第9話 世界の真相
次に気がついた時には、レイと雪音は戦場ヶ原の真っ只中に立っていた。
目に飛び込んでくる風景は相変わらずの絶景で、降り積もった雪が白銀の世界を形作っている。見上げる空は、一面の曇り空で。しとしとと細かな雪が静かに舞っていた。
落ちてくる雪の一欠片を目で追っていって……、そこで、自分が私服姿のままなことにレイは気づく。
……あれ?
首を傾げ、雪音に訊ねようとしたところで、
「こっちよ」
と、こちらに振り返りもしないで手をぐいと引っ張られた。されるがままに数歩進み、どこに向かっているのかを察して足を止める。
「ち、ちょっと待って。そんなとこに、この格好で……?」
雪音が向かう先にあるのは、レイの背丈程もある草が大量に生い茂っている未開の土地だ。そんないかにも危なそうな場所に、こんな格好――今のレイは半袖シャツに生足の露出したミニスカート、そして不整地を歩くのに向いていないローファーだ――で入りたくはない。
嫌そうな顔をするレイに、雪音は振り返り、
「大丈夫だから。一緒に来て」
真剣そのものの表情で告げる。レイの手を掴む力が、心なしか強くなった気がした。
しばしの沈黙。向けられる真摯な眼差しにレイはついに根負けし、ゆっくりと首肯する。
「ありがと」
消え入りそうな声で雪音は呟き。直後、レイと雪音は草むらの中に突っ込んだ。
どうにか右肘を目の位置にまで持ち上げ、草の葉が目に入らないような姿勢をとる。視界が一気に暗くなり、白銀の世界が一転。レイの視界は暗緑色に包まれる。踏みしめる地面はぬかるんでいて、気をつけていないとすぐに転びそうだった。
そして。足元に気を取られている間に。レイの目の前には大きな葉っぱが迫って来ていた。回避する間もなく手を引っ張られてその葉っぱに突撃し――
「え……?」
目の当たりにした光景に、レイは思わず声が出た。
自分の腕に当たるはずだった草の葉は、そのことごとくがレイの腕をすり抜けていた。それどころか、顔や両脚、胴体も。なんなら、雪音の身体ですら。そこに生えていて邪魔になるはずの草木は、その全てが二人の身体をすり抜けていた。
振り返ることもせず、雪音は、
「言ったでしょ。今の私達は電子上の存在でしかないって」
そう無感情に言い放ち、
「実体を持たない私達は、ある程度のモノならすり抜けられる程度の密度しか持たないのよ」
「密度が低いって……。それって、軽いってこと?」
「軽い……というか。今の私達は、最小限の原子量で人の形を作ってるに過ぎないから。いわば、中身が空っぽのハリボテみたいなものよ」
「えっと……?」
なんでそんな状態で普通に動くことができるんだろう? そんな疑問を察したのか、雪音は腕を引っ張りながら淡々と続ける。
「私達の身体を形作る原子自体は、〈量子集積・位相転移理論〉によって状態が固定されてるから。よっぽど無理をしない限りは体が壊れるってことはないわ。あとは……〈
「トルコード?」
首を傾げるレイに、雪音は背を向けたまま頷く。
「地形記録・接触判定生成器――その英語名称の略称よ。これが作動することではじめて、私達は現実世界への干渉が可能になる。……つまり、〈
「へぇ……」
何を言っているのかはイマイチ分からなかったが、とりあえず色んなシステムとかのお陰でこうなっているということは理解できた。
葉っぱの上に積もった雪が、風に揺られてレイの頭上から落ちてくる。思わず目を瞑り――何の感触もないまま数秒が過ぎる。
目を開いて背後を見ると、そこには小さな雪の塊が地面に落ちていた。……あの雪の軌道は、どう考えてもレイの頭上に落ちてくるものだったのに。
呆然と背後に落ちた雪を見つめるレイに、雪音はぽつりと、小さな声で呟く。
「……システムの助けがなければ、この世界には一切干渉できない。それが、今の私達よ」
それきり会話は途切れて、二人は無言で草むらの中を一直線に突き進んでいく。雪音は一度も振り返ることはなく、レイも無理に振り返らせるような言動も起こさなかった。
何を、伝えたらいいのか分からなかったから。
今、自分が目にしている光景が現実だとはレイは思えない。けれど。だからといって、昨日見た緑色の雲や水が現実だとも思えなかった。
今いる戦場ヶ原も、今まで『現実』だと思っていた高崎の街も。どっちも『本当』の『現実』なのだとは思えなくて。なんだか、悪い夢でも見ているような気分だった。
「着いたわ」
突然立ち止まられて、レイは雪音の背中に追突しそうになる。どうにか踏み留まり、意識を目の前へ。雪音が手を離して横へと逸れると、見えてきたのは四角形に開けた小さな平地だった。
あまりに不自然な空き地にレイは、
「え……?」
と呟き、目を
四角形の平地が、金属光沢のある灰色に変化した。
続けてガチャ、という音が聞こえ、その灰色の床が左右に割れる。覗き込んでみるが、中は不自然なほどに真っ暗で何も見えない。
……まさか、ね。
恐る恐る隣に目線を向ける。すると、雪音はさも当然かのように開いた穴の縁に座り込んでいた。
「えっと……、雪音?」
嫌な予感を押し殺し、苦笑いを浮かべて何をしようとしているのか訊ねようとして――
ひょいと、雪音が真っ暗闇の中に飛び込んでいった。
「あっ!?」とレイが叫ぶのもつかの間、雪音は闇の中に消えていく。数秒ののち、闇の中から「入って」という雪音の声が聞こえてきた。
レイはしばらくの間その不自然な闇を見つめ、はぁと一息をつく。……どうせここまで来たんだ。覚悟を決めろ、自分。
穴の縁にしゃがみ込み、右手をついて両足を闇に放り出す。足に受けるのは、闇の中から吹き出す風の感触。
……こういう、暗い場所は苦手なんだけどなぁ。
ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせ、レイは意を決して闇の中に飛び込んだ。
いったいどれほど落ちるのだろうと思ったのもつかの間、レイの身体はすぐに何者かに抱き留められる。と同時に、薄暗い灰色の壁が視界に映し出された。網膜に表示されるのは、【高度量子情報感知】の文字。
「え……、と……?」
この警告が出たということは、外との間に何かしらの仕掛けがあるんだろうけど……。
突然明るくなった視界に困惑しつつ、レイは抱き留めてくれた相手に目線をうつす。果たして、そこには感情を押し殺した雪音の顔がある。
「あ、ありがと……」
そっと目を逸らしてぼそりと呟き、雪音の肩を借りて合金製の床に降り立つ。改めて周囲を見回すと、北の方向にだけ一直線に伸びる薄暗い通路があった。その天井に照明らしきものを見つけて、
「……あれ。照明あるんだ?」
「別に故障してるって訳じゃないわよ」
「……じゃあ、なんでつけないの?」
怪訝な顔をするレイに、雪音は一歩前に進んで淡々と呟く。
「ここの照明は、全部人感知センサーによる自動点滅だから。私達には反応しないってだけよ」
思っていたよりも重たい答えが帰ってきた。どう答えればいいのか分からず立ち尽くすレイをよそに、雪音は通路の先へと歩を進めて、
「暗視装置を起動して。進むわよ」
ちらりと片目だけをよこして言ってくる。
「え? あ、うん」
慌てて両目を瞑り、
それを確認したらしい雪音が顔を通路の方へと戻し、闇の中へと歩を進め始める。少し遅れて、レイは雪音の後を続いた。
暗視装置の緑と黒色の世界の中、レイと雪音はいくつもの隔壁扉を律儀に開けては超えていく。一つ扉を超える度に通路は下り、もはやどれくらいの数の隔壁を超えたのかも分からない。システムが示す深さは地上から二〇〇メートルほど。けれど、ずっと同じような光景が続くものだから、体感ではそれの三倍ぐらいは下っている気分だった。
何となしに開いた隔壁に手を触れ、脳内に『対量子化処理済。透過不可』という警告が響くのをレイは聞く。
……対量子化処理? 何それ?
「ねぇ、雪音」
「何かしら」
「この、対量子化処理ってのは?」
少しの沈黙。雪音は振り返りもせずに、淡々と答える。
「要するにすり抜けられない構造になってるってことよ。毎回律儀に隔壁を開いてるのは、その処理がされてあるからよ」
「ふーん……」
恐らく、侵入者対策の一環なのだろう。試しに道中の壁に触れてみると、同じように『対量子化処理済。透過不可』の警告が流れてくる。
……ここをすり抜けたとて、その先は土と岩しかないはずなのだけれど。とはいえ、凄い徹底ぶりだなぁとレイは思う。こんなに地下にあるのだから重要な施設ではあるんだろうけど……にしても、だ。
「着いたわ」
前を行く雪音に言われて、レイは意識を目の前へと向ける。薄暗い非常灯の下、暗視装置を切ってもなお微かに見えるそこには、今まで見てきた隔壁よりも一際大きく、そして重厚な扉が佇んでいた。
思わずごくりと唾を飲み込むレイの横で、雪音は左下の操作パッドに手を触れる。ちらりと画面を見ると、そこには『認証完了』の文字。
直後。ガコン、という音と共に、隔壁がゆっくりと開き始めた。
隙間から青白い光が差し込み、闇に慣れたレイの目を眩いものが照らし出す。思わず細めて――見えてきた光景に、レイは絶句した。
開いた隔壁の向こう。二十メートル四方の合金製の部屋を四等分するような形で、青白く光る液体が床から天井まで伸びていた。
水をせき止めるであろうアクリルガラスは存在せず、そこにはただ、『液体』としか思えない物体が、ゆらゆらと青白い光を放って佇んでいる。
「な、……にこ……れ……?」
絞り出した声は、高い天井に反響して静かに消えていく。隣に居たはずの雪音はいつしか青白い液体の間に立ち、こちらに振り返って真っ直ぐレイを見つめている。
「目的地はこの奥よ。来て」
差し出された手を、レイはしばしの間じっと見つめて。無言で歩み寄って、その手を取る。握り返された手は、強ばっているように思えた。
ゆらめく青い液体の間を通り抜け、二人は部屋の奥にたどり着く。さっきと同じような操作パネルを雪音が操作し、『認証完了』の文字が映し出される。
続くのは、さっきと違った軽い開閉音。暗闇の中に二人で進み、背後で扉の閉まる音がする。
カシャ、という、照明の灯る音。
瞬間。目の前に映るのは、天井まで届く巨大な機械。パソコンのデスクトップのようなモノにレイは唖然とし、
「そして。これが私達がさっきまで居た世界。私達のあらゆる情報を保存し、この世界に留め置いている唯一のモノ」
隣で、雪音がゆっくりとした口調で告げる。
「――第四世代型量子コンピュータ。〈戦場ヶ原〉サーバーよ」
〈戦場ヶ原〉サーバー。その言葉を聞いた途端、レイは頭の奥の方が痛くなる。と同時に、思考の片隅で既視感のようなものを覚えていた。
……そんな言葉、聞いたことなんてないはずなのに。
『量子コンピュータ』は、レイが普段使っているコンピュータと同じものなんだから、既視感はあって当然だろう。無理やりそう納得し、レイは頭痛に目を細めながら隣に佇む雪音に視線を向け、
「……これがボクたちの現実だって、雪音はそう言いたいの?」
「ええ。そうよ」
即答された。レイはあくまでも落ち着いた口調をつくって、
「そんなめちゃくちゃな話、急に言われて信じられると思う?」
「じゃあ、その左腕は?」
「そ、それは、」
言いかけたところで、レイは言葉に詰まる。
……この世界でも、高崎でも。レイの左腕は消失し、緑色の燐光を散らしている。……そしてそれは、少なくとも自分が“普通”の状態にはいないことを強く示している。
無言で俯くレイに向かって、雪音は、
「……少し、昔話をしましょうか」
「え?」と呟くレイを傍目に、雪音は目の前のサーバーへと歩み寄って、振り返る。綺麗な
「私とあなたが出会ったのは、幼稚園の頃。虐められていた私を、あなたが助けてくれたことから始まるわね」
「う、うん……。そう、だけど……?」
脈絡のない話にレイは困惑する。いったい、なんで急にそんな昔の話を……?
「親にまともな養育をされず、放置されてばかりだった私を、あなたはずっと助けてくれた。小学校に入っても、中学校に入っても。あなたは、私のことをずっと守ってくれた。……辛い毎日だったけれど、私は、それでも幸せだった」
そこで言葉を切り、雪音は冷たい黒色の目を開く。
「けれど。そんな毎日は中学三年の夏休みの最後の日に、突如終わりを迎えた。……西暦二一五〇年、八月三一日。その日、何があったのか。あなたは分かる?」
レイは首を横に振る。西暦二一五〇年、つまり今から三年前のことだ。……そもそも、その時はレイ達は中学一年生のはず。前提からめちゃくちゃだ。
けれど。雪音が嘘を言っているようにも思えなくて、レイはますます混乱する。いったい、自分は何を聞かされているんだろうか。
「『両極異次元観測実験』。それが、二一五〇年の八月三一日に起きた事件よ。……レイも知っているはずよ。今はまだ、思い出せないだけで」
「な、にを……?」
言いながら。その言葉を聞いた途端、レイは突然強い頭痛に襲われていた。同時に耳鳴りが脳裏に
雪音の心配そうな表情が一瞬だけ見え、すぐに元の無表情に戻る。小さく一息をついて、
「科学者達の究極目標であった、この世界が何なのかという解明。そして量子力学の世界で長らく唱えられていた、多次元世界論。その『証明』のために実験は行われた。……けれど。それが人類にとって全ての終わりだった」
雪音は天井の照明に視線を向け、静かに瞳を細める。
「結果的に『異次元観測実験』は成功した。……けれど。私達人類には、開いた『異次元』を閉じる術がなかった」
そこでレイの視界にいくつかのホログラム画像が表示される。映っているのは、暗闇を背景に佇む蛍光
「これは……?」
「地球よ」
「……え?」
「正確には、観測実験が行われた直後の南半球ね。その写真を最後に、あらゆる人工衛星からの通信は途絶したから。現状がどうなっているかは分からないけれど」
「…………」
言葉を失うレイを傍目に、雪音は淡々と言葉を続ける。
「北極の異次元は何とか小さいままで止められたけど、南極で開いた『異次元』の拡大は止められなかった。結果、加速度的に拡大した異次元は強烈なガンマ線を放出し、南半球のあらゆる生物を死滅させた。……そして。その日から、北極と南極で開いた『異次元』から〈
雪音は何かを思い出すように目を閉じ、軽く深呼吸をして、
「……〈
雪音は〈
「滅亡の危機に瀕する人類は、電子上で生き残ることを選び、世界各地に量子サーバーが多数建設された。この〈戦場ヶ原〉サーバーも、その時に建設されたものの一つよ」
そこで雪音は視線をレイに向け、左手で右腕を掴む。そんな雪音の瞳を、レイは頭痛と耳鳴りの中で真っ直ぐに見つめる。
……どんなに真剣に視線を向けても、雪音の全てに嘘や冗談の類は微塵も感じられない。
「当然、私達の街にも〈
「っ……!?」
頭痛が更に酷くなり、レイは片膝をつく。右手で顔を覆い、その影でレイは目を見開く。
……ボクは、雪音の言っていることを知ってる。
思考の中に流れ込んでくるのは、知らないはずの記憶。騒然としたテレビのニュース、高崎とは違う別の街中に突然に現れた〈
知らないはずなのに。そんな記憶は存在しないはずなのに。レイの脳裏には、そんな記憶の断片が圧倒的な現実感をもってちらついてくる。
コンコンと軍靴を鳴らして、雪音は近づいてくる。
「けれど。今のあなたには、ここまでの記憶は断片しか残っていないはずよ。それも、過去五年以内のものしか」
見上げた雪音の表情は真剣そのもので、レイは思わず乾いた笑みがこぼれ出る。
「な、何を言ってるのさ。ボクは、そんな人生なんて……」
――送ってない。その言葉が、レイは喉から出なかった。
だって。ボクはずっと高崎で育って、今年の春には最愛の妹が東京の中学校に進学するかと涙ながらに別れて、けれど雪音と一緒の高校に通えるのが嬉しくて。
そんな、嬉しさと寂しさが織り交ざった、普通の人生を歩んできた普通の人間で……。
……そのはずなのに。そんな思い出が、何一つ具体的なエピソードとなって浮かび上がってこない。
雪音が告げた記憶は断片ながらに浮かび上がってくるのに、今まで自分の人生だと思っていたものが、確かにあったはずの記憶が、何一つ思い出せない。
……大事なはずの、雪音との思い出すらも。どんなに思い出そうとしても、昔の記憶が思い出せない。一緒に遊びに行った記憶も、小学校での記憶も中学校での記憶も。忘れるはずのない、大切な暖かい思い出が。あったはずの思い出が、何一つ、エピソードとして浮かび上がってこない。
どんなに思考を重ねても、レイの頭には、ここ数ヶ月の記憶しか浮かび上がってこなかった。
まるで、それ以前の記憶がすっぽり抜け落ちてるみたいに。
「あれ…………?」
笑いを含んだ乾いた声が、埃っぽい部屋の天井に響く。
頭痛も耳鳴りも忘れて呆然と立ち尽くすレイの前に立って、雪音は、
「焦る必要はないわ。私にも、五年より前の記憶なんてないから」
「え……?」
思いもよらない言葉に、レイははっと目をあげる。そこには、少し悲しそうな表情をする雪音がいた。
「私達が電子上の存在へと変換される時、記憶は身体と同じく情報として記号化され、保存される。……けれど。人ひとりの記憶をそのまま全部サーバーに保存しようとすれば、膨大な容量が必要になる。それはレイも分かるわよね?」
レイは無言で頷く。それに応えるように雪音は頷き返し、
「特に、
そこで一息ついて。雪音は告げる。
「……つまり。私もあなたも、夏坂先輩も藍原先輩も。みんな、五年より以前の記憶は一欠片ですらも残っていないのよ」
その真剣な眼差しに、声音に。レイは何も言えなくなって押し黙る。
五年より以前の記憶がない。そんなこと信じたくないのに、レイの記憶はそれが真実であることを冷酷に告げてくる。
どんなに記憶を遡っても、雪音と出会った頃の記憶が、小学校の時の記憶が思い出せない。沢山、大切な思い出があったはずなのに。忘れたくない二人だけの思い出があったはずなのに。それなのに、レイの頭には空白しか浮かんでこない。
長く、重たい沈黙が二人の間に降りる。
その間、雪音はただじっと、レイのことを静かに見つめていた。悲しむでもなく、憂うでもなく。あらゆる感情を押し殺したような表情で。
いったい、どれぐらいの間そんな時間を過ごしたのだろうか。
不意に、レイは、
「……雪音は、ボクをどうしたいの?」
と。消え入りそうな声音で訊ねていた。
それに対して雪音は、
「このサーバーを守るために、私達と一緒に戦って。要求はそれだけよ」
淡々と、冷たい口調で即答する。
「それを呑ませるためだけに、ボクにこんなことを話したの?」
「ええ。そうよ」
あっさりと、雪音は頷く。
「これまでの戦闘は、あくまでもあなたに適性があるかどうかを確かめるテストの意味合いが強かった。……けれど。これから先の戦いは、もっと厳しいものになる」
一撃でも喰らえばゲームオーバーのこの世界、この戦場で。更に厳しい戦闘になるということは。
それを頭のどこかで察しながらも、レイは一縷の望みを託して、それを問う。
「……ゲームオーバーってのは、」
「
予想通りの答えだ。「やっぱり」と呟くレイに、雪音は少し語気を強めて、
「これから先の戦闘を、ただのゲーム感覚で戦わせることはできない。だから、私はあなたにこのことを伝えることにしたの」
そう告げる。
レイは無言で俯き、苦しげに両の
どうすればいいのか、分からない。
今まで現実だと思っていた世界が仮想の世界で、本当の現実は滅亡寸前で。自分は人間じゃなくて、自分があると思っていた記憶も本当は存在しなくて。だけど、実際の記憶は今のレイには身に覚えがなくて、その記憶ですらもあちこち欠けててよく分からなくて。
雪音の言葉に嘘がないことだけが、実感をもって心の中に渦巻いていて。
何を信じればいいのか。もう、レイには分からなかった。
「え?」
という雪音の驚いたような声に、レイの思考は中断される。
「……はい。了解しました。すぐに向かいます」
目を向けた先、雪音がそう言葉を返して通信を切る動作をする。その視線に気づいた雪音は、
「……出撃命令が出たわ。この話は、また後でしましょう」
淡々とそう返し、レイに背を向ける。メニュー画面を開いたところで、レイは、
「雪音は、行くの?」
思わず訊ねていた。その言葉に雪音は頭だけで振り返り、
「当然よ。私は、このサーバーと
言い捨てるように返して、メニュー画面に向き直る。
彼女の背中に、レイは少し考えて。
「ボクも行くよ」
「……言ったでしょ。これから先の戦いは――」
「だから、だよ」
振り返る雪音の言葉を遮って、レイは決然とした声音で問う。
「これから先の戦いは、もっと厳しいものになる。けど、雪音は行くんだよね? その厳しい戦場に」
「……」
無言を肯定の意味だと捉え、レイは一歩踏み出す。だらりと下げられた左手を自分の右手で握り、にっと笑って、
「だったら行くよ。……ボクは、雪音だけに危険を負わせるようなことはしたくないからね」
そんなレイを、雪音はしばし呆然とした表情で見つめる。
「あ……。えっと…………」
無言で注がれる視線に、レイはだんだん自分の言葉が恥ずかしくなってくる。
……ボク、今なんか勢いでとんでもないことを言ってしまったような気がするぞ。
しれっと目を逸らすレイに、雪音は胸元に何かを押し付けてくる。何だと思って目を向けると、そこには金色の金属……
「……これ。受け取って」
「う、うん……?」
こくりと頷き、レイは押し付けられた金色の金属を受け取る。
と。
突然、自分の着ていた服が、黒色のワンピース型の軍服に置き変わった。
「わっ……!?」
驚いて思わず声が出る。左腰にはEWで見慣れた四角形の箱と、
そして。右腰には、小型のナイフが数本、鞘に収まって添えつけられていた。
【〈CPCAS〉起動】
脳内に響くのは、この数ヶ月で聞き慣れた無機質な機械音声。
驚きに目を丸くするレイの手を取り、雪音は静かに呟く。
「――
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