第16話
「生田さんはCMに出るのを断ったそうだよ」
道弥は、りんごのマフィンとツナ野菜サンドをカメイさんに貢いでいた。
カメイさんは香りが甘く渋味の少ない紅茶を入れて、道弥に差し出した。
「某市のニュータウンが来年から入居者を募集するんだって。煉瓦造りの建築物や、風車や水車を備えた設備がたくさんあるのが売りなんだ。イメージガールに、長身美女のカポエィラ使い。足技主体の、パフォーマンス。見たかったなあ」
早朝5時。
窓の外は暗いが、たくさんの小鳥が鳴いている。
京塚メディカル支局のカフェテリアで、超ショートスリーパーのふたりは、気が向くと夜明けのお茶会をしている。花柄のティーセットは、応接室のカップボードから、カメイさんが持ってきた。
「灯里さんと生田さんは、榛名探偵社でご対面して、ともだちになったそうだよ。不穏だけど、ぼくが現時点で邪魔できるものでもなし。榛名も特には気にしていないようだし」
こくりとうなずく、カメイさん。
道弥はカップに口をつけ、満足に目を細めた。
「きみのお茶は、うますきる。次はコーヒーに合うお茶うけを持ってくるね」
「支局長の好みに、ゆっくりドリップいたしますね」
カメイさんは、にっこり笑った。
話すようになってみると彼女の言葉遣いは、とてもきれいだ。知性、品性ともに、申し分ない。
過去を話したくなったら、聞かせてもらおう。
彼女が支局のあちこちの給湯室でお茶をいれると、目撃した人は香りに誘われ、ご相伴してしまう。すると手持ちの菓子を、必ず渡されるのに味をしめたカメイさんは、支局のあちこちでの、ゲリラお茶係と化していた。また、クラシックなワンピースが、絵になるのである。
来客用のセットや茶葉を、どんなプロより使いこなすのがカメイさんだと判明して、道弥は「好きに使うといい。予算は認める」と宣言した。
来客においしいお茶を。局員たちに、お茶会を。カメイさんに、ライフワークを。
もう、人目を恐れる黒河マリサはいない。
「気づいたら各階あちこちの休憩コーナーでカメイさんがお茶を飲んでいるので、みんながびっくりしている」
「気配を殺すのが、わたしの特技ですから」
「給湯室で立ったまま、お茶してることもあるだろう。あれは、誰かが来るのを待っているの?」
楽しそうに、くふくふ笑う、赤いワンピースのカメイさん。
「ところでさあ」
道弥はお茶で満ち足り、のほほんと言った。
「ちょっと前に、ぼくの研究室に入り込んで、透明人間の調査をしている情報を繁にいさんに教えたの、きみだよね?」
◼️◼️◼️
出勤でみながそろった、道弥の研究室にて。
道弥から話を聞かされたアリソナエが愕然として、地団駄を踏んだ。
「透明人間が実在すると知っていたあのとき、ワタクシは警戒をしておりませんでしたぞ、不覚でございます!」
「まさか、あの時点でふたりも透明人間が存在するなんて想像してなかったしね。ついでに、レディが侵入する可能性だって、今もあるんだよな」
グレーテルが身震いしている。
「うちらの危機感、どないなってましたんや。透明人間なんざ兵器にはならんやろ、どうせ個人事業主モンスターやと、なめてました。すぐにセキュリティ整えましょ」
「座敷わらしおじさんの能力が発動してたかもだよ。安易に全部をそのせいにはしないけど」
バービーは悲しそうだ。
「俺は、カメイさんが今までそのこと話さなかったのかショックよ」
「言い出しにくかったんだろうな。今回、タイミングが来たってわけだ」
道弥は苦笑した。
一度だけレディの仮装をしたのは、斉藤繁だという。
ただ、体を張る苦労に、一度で嫌気がさしたらしい。そして、街中で透明人間がうわさになれば、道弥ではなく、ワイチューバーなどの物見高い連中が先にエンカウントしてくる可能性が高いのにも、やってみてから気づいた。
(なんでまた、そんなまね。まさかレディの扮装で、ぼくを誘惑しようとしたのか? いやいやムリムリ……)
さすがの妖怪ご都合主義でも、無理すぎる。
警察内でだけうわさになるように方向性をチェンジした。そこまでしたのはなぜだ? 海堂警部から道弥の耳に情報が入るようにしたかったのだろうか?
「黒河マリサは、ここに侵入して、ぼくたちが透明人間を探している、ぼくが恋でもしたみたいだと、繁にいさんに報告した。帽子とコート、黒いハイヒール。それは正しい情報だ。だけど、レディのストリップについては言ってない」
繁が扇情的なランジェリーまで用意していた可能性がなくて、よかった。
「そして事実と異なる『顔に包帯を巻いていた』、H・Gウェルズの古典SFまんまのルックスと、『女性としてはかなり長身』、などの、にせ情報を伝えているんだ」
道弥が目配せすると、うつむいたカメイさんが部屋のすみに現れた。
「わっ?!」
「ひゃあっ?!」
「ひええ?!」
側近それぞれに悲鳴をあげる。
道弥が声をあげて笑う。
「きみ、インヴィジブル・バリア、いらないんじゃない?」
「いいえ、あの機械での透明化能力とは比較になりません。わたしは気配や存在感を消せますが、完全に見えなくなるわけではない、はずです」
壊れた機械は、丁寧に分解し、分割して厳重に保管している。二度と使われることはない。
「どうして繁にいさんに、透明人間のことでうそをついたの?」
「あのひとは、支局長に強い好意を持ちながら、不幸を願う、変な人です。くちぶりでだって、そんなのわかる。わたしは、逆らえる立場じゃなくて、人を傷つけもしたけれど」
一度、カメイさんはくちびるを噛んだ。
「斉藤さんが何かをたくらむなら、ささやかでも妨害したかった。……あの日、ペンニードルを持たされた時、なかなか動けずにいたけれど……レディが現れなければ、わたしは斉藤さんに針を突き立てて、あの部屋から逃げ出していました」
そして、つけたす。
「それに長身の女性と言わないと、小柄なわたしが無理にでも、レディの扮装をさせられる可能性がありましたもの」
道弥はカメイさんに抱きつきかけて、なんとか自制した。
「すばらしい! 最高だよカメイさん!」
「えっ、でもわたし、いままで言えなくて」
「だれか、きみに対して怒ってる?」
側近たちが笑顔で、かぶりをふる。
カメイさんは色づき眼鏡の奥の目を見開き、静かに頭を下げた。
◼️◼️◼️
さらに翌日の深夜、海堂警部から電話があった。
まだ一部の確認にすぎないとの前置き付きだが、
「道弥くん。包帯女の目撃者だがね。金銭などの報酬はなかった。しかし、なぜ警察に通報はしたのに、こんな奇怪な体験を人に吹聴しなかったのかと聞くと、恐ろしいからだと言う。うそではないという印象だが、それはそれで、不自然ではないか?」
道弥は礼を言って電話を切り、しばらく自室のベッドでまばたきもせず、天井をにらんだ。
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