第2話
京塚メディカル支局は、民間の医療科学調査機関である。
DNA、指紋をはじめ、依頼があればあらゆる鑑定、調査をする。近頃はオカルティックな鑑定も、科学の力でできないかと模索中だ。
そして京塚道弥は、その支局長である。
職場の研究室で端末をにらみながら、道弥はうめいた。
「うぬぬ……」
「みっちゃん、こわいわよ」
「しかしだ、バービー」
バービーと呼ばれたのは、口ひげをたくわえた40代のごつい体格の男で、白衣の二の腕が筋肉ではちきれそうだ。
道弥はためいきをついて、バービーに向き直った。
「ぼくは、彼女の衣類もかつらも、すべて慎重に採取して持ち帰ったんだ。なのに皮膚片、体毛、体液、まったく残っていないだなんて。彼女のものとおぼしき香りもだ!」
「体毛や体液って口にしながら、赤面してんじゃないわよう。俺もお目にかかりたかったわね、そんなにすごいパフォーマンスだったの? 中身は見えてないんでしょ」
「魔物にあてられたんだよな。不覚をとった」
「クソ童貞!」
「童貞ちゃうわ!」
「支局長は童貞でありますのか?」
いきなり端末の向こうからのぞきこみ、失礼な問いかけをしたのは、ちりちりのカーリーヘアに色つき眼鏡、小太りの女性である。
「わっ、アリソナエ。いや、違うから!」
女性は
「ワタクシ、支局長は遊び慣れして枯れているものと、お見受けしておりました」
「ぼくは遊んでないし、枯れてない」
「みっちゃんはまだ35歳よ、枯れちゃいけないわ。もてすぎて、用心深くなってるのよね」
「顔よし高給取りは大変でありますなあ」
「そんな清い支局長に朗報どすう」
アリソナエの背後から顔を出したのは、黒いショートボブに、やはり色づき眼鏡の細長い女だ。名前は
「あら、グレーテル」
「清いとか言うなよ!」
「透明人間の体型についてどすえ~」
エセ京都弁でニヤニヤと報告する。
「下着は全部、ストレッチレースどしたわ。凄まじい伸縮性で、AカップでもIカップでも思うがままにびったり。なお、ボーンキオーテで販売されたものどす」
「うそだろ」
「むりやり引っ張られた布地はブラのカップのみどすなあ。ブラのアンダーや、ガーターベルト、ショーツには、痛々しい負荷はかけられておへん。ぽっちゃりさんが無理くりきついのを着た可能性もありましたが。肉に食い込んでいても、透明人間ではわかりまへんし。でもこれはホンマもんのナイスバディどすえ~」
バービーがかぶりをふる。
「女は、女を見る目がこわいわね~」
「まあ、支局長が見たまんまの体型に間違いおまへん。うちかて、こんな体になりたいわ!」
「透明人間だがな!」
「では、ワタクシからも」
アリソナエが報告をはじめる。
「買い取った防犯カメラの映像より。透明人間の身長は、建物と支局長の身長から約160cm。ハイヒールを考慮した上でございます」
「ふむ」
「遺留品のハイヒールは25cmですが、これはご本人のサイズより大きいものです。靴の中の
「サイズを誤魔化そうとしたのかな?」
「いいえ。おそらく支局長の目の前から去るとき、足を靴からするりと、音も気配も殺して、抜けさせるためでございしょう」
「ううむ」
道弥が、女が消えたときの、してやられた感を思い出して顔を歪める。
「なお、なんらかのギミックで女体を作成して衣類を着せ、なんらかの方法で女体のみを消したというのも考えてはみましたが」
「トリックの可能性はあるが、ギミックの可能性はあるまい」
「はい」
「最後は俺ね。インターネットで過去5年遡って調べても、透明人間の目撃談はないわ。幽霊談やポルターガイストの話も拾いあつめたけど、芸風が違いすぎるの。レディの出現は、今回がはじめてじゃないかしらね」
全員がしばし黙り込んだ。
「おもしろいわ!」
バービーが、ぱん! と手を打つ。
全員、目が覚めた顔をした。
「透明人間が、俺たちの支局長をからかって遊んだのよ? 遊んだだけなの?」
道弥とグレーテルとアリソナエがバービーを見る。
「やろうと思えば、どんな犯罪も善行も、誰にも知られずやってのける、インヴィジブル・レディよ? どうしてみっちゃんの前に現れて、存在をわざわざ知らしめたの? どんな意図があるというのかしらね」
「つかまえてほしいんちゃいますか?」
「つかまえようと思えば、つかまえられましたものね。支局長、どうして、最後まで自分からは指一本動かさなかったのです?」
「ぐは」
道弥が胸を押さえる。
「透明人間が姿を現す理由はなんどす」
「支局長だけが標的でありましょうか、他にもいるのでありましょうか」
「今後はどんな接触をしてくるのかしら、一度だけの
道弥はニヤリと笑った。
「なんにしても、狩られるのはぼくじゃない。彼女だ。動きがなくても必ずつかまえて、なんのつもりか白状させてやる」
全員、楽しげにうなずいた。
「次にあったら、絶対に逃がさないさ。凶悪なインヴィジブルめ!」
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