夜鳴きΩの元王子、最強獣人の激甘独占に溺れる

第1話 王子の転落

「――婚約破棄を申し渡す。」 


冷たく響くその声が、王宮の謁見の間に乾いた音を立てた。

華やかな衣装を纏った貴族たちの視線が、一斉に俺へと集まる。

頭を垂れたまま、俺は歯を食いしばった。

聞き間違いではない。分かっていた。

Ωである俺が、隣国のα王子との婚約を保てるはずがないことなんて。

この国では、Ωはただの繁殖道具だ。

しかも俺は、その中でも最悪の「夜鳴き持ち」だった。


「…っ、それはあまりにも――」


声を上げかけた瞬間、隣国の王の冷笑に気圧され、喉が詰まる。

王に向かって一歩踏み出しかけるが、足が震えて止まる。


(……言えるわけない、こんな俺が…)


「…はい。承知いたしました。」


声は震えていなかったと思う。けれど、心臓はずっとバクバクと耳元で喧しく鳴っている。

顔を上げれば、婚約者だった第一王子が、嘲笑を浮かべた顔でこちらを見ていた。

その完璧なまでに整った顔は、俺を見る時だけ、いつも深い嫌悪と軽蔑に歪んだ。


「どうして…俺じゃ駄目なんだ…?」


思わず呟いた声は震えていた。第一王子は嘲笑で答えるだけだった。


「発情期であんな醜態を晒すΩなど、隣に立たせる価値もない。まして、この国の第一王子たる私の番(つがい)になるなど、言語道断。」


その言葉に、喉の奥がギュッと締め付けられる。

あの夜のことが、鮮明に脳裏に蘇った。

突如訪れた発情期、抑えきれない熱と、制御不能な体の動き。醜態。

確かにそうだった。だが、それはどうしようもなかったのだ。


(分かってる…でも、でも…悔しい…っ)


指先が白くなるほど拳を握りしめていた。


(ああ…まただ。どうして俺は、こんなΩに生まれたんだ…)


悔しいのに、涙は出なかった。ただ心の奥がズキズキと痛む。

昨日出された王宮の食事を思い出す。

お肉や魚が彩りよくたくさん並び、美味しい匂いが漂う空間だった。

これからはずっとこんな生活ができるのかと心の中で小躍りした。

この先、もうあんな美味しいものなんて食べられないのかと思うと、密かに絶望が胸をよぎった。


「これより廃嫡とし、王宮の辺境にて護衛をつけ監視とする。王族の位は剥奪し、平民に降格。以後、ノアは王族の庇護を受けられぬ。」


王の低い声が宣告する。

護衛? 監視? そんなの、どっちも同じだろ。実質的な追放命令だ。

王宮から出されるということは、もう二度とこの豪華な暮らしも、貴族としての地位も戻らない。


「護衛騎士、入れ。」


周囲の蔑みを含んだ視線が、重々しい音を立てて開く扉へと向いた。


現れたのは、黒い鎧に身を包んだ大柄な男。いや――男、というよりも、獣人だった。

黒髪に金の瞳。長い耳がピクリと動き、檻の奥で獣が唸るような野性臭と鋭いフェロモンが一気に押し寄せた。

思わず膝が抜けそうになる。


「獣人ごときに護衛を任せるのか…」

「汚らわしい…」

貴族たちのひそひそ声が聞こえる。


彼らは獣人を下賤な存在として蔑み、差別することは当然だと思っている。

そんな彼が、まさか俺の護衛になるなんて。

王が、俺にこれほどの屈辱を与えるとは。


その中で、獣人騎士は顔を上げることなく低く言った。


「護衛として参りました。セト・グレンハルトと申します。」


低く響く声に、ゾワリと背筋が震えた。


(…声、低っ…何考えてんだよ、この獣人…)


俺を罵る貴族たちの声も、セトの存在感の前ではかき消されるようだった。

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