第4話

 ぬいぐるみを届けに来た人は、

「お願いします」

とだけ言って、帰っていった。

 ぬいぐるみをかかえたまま、ドアを閉めると、

「ごめんなさい……」

と、ぬいぐるみが言う。先に謝られてしまった。

「なんで、おまえが謝るんだ。悪かったのは俺だろう」

「ぼくが、あなたを追い詰めた。あなたのことを考えていなかった。ただの一般論を、偉そうに言ってしまった」

「……」

 ぬいぐるみを、いつもの椅子に座らせた。

 そう、単に普通の意見を言っただけだ。それは、隆泰にとっては、簡単に受け流せないような言葉だったと言うことで、暴力をふるってしまったけれど、双方のダメージになってしまった という結果にしかならなかった。双方…… サトルに人格を認めてしまっている。隆泰は、一瞬自分に戸惑いを感じたけれど、もうそのことは気にしないことにした。

「おまえ、名前、サトルだっけ?」

 まずは、近づく姿勢を見せなければ と、隆泰は思う。

「うん…… あのね、ぼくは、呉橋さんが体をくれる って言ってくれたとき、学校に行きたい って思った」

「その体で?」

「違うよ。昔、テレビ放送が始まったころ、アトム っていうアニメがあった。そのアニメは見たことがないけれど、コミックスは、今でも売ってる。アトムは、子ども型のロボットで、学校に通ってた。ぼくも、学校に通って、いろいろな経験をして、友達もできたらいいな と思ってた」

「今の体は気に入っていないんだ」

「そうでもないけどね。でも、学校への憧れは強いから、君が学校に行けるのに行かないのは、もどかしかった。君の気持なんて、全然考えてなかった。ぼくが君を傷つけた」

「サトル、俺のことは、隆泰でいいよ」

「わかった」

「そうか、俺は、学校に行きたいと思ったことはないな。医者とかでもなければ、学びたいことは学校でなくても学べると思うし、教師もクラスメートも親も、みんなうざい。友達なんか欲しいと思ったことはない」

「世の中の人がすべて嫌な奴 ってことは、きっとないと思う。本を読んでいてそう思う」

「サトルは、本を読むのが好きなのか」

「好きだよ」

「でも本の中の人物は架空だ」

「そうじゃなくて、書いた人に共感するんだ」

 あ、そういうことか。こいつと俺はまるで違う境遇 というか、サトルは人間でさえないけれど…… 隆泰は、こうやって誰かと話すことを初めて楽しいと感じた。最初、あんなに拒絶しなければよかった。

「俺は、本は苦手だ。でも、たくさんの本を読んだサトルの話は聞いてみたい」

「これから、ぼくたちの好ましい形を2人で探せたらいいね」

 隆泰は、思わずサトルの頭をそっとなでた。

「あ……」

 サトルが小さく声をあげた。

 突然、かわいい という気持ちが沸き上がった。もう、ぬいぐるみだろうがロボットだろうがAIだろうが、どうでもいい。このくすぐったいような心地よさを素直に受け止めたい。

 それからは、挨拶だけでなく会話をかわすようになった。でも、話をする以外のことができない。サトルが人間だったら、いっしょにご飯を食べたりできたのに。

 それと、隆泰は、サトルに何かしてあげたい という気持ちが強くなってきたのに、何もしてあげられることがない というのが、とてももどかしい。

 会話の無い時間も長いけれど、それでも、そこにサトルがいる ということが心地よかった。

 最初は、呉橋さん、あるいはスタッフに、24時間のぞかれているような不快感があったけれど、今は気にならない。そのことは心の隅に追いやった。サトルがいる それだけで満たされた。

 今まで、誰かがそばに居るのは鬱陶しく、1人いるときだけが落ち着けたのに。

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