第4話
「――それじゃ、正式に依頼ってことで」
放課後、中庭での天音との会話が終わった頃、俺の心はすっかり迷子になっていた。
曲を一緒に作る。しかも、トップアイドルのソロ楽曲。
チャンスとしては大きすぎる。いや、バグってる。
だけど、それ以上に気になったのは――
(あの表情……まるで“仕事”だけじゃない何かを期待してるみたいだった)
一緒に音楽を作ること。それ自体は喜ばしいはずなのに、心のどこかがざわついていた。
そしてもうひとつ。
中庭のベンチから立ち去る瞬間、澪と紬の姿を見たあの光景。
二人の無言の視線が、心に刺さって抜けなかった。
次の日、昼休み。
俺は校舎裏の倉庫にいた。天音から「ちょっとだけ聞いてもらいたい音源がある」と誘われたからだ。
「ここ、静かで好きなの。誰にも見られないし」
そう言って天音はスマホを取り出し、イヤホンを二つに分けて片方を俺に差し出した。
「いいのか? 俺なんかにこんな特別扱いして」
「私がそうしたいと思ったから。理由は、それだけ」
イヤホンを耳に差し込むと、そこから流れてきたのは彼女の仮歌だった。
――透明で、だけど感情がこもっていて、まるで心に触れるみたいな歌声。
「……すごいな、これ」
「あなたの曲があってこそ、こんな風に歌えたの」
「俺、まだ何もしてないけど」
「じゃあ、これから一緒に作ろう?」
その言葉に、また少しだけ距離が縮まった気がした。
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(白崎澪 視点)
音楽準備室の前を通りかかると、ドアの奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
「――……じゃあ、明日また」
「うん、ありがとう、悠真くん」
天音さんと悠真。
最近、放課後になると二人で過ごす時間が増えているのは知ってた。
それでも、こうして“現場”を見てしまうと、心の中の何かが大きく揺れる。
(怖い。このままだと……私はまた、置いていかれる)
あの日見た“バッドエンド”が、じわじわと再現されていくような気がして――胸が締め付けられた。
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その夜。帰宅して自室のパソコンに向かうと、天音からメッセージが届いていた。
《天音》
『明日、放課後に仮歌録りしてみたいんだけど、準備室空いてるかな?』
(……うまく進みすぎてる気がする)
でも、それが悪いことだとは言えなかった。
音楽を作れる。それは間違いなく、俺にとっても夢だった。
澪や紬の視線が痛いことには、なるべく気づかないふりをして、返信を打った。
『大丈夫。準備室の鍵、俺が持ってる』
メッセージを送ったその瞬間、画面の向こうで誰かが泣いてるような気がした。
(でも、これは俺の夢だ。間違ってない……はず)
そう言い聞かせながら、机に向かった背中は、ほんの少しだけ重かった。
放課後の音楽準備室。
いつもより静かに感じたのは、たぶん緊張のせいだ。
「……じゃあ、録ってみるね」
マイクの前に立つ天音は、普段のアイドル姿とはまるで違っていた。
眼差しは真剣で、言葉を選ぶように息を吸って――
「……」
声が流れ出す。
どこまでも透き通っていて、まるで曲と一体化するような歌。
俺が仮で作ったメロディは、天音の声で命を得たように広がっていく。
(……すげぇ)
思わず呟きそうになる。
収録用のヘッドホン越しに、その歌声に心が掴まれる。
そして、ふと視線を感じて振り返った――
音楽室の扉の隙間から、ひとつの影が見えた。
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(白崎澪 視点)
本当は、見るつもりなんてなかった。
ただ、“様子”を見に来ただけ。
でも――あんな表情の悠真は、見たことなかった。
音楽のことであんなに真剣で、嬉しそうで、
……そして、隣にいるのが私じゃないことが、どうしようもなく苦しかった。
(ねぇ、悠真くん。あなたは気づいてないんだよね)
どんなに隣にいても、手を伸ばしても、
“ルート”に入った瞬間、私はただの“サブヒロイン”になる。
あの日のバッドエンドと、今の現実が重なっていく。
(もう……嫌だ)
視界が滲んだ。
気づかれないように、足音を殺してその場を離れた。
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「収録、終わったよ。どうだった?」
天音がマイクから離れ、ヘッドホンを外す。
「完璧。っていうか、すごすぎる。これ、マジで完成度高いわ」
「……ありがとう。悠真くんが曲をくれたから、だよ」
少し恥ずかしそうに笑うその顔が、また近く感じられた。
「ねえ」
唐突に、天音が話を切り出す。
「“いつから”だったと思う? 私が、悠真くんのこと“いいな”って思ったの」
「……え、なにそれ。急に」
「正解は――転校してくる前から、だよ」
「は?」
「言ったでしょ? あなたの曲、聴いたことがあるって。あの時からずっと、心に残ってた。名前も顔も知らないのに、どうしてかずっと気になってて――」
そう言って天音は、こちらを見つめる。
「実際に会った時にわかったの。“あ、やっぱりこの人だ”って」
「……それって」
「うん。私、あなたに惹かれてるよ」
まっすぐな告白だった。
しかも、アイドルとかそういう“キャラ”抜きの、素の想い。
(これ……やばいって)
澪の言葉がよぎる。
このまま進めば、きっと誰かが傷つく。
でも、天音の言葉を嘘だとは思えなかった。
「返事は……まだいいよ。
でもね、私はこの恋を、演技じゃなくて本気でやってるから」
帰り際、天音がそう告げて部屋を出ていった。
取り残された俺は、しばらくその場から動けなかった。
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(白崎澪 視点)
夜、自室のベッドでスマホを見つめながら、私は手帳にそっと言葉を書いた。
「未来は……もう、変えられないの?」
涙が一滴、インクに落ちて滲んだ。
でも、そこで終わるほど私は弱くない。
「――戦う。ヒロインとしてじゃなく、“私”として」
その決意だけを胸に、私はペンを置いた。
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