる言葉を、今のレイは持っていないから。 



 【警告。〈ODEEオーディー〉接近】



「っ……!?」


 突如脳内に無機質な機械音声が流れ、レイは瞬時に思考を戦闘状態へと切り替える。僅かな間を置いて〈CPCAS〉が視界の彼方にロックオンの記号を表示し、そこの画像を拡大する。

 ズームされた視界に映るのは、の漆黒の天使。

 画像の上部に記されている文字は《〈ODEEオーディー天使エンジェル型》。つまり、今回の標的だ。


『居たわね……』


 雪音が小さく呟く声が聞こえ、次の瞬間、雪音の右手には光の剣――〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉が握られている。雪音はちらりと振り返り、


『行くわよ、レイ』


 それだけ言うと。直後、雪音は敵に向かって突撃を開始した。


 【〈光量子翼ルクス・フリューゲル〉最大加速】


 遅れてレイも雪音に続き、その最中で脳内に武器のイメージを形作る。


 【〈電磁加速銃レールガン〉起動。〈量子相殺QO弾〉を誘導集束クラスター方式で装填。――完了】


 右手に大型のライフルが出現し、そのグリップを慣れた手つきでしっかりと握り込む。残ったシステム容量の七割を攻撃の予測演算に回し、雪音の援護態勢を整える。


 これで、一応の準備は整った。……あとは。


 システムの容量にまだ余裕があるのを確認し、レイはもう一つ、脳内に浮かべたイメージの具現化を命令する。

 空を翔ける自分の周囲に二つ、強烈な電磁気の空間を設定。それを円形に展開することで電磁加速銃レールガンと同じ構造を作り出し――


 【〈電磁場加速砲E M F - A G〉起動】


 脳内に、無機質な機械音声が響き渡った。


「あった……!?」


 驚きに目を見開きつつ、レイはシステムの導く通りに視界の設定を変更。自分の左右に電磁場の砲身が展開されていることを視認する。


 ……あったら嬉しい程度の賭けだったのだが。まさか、本当にこんな武器があっただなんて。


 驚愕と歓喜は一瞬、レイは直ぐに気持ちを切り替える。雪音の接敵はもうすぐ。こんなことに気を取られている場合ではない。

 〈電磁場加速砲E M F - A G〉に〈量子相殺QO弾〉を装填し、照準を漆黒の天使に合わせる。間違っても雪音には当てないよう、予測の演算結果には十分に注意する。


 雪音の接近に気づいた天使が、自身の周囲に光を集め始める。左右三つずつに煌めくそれは瞬く間に臨界点に達し、直後、衝撃波を伴った光線となって雪音に襲いかかる。


「させないよ」


 呟き、レイは〈電磁加速銃レールガン〉の引き金を引く。放たれた弾丸は雪音の背後で子弾しだんとなって散らばり、システムの誘導に沿って光線に接触。雪音を襲う光線を一つ残らずかき消していく。


 遠くの雪音が右脇のナイフを二本振り抜き、刃に〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉と同じ光を纏わせる。直後、投擲とうてき

 放たれた二本のナイフは天使の左胸元に突き刺さり、着弾と同時に激しい爆発を巻き起こす。硝煙を切り裂いて、雪音の剣が一閃。微かに開いた傷口に刃を突き立て、心臓への経路を作り出す。

 天使が雪音に注意を向けたその隙にレイは接近。


「雪音!」


 叫んだその裏で自分の周囲に展開した二門の〈電磁場加速砲E M F - A G〉を照準。天使の傷口目掛けて極超音速の砲弾を撃ち放つ。


 咄嗟に退避した雪音のそばを砲弾が通過し、瞬きする間もなく着弾。異様な音を立てて、天使の漆黒の体を抉りとる。

 間髪入れずに二射目を、今度は手持ちの〈電磁加速銃レールガン〉含めた三門で斉射。照準を天使の翼へと変えて撃ち放つ。


 ゆっくりと、天使の注意がこちらに向く気配。


 ……そう。それでいい!


 ちらりと雪音に視線を向け、すぐに天使の周囲で煌めく光に意識を向ける。戦闘演算システムをフル稼働させて光線の射線を予測し、自分の視界に赤色の線として表示。

 直後。臨界点に達した光が槍となって襲いかかってくる。


 予測線に沿ってその光線をくぐり抜け、かわしきれないものを〈量子盾クォンタム・シールド〉の重ね合わせ展開で受け止める。耳に入るのは、ガラスの破砕音が重なり合ったような音。

 その間、雪音は態勢を整えて再び天使の胸元に突撃。出力を強化したらしい光の剣を、突撃の勢いのままに傷口へと突き立てる。


 ――やった!


 前回の自分の経験から考えるに、あれだけ攻撃を集中させれば心臓の――あの七色の物体にまで到達しているはず。


 ……けれど。なんで、この天使は消えないんだろう?


 そんな疑問が頭に浮かび上がってきた、その時。


『えっ……!?』


 という雪音の声が通信機越しに聞こえ、レイは注意を天使の胸元へと向ける。

 ――見えた光景に、レイは目を見開いた。 





 ――ガンッ! という音ともに現れたものに、雪音は目を見開く。


「な、なに……これ……!?」 


 七色の物体――天使の心臓を貫くはずだった〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉。その剣先には、同じく七色に煌めく半透明の『壁』が立ちはだかっていた。


 初めて見る『壁』に突撃の勢いを殺されながらも、雪音は呻き声を上げて剣先をその先へと押し込もうとする。ありったけの力を込め、戦闘システム〈CPCAS〉の演算をフル稼働させて周囲の空間を自分に有利なように改変する。


 【量子状態改変:分子操作】

 【後方空間:超高気圧 前方空間:超低気圧】


 後方に空気中の分子を集中させ、自分の周囲を除いた前方に真空状態を作り出す。結果、この二つの空間の間には莫大な『気圧差』が生じる。

 気圧差による暴風を背中から受けることによって、雪音は『壁』を打ち破るために必要な推進力を得られるのだ。


 数秒の拮抗ののち、ついに七色の『壁』にヒビが入り始める。その亀裂は音を立てて網目状にどんどん広がっていき、ついに剣の切っ先が『壁』に穴をこじ開ける。


 ……これなら、いける!


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 全ての能力を総動員し、『壁』に開いた穴へと剣の切っ先を強引に突き立てる。亀裂が目に見える範囲全体にまで広がり――次の瞬間、七色の『壁』は粉々に砕け散った。


 ……よし!


 思わず胸中で声を上げ、しかし決して気は緩めない。


 【空間改変終了】


 という機械音声を頭の端で聞きつつ、雪音は自分の身体についた勢いのままに天使の傷口を突き進む。そのまま剣の切っ先を七色の心臓に突き立てんとして――生じた、僅かな隙に。

 『壁』の消失からコンマ数秒遅れて、無防備な雪音の身体を圧倒的な衝撃波が襲った。





『きゃっ……!?』


 という声と共に、雪音が天使の胸元から弾き飛ばされる姿がレイの視界に映る。 


「雪音ッ――!?」


 そう叫んだ頃には、レイは彼女のもとへと既に動き出していた。

 無防備な格好で吹き飛ばされる雪音の周囲には、既にいくつもの光の集束が始まっている。ダメ元で演算システムに射線の予測を命令するが、照準が自分でないために情報が足りず失敗。通知の機械音声を速攻で削除し、レイはすぐさま別の手を考える。


 ――射線予測ができないとなると、〈量子相殺QO弾〉を誘導集束クラスター方式で使用した光線の相殺はまず不可能だ。直接狙うことを考えかけて、即座にそれは却下する。自分の腕では一つですら当てれるのか微妙だし、そもそも手数が圧倒的に足りない。十を越える射線をそんな速度で正確に撃ち落とせるのは、もはや人間ではない。


 相殺による打ち消しはできない。となると。


「あれしかない……!」


 雪音のもとに全速力で向かう傍ら、レイは脳内に重なり合った『盾』のイメージを浮かべる。その『盾』は自分の周囲全周に渡って展開され――


 【エネルギー不足。〈電磁加速銃レールガン〉および〈電磁場加速砲E M F - A G〉終了】

 【〈量子盾クォンタム・シールド〉展開。発動枚数、五。重ね合わせSP展開】


 脳内で無機質な機械音声が何重にも重なって聞こえ、それと殆ど同時に雪音のもとへと辿り着く。


「雪音!」

『レイ!?』


 驚く雪音をさっと抱き寄せ、直後、〈量子盾クォンタム・シールド〉の構築が完了。レイの全周に渡って光の盾が展開される。

 その全貌を見る暇もなく光線が着弾し、球形の盾は砕け散る音を立てて次々と崩壊していく。だが、その間に演算システムは光線の射線予測を終えている。


「捕まっててよ!」


 言い捨て、視界に表示された赤線を縫うようにして上方へと離脱。眼下でめった撃ちになっている光の盾を傍目に、レイは雪音を介抱から解き、


 【量子状態改変。分子操作】

 【前方空間:超高気圧】


 空間を改変して気圧差による強風を作り出し、対応されないうちに雪音を遠方へと吹き飛ばす。

 『えっ……?』という声が通信機越しに聞こえてくる。レイは心の中でごめんと頭を下げつつ、右腰についていたナイフを二本抜き放ち、


 【〈光量子投擲剣ルクス・シーカ〉多重起動。消去範囲:三】


 脳内に無機質な機械音声が流れると同時に、ナイフの刃に光の膜が構成される。 

 システムの示す動線に沿って二本のナイフを投擲とうてき。それを追いかけるようにして、レイはナイフの弾道の後に続く。

 左腰からだけの剣を抜き放ち、


 【〈光量子剣ルクス・シュヴェルト〉起動。刀身長を二に設定】


 光線の残滓ざんしを切り裂いて、投擲とうてきナイフが二閃にせん。天使の心臓部分に到達し、即座に大きな爆発を巻き起こす。――どうやら、この兵装には量子相殺弾に似た性質があるらしい。


 戦闘システムで炎と硝煙を視界から消去し、爆発の中をレイは躊躇なく突き進む。高速かつ大量の情報に阻害されて、戦闘システムによる最適な剣筋は視界に示されない。


 ……けれど。この距離なら、そんなのがなくたって!


 眼前に煌めくのは、度重なる攻撃によってボロボロになった七色の物体。

 《〈ODEEオーディー天使エンジェル型》の心臓だ。

 後方ではまだ爆発の余波が続いていて、対衝撃波の層をもってしても背中に焼けるような熱が吹き付けている。その更に先では早くも光の集束が始まりつつあり、レイの視界にはシステムが後方を指した『警告』を表示させている。

 それらの全てを無視し、レイは右手の剣を振り上げる。


 思考によぎるのは、いつか見た雪音の笑顔。今までのレイの記憶にはなかった、幼い雪音の無垢な表情だ。

 困ったようにでもなく、何かを隠すような笑みでもない。感情を一切抑えていない、心からの笑み。


 ……正直、この世界が現実だとか仮想だとか、そういう難しいことはレイにはよく分からない。

 ……けれど。あの時、ボクは雪音を守るって決めたんだ。

 ……たとえ、何があったとしても。


 直後。ありったけの力を込めて、レイは光の剣を振り下ろした。

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