第7話

京塚メディカル支局の、自分の研究室で道弥は遠い目をした。

「繁にいさんは、異端の天才だな」

デスクに紙束を投げ出し、伸びをする。

「こんなの、科学じゃないわよう」

先に目を通していたバービーも、自分のデスクに突っ伏して、ぼやくように言う。


道弥は斉藤繁の妻に連絡を取り、許可を得て、繁の自宅の研究室ごと接収したのだ。道弥が危害を加えられるところだったと言われた繁の20歳年上の妻は、まったく抵抗なく接収を受け入れた。


インヴィジブル・バリアの実物と繁のレポート、繁自身、そして謎の女を回収して。


繁の研究は、特異体質というものに、踏み込んで踏み込んで、解釈を拡大して、飛躍を重ねて、偶然や幸運に恵まれて、結実した。


人間を、人間を、特異体質超えて、特殊能力者にカウントするかしらね~」

「しかし、実際に発見しているからすごいんだ」


ときどきいる、存在感がうすいと言われる人間たち。気配がうすいとか、物音をたてないとか。そんな人間たちの中に、一部、『光を避ける能力』、『光を自分の形に避ける能力』があるものを発見した。

顔だけが判別できなくなるものもいたが、姿全部を消してしまうものもいた。

人が認識できなくなる暗示などではない。

カメラですら認識できなくなるのだ。

カメレオンのように擬態するのではない(カメレオンの擬態の実用レベルへのツッコミは置いておいて)。

透明化である。

自分も、身につけているものも消す。人の目からもカメラからも完全に身を隠す。


「可視光線だけでなく、赤外線なども同様に屈折させますぞ」

アリソナエが自分の分だけコーヒーを淹れて、すすっている。

「光線というだけで、我が身を避けて屈折するのです。レーザービームすらですぞ。戦闘機のステルスどころではありませぬ。繁氏、軍事関係に売り込むことに興味はなかったのでしょうか」

「いや、そんなん、おっかないんちゃうかな? あのにいさんは、小市民どすえ」

グレーテルも自分のミルクティを持ってきた。

バービーが突っ伏したまま言う。

「アレルギーの研究員が、軍事関連に売り込みって、伝手も方法もわかんないわよ」

「それににいさんが完成させたのは、透明能力者自身しか使えないブースターなんだよな。今回は、あの彼女あっての成果なわけで」


繁の家で捕縛した、透明能力者、黒河マリサ。

彼女に話を聞かせてもらったり、能力の検証の協力をお願いするのは大変だった。

インヴィジブル・バリアなしで、数秒くらいは、人間の目もカメラも欺いて消えてしまうのだ。

常時、勝手に発動してしまう能力らしく、顔などろくにわからない。

しかも陰キャの権化のような女で、会話などまるでしてくれない。

しかし、グレーテルとアリソナエが「女だけでお話をします」と書斎に閉じこもったあとは、協力的になってくれた。

何を話したかは、気にしない。


「透明人間の軍事利用だが」

道弥は平坦な声で言う。

「正直、ぽくなら使わないな」

「そうどすなあ」

グレーテルが相槌を打ち、バービーとアリソナエが苦笑する。

「光学的に見えないと言っても、重量はある。まったく無音の動作も難しい。においもある。空気も動く。人間も機械も、センサーは光だけじゃないんだ」

「レーザーをも避けるったって、こぶしやら銃弾やらカタナやら、物理的に当たってくるわよね」

「初見殺しには十分でありましょうが」

「戦車一台、潜水艦一隻、戦闘機一機を透明にするくらいのパワーがないと、使いどころがおまへん。あの黒河はんがガチの戦闘能力をお持ちなら、暗殺には使えますやろか。せやけどあの性格と身体能力では。しかも現在、透明能力者はあの方おひとりのみどす」

「そうだな。ただし犯罪なら、いくらでも可能だ」


黒河マリサは、斉藤繁に見出だされて、なぜ協力したか。

『誰の目にもつかず、誰とも口を聞かず、暮らしたい』

そう願いながら、万引きで食事や衣類を、不法侵入で寝床を得ていた、無職住所不定の女である。繁の研究に協力する代わりに、身を隠せる住まい(繁の研究室だ)と食事を保証され、捕まる可能性がある犯罪から足を洗えた。

しかし、インヴィジブル・バリアが完成してからは、繁にねだられ、犯罪の共犯者、いや実行犯にならざるを得なかった。

勤務先でほかの研究員たちの成果を盗んだり、軽い毒物を特定の相手に盛ったり。数段だけ階段から落ちるように足をひっかけたり。

今回は道弥の首筋に、注射針を打ち込もうとした。


側近たちの、繁とマリサへの当たりがきついのは、このためだ。


道弥は肩をすくめた。

「研究費用欲しさだろうな。にいさんは次の特異体質……特殊能力者を探していたんだ。コウモリばりに超音波を聞き分けられるとか。水中で活動可能な河童体質とか。意志、もしくはなんらかの触媒で変身できる体質とか。だけど、そんな研究は製薬会社でさせてもらえるものじゃない」

「透明能力のブースターなんて作れたあたり、おにいさんはすごいわよ。だけど、あの機械、原理に飛躍がありすぎる。俺には、どうしてあれが動作してるのかも、わからないのよ」

「素材を解析したかて、謎物質などは、ありまへんえ」

バービーとグレーテルが辟易している。

「ぼくも最初は、バリアは、まぐれか偶然の産物かと思ったさ」

「違うのでありますか」


道弥は、口をへの字にした。



「…………は」


側近たちが絶句する。


「だから、繁にいさんは、たぶん、次の能力者を見つけてしまう。その能力をブーストする機器も作ってしまう」

「え、ちょっと、みっちゃん」

「にいさんは、生化学者なんだ。なぜ、畑違いの工学に手を出して、ひとりで機器を完成させられるんだ」

「そ、そうなんやけど」

「ものわかりのいい、研究には興味はない、金は出す、口は出さない、年上の資産家の妻なんて都合のいい存在に、どうやって巡り遭えるんだ」

「それはそうでありますが」

「にいさんはもてるとは思うが、ジゴロの才能はないと思うよ」

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